Text:Yosuke NOJI
Edit:Shun TAKEDA
■スーパー「Big-A(ビッグ・エー)」の町・大山
大学5年の冬。池袋駅から東武東上線の鈍行で3つ目にあたる賑やかな町・板橋区大山。就職活動もなんとか終わり、大学の卒業もほぼ確定した年明け。目下のわかりやすい目標を失った僕は、「どうにか残りの時間を有効に使わねば!」と焦りながらも、ひと足先に社会人として働いている友人たちを横目に、アルバイトに精を出すわけでも、就職に備えるわけでもなく、とにかくラジオばかり聴いていた。
16時半の夕焼けチャイムと同時にむくりと起き出し、ベランダから1日の“仕事”を終えて家路につく小学生を眺める。「俺、どんだけ時間を無駄にしてるんだ……」と自己嫌悪に陥りながらも、とりあえず「radiko」を起動。ニュース番組などを聴きながら、大学の課題を申し訳程度に進め、気付けばすぐに深夜ラジオの時間帯。課題を放っぽりだし、お馴染みの芸人たちの丁丁発止に1人ほくそ笑む。
たまに投稿を送り、お腹が空いたらイヤホンを耳に突っ込みながら、本日初めての外出。行き先はたいてい近くのファミリーマートか、大山に本社を構える24時間営業のスーパー「Big-A」。1日のゴールデンタイムが深夜1時から朝5時だった当時の僕にとって、けたたましいBGMを流すことも、過剰な陳列をすることもなく、もくもくと半額商品を販売してくれる同店は、まさに救世主のような存在。
お店に入り、馴染みの店員に勝手に感謝の念を捧げつつ、食料を買い込む。気分が向けば、家の近くを流れる石神井川を眺めながら家路につき、もそもそと食事を取っているうちに眠りにつく。
多いときには1日3万人も訪れるというハッピーロード商店街、落語やコンサートが頻繁に行われる板橋区立文化会館などを擁する大山。しかし、それらはいわば“昼の人間”の特権。このときの僕にとって、近くのファミリーマートと「Big-A」と石神井川、これが町の三大要素だった。
■どんなありふれた場所も誰かの居場所に繋がっている
本作『明るい夜に出かけて』の主人公・富山は、深夜コンビニのアルバイター。もともと伝説のハガキ職人として界隈では有名な存在だったが、ネット上で炎上したことをきっかけに以前までのラジオネームを捨て、通っていた大学から逃亡。「リセット期間」として1年間の休学を申し出、実家である豪徳寺から神奈川県の金沢八景で一人暮らしを始める。
人に触れられることを極度に恐れる「接触恐怖症」を患う富山にとって、コンビニでのアルバイトは苦労の連続だった。ときには、お客に肩を触れられそうになり、突き飛ばしたこともあった。
アルバイトのない時間には、やはり深夜ラジオに耳を傾けた。気分が向いたときには、真っ黒な東京湾を眺め、古くからの友人・永川と会えば、家の近くの墓地でぼそぼそと話をした。こんな生活のままで良いのか、富山は焦りと自席の念にかられる。
そんなときに出会ったのが、同じラジオを聴くリスナーであり、有名なハガキ職人でもある虹色ギャランドゥ。彼女との出会いを通じ、これまで内にこもっていた富山は少しずつ他者に対して心を開くようになる。同じアルバイトの同僚で、ネット上で歌い手としても活動する鹿沢(かざわ)とも親交を深め、生配信の手伝いなども行うようになる。“苦痛”だったはずのコンビニという場所を起点に、富山は少しずつ自分の居場所を見出していく。
終盤、虹色ギャランドゥと夜の金沢八景を歩く富山は、コンビニを見やり、こう心の中で唱える。
「俺の頭の中の町は、コンビニが星で、星座を形作っているみたいだ。大きさもチェーンも雰囲気も違うけど、どれも一等星、とにかく明るい。見慣れた明るさ。見飽きない明るさ。俺の日常。人々の日常。日常の象徴。この道の先に、また、コンビニがある。」
富山にとって金沢八景という町を象徴するのは、シーパラダイスでも、近くの葉山や逗子でもなく、“青くない海”東京湾や人気のない墓地、それとなんといっても夜の町を明るく照らすコンビニ、なのだ。
僕にとっての町、富山にとっての町、あなたにとっての町。そこで想起される町並みは、当然人それぞれ違うだろう。しかし、どんな町の、どんな場所も、きっと誰かのかけがえのない居場所へと繋がっている。そう思うと、なんだか町を歩くのが無性に楽しくなってきた。
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