ニュータウンとプロレスからひもとく、町と身体と物語

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プロレスとはエネルギーの消耗合戦であり、セックスである

千葉 ここでニュータウンからプロレスに話題を移してみたいです。先程DDTの路上プロレスとの比較がありましたけど、身体がそもそもプロのレスラーとは違うというか、全体的に最初から疲れてるというかね(笑)。

中島 試合開始からみなぎってないという(笑)。

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千葉 そう、みなぎってない。そこがいいなあ。僕はプロレス論の中で、プロレスというのは互いに無駄なエネルギーを使い合って、最後にエネルギーが残っているほうが勝者だ、という言い方をしたんですね。相手を打ち負かすのではなく、無駄なこと自慢をしたあげく、それでもまだ残っている奴が勝つという。

中島 技を受ける美学、みたいなものもそこにつながっていきそうですね。

千葉 そうなんですよ。なのにこの作品では最初から消耗しているところから始まっているわけで、プロレスとはエネルギーの消耗合戦だってことの本質を最初から示しているという気もしたわけです。

中島 特に1作品目では、ぼく以外のみんなは「いったいこれから何をやらされるんだ」という気持ちですからね。おもしろいかどうかも全然わからない。最初のカットなんかは、カメラマンにものすごく遠景から撮ってもらってるんで、自分たちでもどうなってるのか全然わからなかったんです。

千葉 控えめなんですよね。あとプロじゃないから、受けは本当に気をつけないと危ないでしょ? 全体的にケガをしないようしないよう注意しているのがすごく伝わってくるんです。そこがおもしろくって(笑)。それもプロレスの本質を誇張的に示している。

中島 実際やってみてわかったのは、プロレスって身体を突き合わせたコミュニケーションなんですよね。戦っているんだけど、次の展開のために協力しあっているという。相手役はバビロン石田という学生プロレスでチャンピオンになった方なんですが、例えばキックひとつとっても痛くないように蹴ってくれているんです。

ただ一方で、後半になるにつれて「本気でぶつかったほうがアツいぞ」とバビロンさんが思ったであろう場面では、結構痛くパンチを入れてくるんです。すると僕は「あれ、本当に痛いけど……?」って気持ちになるんですが、そこで自分の中でもスイッチが入る。「こんだけの力で来てるってことは、僕も結構本気を出していいんだ!」っていう。そうやってお互いに高めあっていく。

千葉 もうセックスと同じですよね、それって(笑)。

中島 そうなんです、たまに痛くする、たまに乱暴にされちゃうっていうのが刺激になる(笑)。我々は戦っているようで協力しあっていて、別の何かと戦っているような気がしてくるんです。それは例えば、ニュータウンの静けさと戦っているのかもしれません。千里ニュータウン戦のラストでは岡本太郎の太陽の塔の前で戦うんですが、太陽の塔はすごく味方だなって感じがする。あの塔の顔って、まあ一つの仮面なわけで、いわばマスクマンでしょう?(笑) 仲間意識がありましたね。後ろで偉大なマスクマンが見守ってくれているっていう感じで。

《バーリ・トゥード in ニュータウン ーエキスポー》より ©️Haruya Nakajima, 2018
《バーリ・トゥード in ニュータウン ーエキスポー》より ©️Haruya Nakajima, 2018

中島 そもそも、太陽の塔は大阪万博の未来主義に対して、縄文的な土着性をぶつけたもの。万博のパビリオンってきわめて人工的な建築群で、ニュータウン的だと思うんです。だから太陽の塔がこっちの味方だったのも、もっともだな、と。

千葉 そう聞いて見てみると、やはりバビロンさんはうまいですよね。よくここからジャンプしようとしたなあ、みたいな部分があります。こういうのは予定に入ってるんですか?

中島 一応シナリオは用意しているんですが、撮影を行うと即興的になる瞬間はいっぱいありますね。プロレスラーがすごいなと思うのは、ある程度は流れを想定しつつも即興的になるシーンは多いわけで、それが試合の中で成立しているということ。そんなことは簡単にできないんです、普通の人間には。

「時間の矢」による喪失体験を求める、二階のノスタルジー

《バーリ・トゥード in ニュータウン》 より ©️Haruya Nakajima, 2014
《バーリ・トゥード in ニュータウン》 より ©️Haruya Nakajima, 2014

千葉 そもそもの話なんですが、このシリーズをやり始めようとしたきっかけを教えていただけますか?

中島 つくりはじめたのは5年ほど前で、自分の東京初個展の時でした。そういう時期だったこともあって自分の根拠=ルーツを示したかったんです。僕はヒップホップが好きでラッパーとしても活動もしているんですが、ヒップホップって自分の根拠地を示したり、「リアル」であることをレペゼンするわけです。「俺はゲットーで育って」とか「こんな貧民街からハスラーで成り上がってきたぜ」と歌うわけですが、なかなかそれが自分はやりづらい。それでも「俺はニュータウン育ち」と言った、という作品なんです。これが俺のヒップホップでありプロレスだ、という気持ちでした。

そうやってつくった最初の作品から、以降はどう展開していくかが重要。なので、ニュータウンの歴史を振り返りながら、大きな舞台に移していく。プロレスでいうところの「次は国技館だ!」って気分で千里ニュータウンに出向いたんです。

千葉 ニュータウンとしての格が上がっていく(笑)。

中島 そうなるとニュータウンマニアのような人も反応してくれて。最も歴史の古い千里を舞台にしたら「なるほど、次はいよいよ千里ですね……(ニヤリ)」みたいな反応をしてくださる。ありがたかったですねえ。

中島晴矢扮する、マスクド・ニュータウンのマスク
中島晴矢扮する、マスクド・ニュータウンのマスク

千葉 ニュータウンマニアにもウケたわけだ(笑)。ニュータウンにまつわることでいえば、最近ノスタルジーについて考えています。最近カセットテープやレコードがまた流行っているという現象があるじゃないですか。それはなぜだろうか、と。まずデジタルとアナログをわけるのは、アナログだとランダムアクセスができないということ。

デジタルメディアによって時間の経験が可逆的なものになった。つまり、一方向に進み続ける「時間の矢」がもたらす運命性を感じとりにくい時代になったわけで、その失われた感覚をもう一度取り戻したいという欲求の現れなんじゃないかな、と考えたんです。

普通の意味でのノスタルジーって、失われた過去に感じる郷愁なわけですが、今日的なノスタルジーがあるとしたら、「かつて『時間の矢』というものがあった時代」を懐かしんでいると思うんです。論理学の言葉でいえば、一階のノスタルジーと二階のノスタルジーという言い方ができるでしょう。失われた大切なものを求めるのではなく、大切なものが失われるという体験を求めるのが現代のノスタルジーなんじゃないかな。

中島 かつてのショッピングモールでかかっていたチープな音楽を今あえてサンプリングして懐かしむ、ヴェイパーウェイブという音楽ジャンルも、僕らの世代を中心に流行りましたね。

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千葉 ヴェイパーウェイブはまさに二階のノスタルジーですよね。で、中島さんの作品に戻ると、これも二階のノスタルジーに見えるわけです。ベタなニュータウン語りをしているわけではないですしね。そのあたりの意識はどうなんですか?

中島 自分自身の個人的なノスタルジーとは切り離そうとはしているんです。それが二階のノスタルジーとして見えているのかもしれません。そもそも何をしたかったかというと、アーティストとしてニュータウンの都市空間を本当は爆砕したいんですよね。

千葉 素朴に言っちゃうとニュータウンは嫌いなんですか?

中島 愛憎半ばするところで、だからこそ批判をしたかった。でもやってみてわかったのは、全然爆破できないってことですね。僕らがプロレスを頑張っても、無視されるし、何も変わらないんです。

路上プロレスによって見えた、故郷・ニュータウンの新しい風景




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千葉 ニュータウンというこれまで語られてきたテーマを、どう料理するかってとても難しいですよね。ぼく自身もハタチ前後の頃、ニュータウン文化論のようなものにだいぶ影響を受けました。その時期僕は大学生で、夜中に多摩センターの方や埼玉の和光の方にドライブに出かけていたんです。和光の方に行くときには環八からずっと登って、多摩センターの時は20号線からですね。途中で深夜のファミレスに寄り、道中はTortoiseなど当時流行っていたポストロックの音楽をかけている。Tortoiseの「TNT」を聞きながら無人の都市を見て写真を撮るなんてことを楽しくやっていたんです。

ぼくにとってニュータウンはエキゾチックなもので、だからこそ楽しんでいたわけなんだけど、平成が終わったというこの時期にニュータウンをどう考えるかというのは、考えてみたいところです。

中島 最初の動機はもともとあったニュータウンの語り自体を踏襲して、何もなさみたいなものを撮りたかったんです。でもやっていくうちに、ニュータウンという町のおもしろさを見いだせてしまったんですよ。一見するとどこものっぺりとしているんですが、実はそれぞれの表情がある。場所ごとにプロレスに使える個性的なオブジェクトがある。なので数を重ねるごとに、ロケハンの時点からおもしろくなっていったんです。それは実際にニュータウンに身体をぶつけながら気づいていったことなんですよね。

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 ツルッとしたニュータウン感から始まって、でこぼこしたニュータウン感を再発見していった。そこはかつてのニュータウン論と線を引けるポイントですね。実際に身体でニュータウンの「突起」に触れていった、と。フラットからでこぼこに。時間がなくなった場所から、でこぼこを通して時間を再発明していくというか。歴史の止まった場所で身体を動かすことで、歴史がそこから再開するというか。なんかニュータウンに対してポジティブになってきました(笑)。

中島 今、千葉さんがお話してくれたことは、自分の中でもしっくりきます。わからないながらシリーズを通してつくっていて、ニュータウンの見方がかなり変わりました。しっかり肌を重ねたという、戦ったあとのノーサイド感はありますね。

千葉 ぼくのニュータウン体験は車での移動をベースにしたもので、視覚的に距離をとってユートピア、あるいはディストピアを眺めていたという感覚でした。当時はスマホもないしナビもなかったから、道に迷ったりもするんです。バイパスのような道路に偶然入ると坂道で、それを登っていったら突然真っ白に輝くパリの新凱旋門のようなトンネルが目の前にせり上がってきた。すごく興奮させられて、鮮烈な記憶として残っています。

あれは幼い頃に小さな細い道を自転車で入って行くときのドキドキの再演でした。あるいは、まさに都市がつくられていく途中の場所で、車というメディアを通じてあらたなでこぼこを発見した体験だとも言えるかもしれません。

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中島 ニュータウンは車の町なので、そのスケールで作られていますよね。でもぼくは車の免許を持っていない。モビールというメディアを通した体験ができない。だからこそ車社会であるニュータウンを、生身の身体で再発見したという感覚は確かにありました。

千葉 今の話で、かつてのニュータウン論との意識の違いというのははっきりしましたね。具体的に身体を使い直すことで、のっぺりとした空間の中に起伏を再発見していくこと。そこに注目することで、すべてが尽き果ててしまったような空間でも、別の時間性を見出すことができる、と。その身体の使い方として、プロレスを持ち込むことで豊かな文脈を感じさせてくれる作品でした。

中島 フラットからでこぼこへーーまさにこの対話の中で、ぼくのニュータウンに対する見え方がクリアになりました。志賀直哉じゃないけど、もしかしてぼくはニュータウンという町と「和解」できたのかもしれない……。だとしたらなおさら、このシリーズは3部作完結でよかったのだとも思います。おそらく次は別の町をテーマにして作品をつくります。ありがとうございました。

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千葉雅也(ちば・まさや)
哲学者

1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。フランス現代思想の研究と、美術・文学・ファッションなどの批評を行う。近著に哲学者の目線から、アメリカ滞在時の感覚を記した『アメリカ紀行』がある。『新潮』9月号に、自身初の小説作品「デッドライン」を寄稿。
中島晴矢(なかじま・はるや)
美術家・ラッパー・ライター

1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。
主な個展に「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY/東京 2019)「麻布逍遥」(SNOW Contemporary/東京 2017)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN2018/東京 2018)アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat/2016)、連載に「東京オルタナティブ百景」(M.E.A.R.L)など。
http://haruyanakajima.com
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