近年、アートを中心としたカルチャーシーンにおいて、既存の美術館やギャラリーとは異なる、アーティストを主体とした場の設立や運営が活発だ。それは立地する都市や地域とも不可分の関係にある。そういったオルタナティブな動向の最先端を実地に赴いて辿っていく。そこから見える新しい東京は、一体どのような景色なのだろうか。
第十二景は東京都足立区小台にあるカフェ「BRÜCKE」。隅田川と荒川に挟まれた、中洲のようなエリアで店を構えるBRÜCKEは、正統派のカフェでありながら、意欲的に展示やイベントを開催しているスペースだ。今回は、BRÜCKEの意図やその実践について、店主の杉浦俊介氏とスタッフの宇井千晶氏の二人に話を聞いた。
Text:Haruya Nakajima
Photo:Mai Shinoda
Edit:Shun Takeda
隅田川と荒川に挟まれた、中洲にあるカフェ
都電荒川線に揺られて、小台駅で降りる。
この辺りは尾久という地域で、昔ながらの東京下町の風情を残している。換言すれば、開発から取り残された、東京の中の地方といった趣きだ。かつて阿部定が立て篭もったのもこの辺りのはずである。そういう暗い情念のようなものが、まだそこここの街角にこびり付いている。もちろん、そこがまた堪らない。
何の変哲もない、小さな商店街を北へまっすぐ歩いていく。すぐに現れたのは隅田川だ。川沿いには団地やマンションが並んで、小さな観覧車も見える。荒川区の憩いの場、あらかわ遊園の観覧車だ。どんな風景であれ、川を渡るのは気持ちがいい。
隅田川を越えると、足立区に足を踏み入れることになる。
一転、小さな工場が散見され、空間の深度がいや増すような感覚を覚える。何もはめ込まれていない、向こうの空を写したフレームのみの看板が出迎えてくれた。借景看板とでも言おうか。野良のジェームズ・タレルである。なぜだか雲行きも怪しくなってきた。
道なりに進めば、またすぐ河川に突き当たる。こちらは荒川である。そう、ここは隅田川と荒川に挟まれた、中洲のようなエリアなのだ。狭い島国の狭い東京に浮かぶ、さらに狭く小さな島。そんな陸の孤島の路面にあるのが、今回の訪問先・BRÜCKE(ブリュッケ)だ。
「この土地の“マズさ”みたいなものを分かっているから、本当はここでやりたくなかったんです」と、店主の杉浦俊介は笑う。
ちょうど席につくと、申し合わせたようにゲリラ豪雨が降ってきた。酸味が香るフルーティなスペシャルティコーヒーをアイスでいただく。絶好の雨宿りだ。
マンションの一階部、ガラス張りの開放的な雰囲気。店内は、DIYで設えられた心地良い空間だ。コーヒー豆や器具が並ぶカウンターはもちろん、壁に掛かったアート作品や、古本の売られた本棚、カバーに覆われたピアノなどがある。
BRÜCKEは、まず何よりもれっきとしたカフェである。その上で、展覧会やイベント、ワークショップなど様々な催しが開かれる、オルタナティブなスペースでもある。
そんな小台BRÜCKEについて、店主の杉浦と、スタッフの宇井千晶の二人に話を聞いた。
分断された「島」で、人と人とが偶然に交わる
2014年1月に開業し、今年で6年目だというBRÜCKE。カフェを始めた理由を、杉浦は「東日本大震災がきっかけ」と語る。
「サラリーマンだったんですが、3.11を受けて、今後のことを考えるようになったんです。会社で死にたくないな、と。そこで会社を辞めました。親が自営業だったこともあって、『自分で何かやりたい』と物件を探しつつ、コーヒー店でアルバイトをしていました。ただ色々と模索する中で、結局この場所を使うことになって。この場所は、もともと実家の酒屋の跡地なんです」
こうして地元でカフェを経営することになった杉浦は、この不思議なエリアにどのような印象を持っているのだろうか。
「子供の頃は、よく駅の方の商店街へ買い物に行ってましたね。小台橋を渡ると、それだけでちょっと違う場所に行くような感覚がある。ここの住人は小台橋の先を『橋向こう』と呼ぶんですよ(笑)。それくらい世界が分断されていました。一方で、荒川の向こうに何があるか、未だによく分かっていない。だからこの『島』は、保守的というか、閉鎖的な地域ではありますね。だから最初はあんまり気が進まなかったんですが、それでもここでやると決めたので、気持ちを切り替えました」
そんな「島」で杉浦が立ち上げたBRÜCKEには、どのようなコンセプトがベースにあるのか。杉浦は「機会損失がそこら中で起きていると感じている」と言う。
「同じ趣味を持っている人がいても、お互いの存在を知らなければつながりませんよね。僕がお客さんと話せる店主という立場になれば、そういう人たちの溝を埋められるんじゃないか、と。同じ空間を利用しているという共通点があれば、人と人が重なりあうことができる。そういう場をつくりたいんです。
実際、最初の頃はカレーを出していましたが、すぐやめました。食べ物屋にしちゃうと、フード自体がお客さんの目的になってしまいます。グループで来店して、ご飯を食べたら、その中で完結してしまう。それだとイヤなんです(笑)。もちろんフードを提供すれば、客の流れはいいし、いろんなタイプのお客さんが来てくれます。でも、お客さんが店を見なくなるんですよ。だから、もっと店に“ヒマ”がなければダメだと考えました」
そう、BRÜCKEが最も大切にしているのは、“人と人との偶発的なつながり”だ。その意味で、一般的な飲食店とはだいぶ毛色が異なっている。重視するのは、何より関係性の創出なのである。
音楽・美術・ZINE、誤配のための多様なアプローチ
オープンして始めに企画したのは、音楽ライブだという。
「自分が聴きたい音楽のライブをやる場所です。テレビで流れてるような音楽じゃなくて、ハコで言うと八丁堀にある『七針』とか『南池袋ミュージック・オルグ』でやってるような、自分が聴いている周辺のミュージシャンたちのライブ。シンガーソングライターの柴田聡子さんなんかに出演してもらっていました。1年目は月1で音楽のイベントをやっていましたね。
でも、地元の人は一切来ませんでした(笑)。地域の常連客は増えてきていますが、イベントには来てくれなかったりします。でも、そういう人が来てくれないと、このスペースで音楽イベントをやる意味はないと思ったんです。だから、ここのところずっと音楽イベントは企画していませんね」
なるほど、やはりBRÜCKEはブレない信念に貫かれている。音楽ファンとカフェのお客さん、この両者が交わるような、いわば“誤配”がないとつまらないということだろう。では、美術展はどうだったのか。
「ライブは仮に隅っこでやってても、結果的には人や音が場を占有しますよね。でも美術の展示って、カフェと空間的に競合しないじゃないですか。カフェとしてくつろぎながら、作品も鑑賞できる。そこで展覧会をちょくちょくやり始めて、自分も少しずつ美術に触れていきました。
最初の展示は、僕が初期に関わっていた『スタートバーン』(ブロックチェーン技術を用いてアート流通・評価のインフラの構築を推進する企業)を通じて知り合った、鈴木秀尚という作家さん。『宝田スタジオ』という大井町にあるシェアアトリエのメンバーでもあるアーティストで、油彩画の展示でした。今は、だいたい年に3、4本、2〜3週間ずつの展示を企画しています」
また、展示ばかりでなく、店内に目を配ると様々なアプローチが試みられていることに気づく。例えば、カウンター下の棚に並んでいるのは、独自の冊子『odai magazine』だ。
「もともとZINEカルチャーに興味がありました。ZINEには場所性があるじゃないですか。つくりたくて勝手につくったものがこの店に置いてあって、それをお客さんが手に取って、こんなものがあるんだと知る、その一連のプロセスがいいな、と。
ただ、自分のオリジナルな作品というのは敷居が高い。だったら、誰でも寄稿できるものをつくろうと思ったんです。書き手はこの店に来ている人が多い。最近は、彼らから勝手に送られてきた原稿を検閲なしで載せています(笑)。
昔は毎月出してる期間もありましたが、今は年に2号出せればいいくらい。寄稿が溜まったら冊子をつくるというスタンスなので、誰かから何かが送られてきたら『これは出さねば』と思うので、止まることは多分ありません。自分一人でやってるものであれば、もう終わってるでしょうね」
このことからもやはり、BRÜCKEの目指すところがある種のプラットフォームだとわかる。最新号はすでに25号。長寿雑誌だ。
また、店内に設置された本棚は、「コ本や」に委託しているそうだ。コ本やは本連載の第一回目でも紹介した、アーティストたちが運営するオルタナティブな古書店。取材当時は北区の王子にあったが、2019年に池袋に移転。より規模を拡大して事業を継続している。スペースを持つ者同士の交流がおもしろい。
「うちのお客さんから『変わった本屋ができてたよ』と聞いて、行ってみたんです。アーティストのだつおさんがいて、話しの流れで店をやってることを伝えたら、『出張本棚って置けますか?』と聞いて、いいですよ、と。それで置くようになりました。その代わりに出張コーヒーに来ませんかと誘われて、コロナ以前は月一でやってましたね」
コーヒーとカルチャーが渾然一体になった空間へ
コロナ禍による自粛期間中はもちろん経営的に苦しかったろうが、土日のお客さんは増えたという。それは筆者も思い当たる節がある。遠出や旅行ができないからこそ、地元を散歩して、知らなかった店を発見する。いわゆる「マイクロツーリズム」だ。
一方、宇井は美大を出てから絵を描いてきて、今はBRÜCKEのスタッフだ。震災を機に実家の和歌山に戻っていたところ、杉浦と結婚する運びとなり再び東京へ。今年の1月から店を手伝っているそうだ。「接客業がめちゃくちゃ苦手」と宇井は苦笑する。
「もともとコーヒーは好きでしたが、産地だとかスペシャルティだとか、全然知らなくて。でも、BRÜCKEで働き始めてから舌が変わりましたね。この間、梅雨の時期にコーヒー屋さん巡りをしたんですが、うちのコーヒーは美味しいということに気づきました(笑)。
特に、浅煎りのコーヒーの美味しさがわかってきたんです。豆のフレーバーの説明に、マスカットやベリー、チョコなんて書いてあるんですが、最初は『どういうこと?』って(笑)。でも、マスカットと書いてある焙煎されたエチオピアの豆の香りを嗅いだら、『なるほどなぁ』と納得できたんですよ」
そんな二人のマイルドな人柄が滲み出た雰囲気のBRÜCKE。最近では、アーティストグループ・オル太による「TRANSMISSION PANG PANG along 荒川」が開催された。荒川近辺をフィールドワークしながら「新しい祭りの伝承」をつくる観客参加型のパフォーマンスだ。
とはいえ杉浦は、「イベントで店を貸し切るという形にはしたくない」と頑なだ。
「一般のお客さんの来店を断りたくないんです。だから一応、どんな展示やイベントも通常営業しつつやっています。フタを開けてみてたくさんの参加人数がいてカフェ利用のお客さんの入る余地がなかったら、店としてアーティスト側と戦うことも辞さないですよ(笑)。ハプニングバーじゃないですけど、やっぱりいろんな人が偶然に交わっていくという状況をつくっていきたいですね」
あくまでカフェとしての空間を確保した上で、展示やイベントを共存させる。その上で、文化の誤配を丹念に仕組んでいく。これからもBRÜCKEは、一杯のコーヒーがもたらす憩いと、濃厚な企画の生み出す刺激が綯い交ぜになった、オルタナティブなスペースであり続けるだろう。
インタビューを終えると、さっきまでの雷雨が嘘のように雨が上がった。なんと、きれいな虹も出ている。虹の足元は荒川と隅田川に降りていた。島にかかる虹だ。
その足で、同じ区画にある居酒屋「灘」へ。我々以外は近所の常連さんだけの、なかなかにアットホームな店である。年季いった短冊がずらりと並ぶメニューから、刺身、揚げ物、ふぐ皮ポン酢など、定番のメニューを注文する。王道の居酒屋には、王道の肴がいい。
暖簾をくぐるとすっかり闇が落ちて、むろん虹もなくなっていた。この中洲での半日をひとときの幻のように思いながら、また隅田川を渡り帰る。
荒川と隅田川に挟まれた島、コーヒーをきっかけに何かに出会えるかもしれないコーヒー屋。2019年にアーツ千代田3331の近くにコーヒースタンドSHI-TENをオープン。
コーヒーをより美味しくしたく、オランダのGIESENの焙煎機を購入すべくクラウドファンディングを10月に行う予定です。
HP|https://odaibrucke.org/
中島晴矢(なかじま はるや)
アーティスト。1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。美学校「現代アートの勝手口」講師、「喫茶野ざらし」ディレクター。主な個展に「東京を鼻から吸って踊れ」(gallery αM/東京 2019-2020)「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY/東京 2019)、グループ展に「芸術競技」(FL田SH/東京 2020)、連載に「オイル・オン・タウンスケープ」(論創社)など。
http://haruyanakajima.com