Street ReView #7「前衛」のミーム—『孤独のグルメ』と「路上観察」

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映画や書籍など様々な作品を通じて得た「町」や「まちづくり」に関する着想をレビューする本企画。第7回目は、現代美術家/ラッパーの中島晴矢による、久住昌之と谷口ジローによる漫画『孤独のグルメ』について。

Text:Haruya NAKAJIMA
Edit:Shun TAKEDA

駅を出て街を歩き、顧客との打ち合わせを済ませると腹が減っている。空腹を抱えながら付近を駆け足で彷徨って、自身の腹具合と直感を頼りに一期一会の飯屋へと誘われると、過剰な思考をモノローグで晒しながらたらふく飯を食らい、満腹感と共に帰路につく。

たったそれだけのことなのだが、そこには豊潤な物語が詰まっている——————『孤独のグルメ』である。1994年から連載された久住昌之原作・谷口ジロー作画のこの漫画は、松重豊主演のドラマ化によるリバイバルもあり、長く読まれ/見られている作品だ。

孤食から見出される都市の風景

最大の見所は、やはり食事シーンということになる。飯屋に入ってメニューとにらめっこしたり、周囲のお客さんの食べている料理や注文の仕方を観察したりしながら、注文を取って献立を組み立てる。「持ち帰り! そういうのもあるのか」と驚き、「ぶた肉ととん汁でぶたがダブってしまった」と後悔する中で、大のオトナが「独り」で食事をするという日常の塵事に大真面目に取り組む姿、そのギャップにこそ面白味が詰まっているのだ。

それは、ハードボイルドなトレンチコートの紳士が苦悩しながら駅弁を食べるという、『ガロ』に掲載された泉昌之名義における久住のデビュー作「夜行」(『かっこいいスキヤキ』)から一貫した方法論であると言っていい。

その上で注視すべきは、店に入るまでの市街の描写だろう。輸入雑貨の個人商である主人公・井之頭五郎は、商談や出張の都合で東京を中心に様々な都市を訪れ、街路を眺め歩いて他愛もない思索に耽りながら、その料理への観察眼を街に対しても平等に発揮する。谷口の緻密なリアリズムによって描かれた街並みに、井之頭は「何年ぶりかな」「全然知らないエリア」と郷愁や発見を伴った胸中でひとりごつのだ。その街の空気感と料理はあたかも定食のように1セットとなっているのである。

井之頭五郎の隣には、いつも赤瀬川原平がいる

この、街を「観察」するという視座の底流には、実のところ、日本の現代美術における主要な芸術家・赤瀬川原平の「前衛」のミーム(文化的遺伝子)が受け継がれているのではないだろうか。ちなみに久住は学生時代、赤瀬川が教鞭を執っていた美学校の講座に通っており、そこで出会った泉晴紀と組んで漫画家デビューしている。その史実をかんがみても、そこには赤瀬川の影響が根本に横たわっていると言って過言ではない。

では赤瀬川がやっていたこととは何かと言えば、「路上観察」である。「路上観察」とは、「街を歩きながら、ヘンなものに目がゆき、観察してしまうというおかしな趣味」(『路上観察学入門』)だ。

60年代・読売アンデパンダン展を主戦場とした「反芸術」から、ハイレッド・センターの路上でのハプニング(「東京ミキサー計画」)を経由して、「超芸術トマソン」といった「路上観察」へと至る赤瀬川の道程は、美術館から路上へ、そして署名性を有した作品から事物を観察する目玉へと、とことんまで芸術を解体し、純化させていく前衛的な運動だった。

そういった「路上感覚」は『孤独のグルメ』にも溢れている。山谷で道に迷い、赤羽の横丁のネーミングにニヤリとし、日暮里の蔦が絡んだ店構えにギョッとして飛び込む井之頭の目つきは、もはや赤瀬川のそれと大差ない。偶然でくわす商店街や路地の風景、あるいは飲食店の「物件(オブジェ)」は、この作品の極めて重要なエッセンスを担っているのである。
 

都市を楽しむための「前衛」の遊び心

そもそも「路上観察」は、大正期・関東大震災後の東京で市井のバラックや看板を観察した、今和次郎らの「考現学(モデルノロヂ)」を起源に持っている。その観察対象は赤瀬川の世代であれば戦災や学園紛争のアフターマスということになるだろうし、『孤独のグルメ』においては、目当てのレストランがコンビニに成り代わっていたことで「あの店のない銀座かあ…」と嘆息するような、変化し続ける現代の都市ということになるかもしれない。

現に、漫画版は言うまでもなく、2012年より放映しているドラマ版で紹介された食堂なども、既に閉店している店もあるという。このことは、フィクションと現実を行き来した現今の都市の流動性を示唆していよう。そしてそれはあくまでノスタルジーではなく、古いものと新しいもののアマルガムの内に都市のダイナミズムを感受する、一種のアンテナなのだ。

畢竟、『孤独のグルメ』には赤瀬川から久住へと繋がるミームが散見される。彼らの作法にこそ、自由で豊かな「前衛」の遊び心が溢れているように私には思えるのである。

中島晴矢(なかじま はるや)
Artist / Rapper / Writer

1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。
美術、音楽からパフォーマンス、批評まで、インディペンデントとして多様な場やヒトと関わりながら領域横断的な活動を展開。主な個展に「麻布逍遥」(SNOW Contemporary/東京 2017)「ペネローペの境界」(TAV GALLERY/東京 2015)「上下・左右・いまここ」(原爆の図 丸木美術館/埼玉 2014)「ガチンコーニュータウン・プロレス・ヒップホップー」(ナオ ナカムラ/東京 2014)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN2018/東京 2018)、グループ展に「変容する周辺 近郊、団地」(品川区八潮団地内集会所/東京 2018)「明暗元年」(space dike/東京 2018)「ニュー・フラット・フィールド」(NEWTOWN/東京 2017)「ground under」(SEZON ART GALLERY/東京 2017)、アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat/2016)、連載に「アート・ランブル」(太田出版)など。

http://haruyanakajima.com

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