東京オルタナティブ百景|第十一景(特別編) 東京都墨田区吾妻橋「喫茶野ざらし」

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フレームとしての喫茶店

中島:ところで先日、江東区の森下にある「みの屋」という馬肉料理の店を訪れました。今の森下は、大通り沿いにチェーン店が並んだ入れ替え可能な町並み。つまり、町レベルでは開発されてしまっています。でも、みの屋は明治時代創業のお店で、昭和29年に建てられた木造建築に入ると、まず下足番に履物を預け、昔ながらの座敷で桜鍋をいただける。その全体がすごくいい体験なんですよ。それは店舗という形式、店の中だからこそ保存できる時代の空気ゆえだと気づきました。

都市空間やストリートはあくまで公的な場所だから、必然的に様々な行政の政策や資本にさらされますよね。でも、経済的に自立して店舗という私的な空間を維持できれば、その内部では独自の雰囲気を発酵させていくことができる。しかも、それが誰でも訪れることのできる生きた場所としてあるわけです。なぜあえて「喫茶野ざらし」というスペースをつくるのかと言うと、せめてこの店舗の中では、私的な何かを維持・発酵させることが可能なのではないか、と。

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青木:その意味では、喫茶店という形式はある種のフレームなんですよね。言ってしまえば、「喫茶野ざらし」というのは喫茶店に擬態したスペース。喫茶部分を維持できれば、その中で私的な自由を担保した、アナーキーな追求ができるかもしれないんです。

最近の自分の関心に引き寄せると、例えば関東大震災で都市が変わっていく過程で、この辺りにたくさんのバラックができました。そんな折、都市風俗を考察する考現学をひらいたことで知られる今和次郎は、「バラック装飾社」というバラックにペンキで絵を描く運動を組織します。さらに、同時代の社会福祉では「セツルメント運動」と呼ばれる動向がありました。今で言う公民館に近いような、地域の中で社会福祉を展開する場所。この近くにも今和次郎が設計した「セツルメントハウス」という東京大学の拠点がありました。

今和次郎は現在でも美術史で取り上げられることがあるけれども、セツルメント運動は出てきません。福祉の文脈に回収されているからです。でも、前衛的な活動をしていた当時のアーティストたちが、子供たちに鉛筆画を教えて展覧会を開いていたといった記録が残っています。大正時代は美術的に忘却されているという最近の指摘もありますが、作品がなくなっているから美術のヒストリーとしては語られにくいんです。

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青木:また、大正時代がおもしろいのはジャンルが未分化だったからでもあります。セツルメントのような活動は、今で言うオルタナティブだった。それが「荒れ地」的なものにもつながります。だから、僕らがどういうふうに生きるかも含めて、「喫茶野ざらし」を飲食店という生活に必要な場にしていくことに惹かれるんです。

中島:ジャンルを横断していきたいという思いはありますね。青木くんが書いた「これからの都市とアートを語るために」(「建築討論」, 2019)というテキストで、アーティストは建築家や都市計画家と違って、「都市の再編」をできるわけではないと指摘されています。ただ、実際に都市をつくり変えることはできないんだけれども、都市を「記述」することはできる、と。それによって、アーティストは都市に何らかの意思を刻み込むことができる。

それも踏まえて、先日まで開催していた個展「東京を鼻から吸って踊れ」(gallery αM, 『東京計画2019』)では、東京の様々な地区に介入して「記述」をしていった部分がありました。でも次のステップとして、実際にスペースを構えて運営していくというのは、「記述」にとどまらず、もっと肉感的に都市に飛び込んでいくようなムーブだと思うんです。

空間の生態系

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佐藤:「都市の記述」というのは、都市を計画することができないという不可能性の裏返しですよね。僕は今回の設計を進めていくにあたって、計画性、プランニングを疑うことこそが重要だと考えました。水回りなどしっかりと決めなければならないところはあるんだけど、なるべくかっちり決めずに、オープンまでどこまでつくり続けられるかのトライアルでした。

もちろん納期や工期はありますが、それ以上に材料が大事です。材料に何を使うのか、自分の手が届く範囲で選んでいった。家の冷蔵庫を開けるのと一緒で、冷蔵庫には限りがあるけれど、その中から食材を選んでみてから「じゃあどう料理をしようか」と。そのリソースとしてあったのが、僕の場合は福島県の大玉村でした。そこで、大玉村から材料を持ってくるというレギュレーションを自分で設定したんです。

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佐藤:例えばテーブルに使っているのは、福島の製材場でひいてもらった栗材。荒材のまま東京に持ってきて、自分で鉋(かんな)をかけました。鉋をかけると、生材を使っているから当然暴れまくって、どんどん薄くなっていく。想定していたよりも薄くなったり、あるいは厚いまま出来上がったりする材料が手元に揃った時に、「さぁそれらをどうやって使おうか」と、有限な素材からデザインを考えていったんです。

壁には大玉村から持ってきた籾殻(もみがら)を漆喰で塗り固めて使っています。照明器具や椅子の背もたれのクッションは藍染。僕は大玉村の「歓藍社(かんらんしゃ)」という藍染チームに参加していて、そのメンバーと何がつくれるかを考えて制作しました。それらを空間にはめ込んでいく。いわゆる設計屋さんが書くようなパースやイメージ図は、結局書かなかったですね(笑)。

2階では佐藤による「喫茶野ざらし」の建築模型や図面をはじめ、この場所に関連する様々な資料が展示された。
2階では佐藤による「喫茶野ざらし」の建築模型や図面をはじめ、この場所に関連する様々な資料が展示された。

青木:最初は僕もスケジューリングを重視していましたが、途中から一般的なプロジェクトのような進行は無理だと気づいて(笑)。それはこの空間のつくり方が、一つの生態系を生み出すようなプロセスだったからだと思います。あるゴール地点に向かっていくのではなく、有機的に変化していくんですね。

佐藤さんは東京と福島を行き来しながら毎回いろんなモノを持ち帰ってきてくれましたし、キッチンで使っている道具の一部には墨田区のカフェから譲り受けたものがあります。まるでこの場所の土が少しずつ耕され、培養されていくようなイメージでした。

入り口の印象的な大扉は、施工を担当してくださった墨田区にある工務店の棟梁さんと、どうやって仕上げるか密にやり取りしてできあがりました。図面通りにいかない難しさもあったと思いますが、モノをつくるということが、本当にいろんな人の生業や技術によって成り立っていることを改めて実感しましたね。

家具や扉には佐藤の手によって溶接や鋳造がなされた意匠が施されている。
家具や扉には佐藤の手によって溶接や鋳造がなされた意匠が施されている。

中島:「耕す(cultivate)」は「文化(culture)」の語源ですが、この空間はまさにスケルトンから耕された一つの作品になりましたよね。建築家という存在が計画と制作の間にアンビバレンスを抱えながらも、こんなふうに空間をつくることができるんだと驚きました。

佐藤:例えば今、家を建てるにはローンを組む必要がありますよね。すると、その性能を担保するための図面が必要になる。だから基本的に、大きい物事はギチギチのがんじがらめで進めざるを得なくなっています。そのがんじがらめをどこまで解きほぐせるかと常に考えていて。それは、自分自身の生活をどう解きほぐすのかにも直結しているんです。

僕らはともするとコンビニ弁当を食べますよね。一方で、大玉村で食材をもらって食べるとすごく美味しい。これをずっと食べていたら体にいいんだろうなと思いながらも、コンビニ弁当を食べ続けてもいる。そういう世の中の様々な無意識に従っている生活をどうチューニングするかという問題は、実は設計にも通じる話なんですよ。

カウンターには福島県大玉村産のコシヒカリや日本酒が並ぶ。
カウンターには福島県大玉村産のコシヒカリや日本酒が並ぶ。

多文化交流の拠点へ

青木:2階は今まだ改装中ですが、今後は各々の関心領域をみんなと一緒に深掘りしていくトークイベントやレクチャー、リサーチなどの企画を展開していこうと考えています。また、すでに印刷機のリソグラフが置いてあるんですが、様々な機材を揃えて、自分たちの手で生み出せるモノをつくっていくようなスタジオとしての機能も備える予定です。

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中島:僕は2階のスペースを通して、浅草や東京という都市の持ついかがわしいエネルギーのようなものについて考えていきたいですね。

浅草って最も古い繁華街の一つだし、やっぱり変わった地域でもあります。浅草寺がある聖なる場所であり、同時にその周辺に盛り場・遊び場としての俗なる空間が広がっている。それこそ奥まで行けば吉原があるし、聖俗入り混じった不思議な空間なんですよ。そして隅田川という東京を象徴する川をまたいで、ここ吾妻橋がある。具体的にどういう形になるかはまだわかりませんが、リサーチやレクチャーといった実践をしていきたいですね。

とはいえ、目下のところ僕がキッチンに立つことが多くなるので、ちゃんとコーヒーを淹れていきたいです。不安はありますが……(笑)。

佐藤:アート作品なのかプロジェクトなのか、あるいは生活そのものなのかわからないけど、お店に立っている日常の中にどうアナキズムが現れていくかがおもしろそうだね。

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青木:もうちょっと言えば、東京以外の文化とどうつながれるのかも考えていきたいですね。すでに佐藤さんを通じて大玉村との結びつきは強く感じますし、食材や人材を含め、東京と地方の相互交流を促したいんです。最近、自分で小さな畑を借りたんですが、それだけでも本当に大変で、農家の人を心からリスペクトしています。そんな多様な生産者さんたちと文化的に交流していくようなプログラムを組み込みたい。

中島:あと、何より場を維持していくことが重要ですよね。オルタナティブスペースを取材していると、なくなってしまうところが本当に多いんです。それはオルタナティブであることの宿命と言えるかもしれないけど、続いているからこそ積み重ねられる価値もありますから。

オープニングパーティでは吉里亜季さんによる大玉村の食材をふんだんに使った料理が提供された。
オープニングパーティでは吉里亜季さんによる大玉村の食材をふんだんに使った料理が提供された。

青木:継続という点でも他の地域とつながっているのは大切だと思っていて。僕はインディペンデント・キュレーターという肩書きですが、「インディペンデント」という言葉を背負っていることへの違和感が少しあるんです。

哲学者の鷲田清一さんが、「インディペンデント(独立)」と「インターディペデント(支えあい、頼りあい)」という対比を使っています。自分一人で立つだけではなく、相互に支えあい、頼りあう。それは、この場所だけで全てが自立的に回るのではなく、他のいろんな場所に浮力がある状態です。それをどうつくっていけるかが、この場所の維持と密接に関わってくるんじゃないでしょうか。

中島:それぞれが独立しながらも、相互に支えあう関係性ということですよね。お客さんにも主体的に関わってもらいながら、これからみんなで育てていく場になれば嬉しいですね。

藤:カフェも2階もまだつくり途中ではあるので、この場所に今後どう手を加えていこうか、ずっと考えています。例えば椅子や壁には柿渋を塗ってありますが、その色合いの推移なども追っていきたいですね。ぜひ何度も通って空間の変化も見ていただきたいと思います。

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INFORMATION
喫茶野ざらし(きっさのざらし)

住所:東京都墨田区吾妻橋2-11-5
都営浅草線・本所吾妻橋駅より徒歩4分
浅草駅より徒歩7分

アーティスト、建築家、キュレーターが運営する、ちょっと変わった喫茶店。ラディカルでフラジャイルでアジールな、生きるためのひとつの方法を探求しようとする場所です。
月曜定休日+プレオープン期間にて不定休で喫茶店として営業しています。

現在、2階をシェアアトリエ兼イベントスペースとして改装するための資金を集めるクラウドファンディングに挑戦中。
https://readyfor.jp/projects/cafe-nozarashi

instagram:https://www.instagram.com/cafe_nozarashi/
twitter:https://twitter.com/cafe_nozarashi

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