東京オルタナティブ百景|第九景 神奈川県横浜市中区住吉町「関内文庫」

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東京の様々なオルタナティブスペースを巡る、現代美術家・中島晴矢による町歩き型連載コラム「東京オルタナティブ百景」が、Bug-magazineより引っ越してM.E.A.R.Lにてリスタート。

近年、アートを中心としたカルチャーシーンにおいて、既存の美術館やギャラリーとは異なる、アーティストを主体とした場の設立や運営が活発だ。それは立地する都市や地域とも不可分の関係にある。そういったオルタナティブな動向の最先端を実地に赴いて辿っていく。そこから見える新しい東京は、一体どのような景色なのだろうか。

第九景は出張編、神奈川県横浜市にある「関内文庫」。
2019年4月に関内でスタートしたばかりのこのプロジェクトは、最先端の現代アートに対するアーカイブやチュートリアルの作成に力点を置いているという点で、珍しいオルタナティブスペースだ。現在は、実際にその空間で展覧会を企画・開催しながら、そのアーカイビングをWEBサイト上で行なっている。そんな関内文庫に出向き、主催者である伊藤啓太氏と松下哲也氏の二人に話を聞いた。

Text:Haruya Nakajima
Photo:Mai Shinoda
Edit:Shun Takeda

京浜東北線に揺られ東京を離れていく。

川崎を越えて横浜から根岸線で2駅、関内駅に降り立つと、横浜特有の開放的な町の空気が広がっていた。

駅舎には巨大なベースボールキャップのオブジェが掲げられている。あたりを見回せば、白地に青いストライプの入ったシャツを着た人が多く目につく。ときおり聞こえてくる歓声はすぐそばにある横浜スタジアムからのものだ。ここ関内は、横浜ベイスターズの本拠地だった。球場の隣には横浜市庁舎が居を構えている。横浜市政の中心地でもあるのだ。

オルタナ_関内文庫1

まずは駅の反対口に回り、伊勢佐木町へと足を伸ばしてみる。入り口に峙つ帆船の骨組みのようなオブジェを潜ると、老舗の商店街であるイセザキモールが続いていた。

もちろんメインストリートも充分に繁華で楽しいのだが、脇道にそれるとなかなかにDOPEだ。奥の方へと路地を分け入っていくと、そこはまるでリトルアジアの様相を呈している福富町である。チャイナやコリアの飲食店が軒を連ね、ハングルが看板に踊っている。そんな店々に加え、風俗店、パチンコ屋、キャバレー、ラブホテルなどを左右に見ながら、日中の閑散とした歓楽街を進むと、大岡川にぶつかった。川向こうは日ノ出町、地域アートのイベントである黄金町バザールの催されるエリアでもある。

オルタナ_関内文庫2

ちょっとした観光気分を味わったところで踵を返し、関内駅から徒歩数分、年季入ったいかめしい建物がどうやら関内文庫の入居する住吉町新井ビルらしい。エレベーターはなく、灰色の階段を登ると2階には阪神タイガースグッズの専門ショップ。ベイスターズの根城にして、さすがの度胸である。3階には建築系の事務所が多く入っているようだ。さらに登った4階には、展示設営中だろう、インパクトドライバーの音が響いていた。その一角が関内文庫である。

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「ずっと共同書庫が欲しかったんです。そんな時に、この場所の話が来ました」と、発起人である伊藤啓太は答える。

伊藤啓太氏 ゲーム開発者・プランナー。あいちトリエンナーレや東京造形大学で展示照明のワークショップなども行う。
伊藤啓太氏 ゲーム開発者・プランナー。あいちトリエンナーレや東京造形大学で展示照明のワークショップなども行う。

このビルは市と民間が協力して地域の活性化のために保存され、建築やアートに携わるいくつもの事務所やスタジオが入っているという。「最初は共同書庫にするつもりで関内文庫と名付けたんですが、にぎわいを創出するにはちょっと弱い。だったらオルタナティブスペースをやろう、と考えました」

「そもそもこの建物は、“防火帯建築”と言われるものです」と、共同運営者である松下哲也が解説する。

松下哲也氏 近現代美術史家。イギリスのロマン主義から現代美術までを専門に、國學院大學などで西洋美術史を教える。
松下哲也氏 近現代美術史家。イギリスのロマン主義から現代美術までを専門に、國學院大學などで西洋美術史を教える。

「防火帯建築とは、都市の不燃化促進のために建てられた建築物のこと。戦後の復興期に、当時としては高層の鉄筋コンクリ造りの建物を通り沿いに建てて、大火事が起きた際に住民を避難させて延焼を食い止めるという都市計画がありました。だからこの辺の街並みを見てみると似たような建物が多い。それが建築史的には重要なんだそうです」

なるほど、このビルの古めかしく堅牢な佇まいに合点がいく。共同書庫の構想から、歴史的な建築物の一室を占めるオルタナティブスペースへ。そういった経緯で2019年5月にオープンした「関内文庫」は、現段階で月に一度、3日間の展覧会を実施しているようだ。では、関内文庫の特徴とはどういった点にあるのだろうか。

「アーティストがやるオルタナティブスペースって、一般的に展示を重視しますよね。でも、ぼくも松下くんもアーティストではない。アーティストではない人間がオルタナティブスペースをやるってどういうことなんだろうと考えた時に、ぼくらは展示の“以前”や“以後”に注力したらいいのではないか、と思い至ったんです」と伊藤が語る。

オルタナ_関内文庫6

「関内文庫のコンセプトは二つあります。“チュートリアル”と“アーカイブ”です。この二つを駆動させていくことによって、記述すべきデータの範囲がべらぼうに広がっていくことがわかります。

まずチュートリアルとは、展覧会設営のための技術的な前提条件を整理すること。たとえば絵画を壁にかけるには、絵の重さや壁の耐荷重を知らなければいけません。また、クギを使うかビスを使うか、あるいは自作したフックなのか、作家によって方法論もまちまち。さらに壁の立て方や水平の出し方から、展示記録の撮影の仕方といったレベルまで、設営技術を段階的に洗い出していくことで、作品を展示することに関する明文化されたマニュアルを積み上げていきたいんです」

筆者も設営=インストールの方法は、師匠や先輩に付いてその制作・発表を手伝いながら現場で学んできた。もちろんそれも貴重な体験だったが、遠回りである感は否めない。インスタレーションも含めて、現代美術の設営マニュアルがあればどれほどありがたいか、身をもって実感しているつもりだ。その意味で、このチュートリアルを作成する意義は大きい。

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「次にアーカイブとは、文字通り展示や作品の記録をしっかり残していくことです」と松下がつなげる。

「通常、アーティストや批評家が運営するオルタナティブスペースは、ざっくり言えばよりよい表現を追求するためにありますよね。ただ一方で、展示に特化しているため記録が残りづらい。そこで私たちが考えたのは、いかに記録を残すかということです。

たとえば最近、近過去の美術動向を振り返る回顧展が多く見られます。そろそろ私たちのリアルタイムにさしかかって、90年代やゼロ年代、10年代を代表する作家や作品が扱われることも当然あるでしょう。けれども、そういった時に史料が散逸して残っていない状態だと困ってしまうんです。当事者が取材をされて答えるにしても、人間はいい加減ですから忘却や記憶違い、ウソが混ざってきます。だから歴史家としては、史料が残っていて欲しいんです。

もちろんそういった問題意識は美術関係者にも共有されていますが、それを私たちは今まさに活動している若手作家に絞ってやっています」

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こちらもまた筆者の問題意識に通じる。若手の、特にオルタナティブな活動や展示は、その時の盛り上がりや話題性といった瞬間風速があっても、すぐに忘れ去られてしまうからだ。では、アーカイブとしての具体的な成果物は、どのような形になるのか。それはタブローの側面や裏書きも含めた展示の記録写真や空間の360度写真ばかりでなく、作品の文献歴や展示歴といった「来歴」も含めたカタログレゾネ(総作品目録)級のデータ、そして美術史やサブカルチャーの言説と接続し、先行世代との相違点などが歴史記述として書かれたテキストに結実するという。松下が続ける。

「作品の来歴が重要なのは自明です。50年、100年というスパンで考えた時に、“誰が所有していたか”はその作品自体の価値を左右するデータになります。また、“真贋の判定”にも必要不可欠です。真作か贋作かは、帳簿をきっちりとつけず、来歴が辿れない状態の作品だと証明できません。さらに、作品の売買には美術業界内における政治が絡んでいますよね。だから、そういったデータをトレースして積み上げておけば、歴史記述がとてもやりやすくなるんです。

私たち歴史家の仕事というのはいわば農業や漁業のような一次産業で、材料=データを提供することだと思っています。その先に批評や制作、展示がある。しかしそのインフラが貧弱なまま、戦後から今までずっと来てしまっているのではないでしょうか。椹木野衣さんが言う『悪い場所』ですね。じゃあ歴史を積み上げましょう、と。私たちはそういうところにコストをかけたいんです」

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このチュートリアルとアーカイブという両輪は、結果として教育的な意味合いを帯びることも目指されているそうだ。「ゲーム開発の現場でよく使われる概念に、標準化と共通化があります」と伊藤は説明する。

「つまり、きちんと適切に設定された段階を踏んで理解していけば、誰でも8割のところまでは叩き出せるようになるということです。様々なテストケースをリリースし、それに付随する形で方法論やデータをオープンソース化して提示していくことで、若い人たちが独力でそれらを行えるようになってくれれば嬉しいですね」

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松下は大学で学生を教えている立場として実感を述べる。「たとえば文学部美術史学科の学生たちは、壁が立てられないし写真が撮れないし、釘が打てません。でも文章は書ける。一方で、美大の学生たちは実技はできるけれど文章がおぼつかない。私は若い人に、それらを両方できるハイブリッド種になって欲しいんです」

このような理念を掲げる関内文庫では、歴史を綴る立場である松下は企画の立案にタッチせず、伊藤によって選定された若手作家を中心に展覧会が開かれているという。公開されるデータのみならず、実際に現地に赴くことによって得られる情報量ははるかに多く、より解像度の高い鑑賞が可能だろう。

今後、彼らが望むのは「継続性」だ。アーカイブ・チュートリアルの蓄積が主眼である以上、サステナブルなモデルをつくるのは重要に違いない。松下が展望を語ってくれた。

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「この活動を継続できれば相応のデータやテキストが溜まるので、それを現代美術史として本にしたいと考えています。たとえば将来、その巻末の参考文献を参照すれば、当時の雰囲気やムーブメントをリサーチしたり再現したりできるような。地味ながらも、そうやって歴史の中に現在の美術の最先端で活動している作家や批評家たちの仕事を明示的に残していくことが、私たちの仕事なんです」

地道な一歩一歩の積み重ね、それによってしか歴史の忘却には抗えまい。関内文庫の試みは現代美術界にとって重要な足跡となりそうだ。

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取材を終えて関内の町に戻ると、ちょうど試合が終わったのか、無数のベイスターズ・ファンの人波に飲まれた。駅まで流されてから一路すすみ、伊勢佐木町を過ぎて都橋を渡れば、大岡川沿いにズラリと並んだバーの湾曲した背中が迎えてくれる。ここはもう野毛だ。例に漏れず戦後の闇市をルーツに持つ、飲み屋街である。

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休日の野毛は年配客から若い人まで大賑わいで、新旧問わずどの店も繁盛している。ここは腹を括って最後尾につき、しばし並んでから野毛小路に面する「もつしげ」へ。名物だという塩もつ煮込みに、カシラとシロ、ガツ刺しをビールで流す。美味すぎる。そのままホッピーに移行してしまう。

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へべれけで会計を済ませ、未だ人の絶えない通りを抜けて桜木町へ。グラフィティがすっかり消されてしまった高架下を通ることもなく、電車に乗り込み東京へ揺られ帰る。

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INFORMATION
関内文庫
神奈川県横浜市中区住吉町3丁目28 住吉町新井ビル 408号室
webサイト:http://kannaibunko.com/
twitter:https://twitter.com/kannaibunko

PROFILE

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中島晴矢(なかじま はるや)
美術家・ラッパー・ライター

1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。
主な個展に「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY/東京 2019)「麻布逍遥」(SNOW Contemporary/東京 2017)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN2018/東京 2018)、アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat/2016)、連載に「東京オルタナティブ百景」(M.E.A.R.L)など。
http://haruyanakajima.com

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