あの映画にもうひとり #03|きみの鳥はうたえる

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いつだって映画には、こぼれ落ちる“誰か”が存在する。そんな作中には登場しなかった“もうひとり”を想像し、描き出すことで、映画の舞台である「町」の風景が、さらなる広がりを見せるのではないか。本連載では、毎回異なる映画作品をモチーフに、新たな人物を創造していく。制作は、デザイナー・イラストレーターのeryと、ライター・エディターの伊藤紺によるユニットNEW DUGONG。

第3回で取り上げるのは、2018年公開の映画『きみの鳥はうたえる』。小説家・佐藤泰志が記したはかなくそしてシリアスな青春小説を、三宅唱監督が函館を舞台に大胆に描きなおした話題作だ。本州と北海道をつなぐターミナルであり、豊かな海流に恵まれた漁港でもあり、また歴史的なスポットを多く抱える観光都市でもあるこの町に、NEW DUGONGの二人が見出したのは、どんな人物だろうか。

Text / Illustration:NEW DUGONG
Edit:Yosuke Noji、Shun Takeda

みなこ(23)|アルバイト(クラブ勤務)

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彼女はみなこ。23歳、地元である函館市内の大学に進学するも中退。現在は市内のクラブでアルバイトをしている。両親ともに、函館生まれ函館育ち。地元を離れたい気持ちもあるが、実際に自分が行動を起こすイメージは持てない。友人の多くは東京や札幌に出て、社会人一年目を迎えた。バイト終わりの早朝、だるい体で家に帰ると、漁に出かける父と見送りの母と時間がかぶる。別に何を言われるわけでもないが、決まりが悪く、少し時間ずらして帰宅する。父はうっすら磯のにおいがする。

その日、たまにバイト先に遊びに来る男の子2人組が、女の子を連れてきた。3人はとても仲が良さそうだったが、純粋な友情とも違う、甘ったるい雰囲気のなかにいた。彼女はこれまで2人の男の子たちを自分と少し似ていると思っていた。だけど、こうやって女の子が混じり、どこか過剰に寄り添いあっている様子を見ていると、この先、何にも繋がらない楽しさに埋没しているように見えて、軽く軽蔑してしまった。同時に、少し羨ましく、そんな浅はかな自分にもうんざりした。

バイト終わりの朝、彼女は漁港に向かった。磯臭さと太陽のにおいが混じり合う朝の空気の中で缶コーヒーをすする。決して良い状態とは言えない身体に、コーヒーが溜まっていく。何の刺激もないこの町を出るだけのことに勇気が出ない自分が疎ましい。一人暮らしを始める準備の途方のなさが重々しい。全てを乗り越えて、この町を出たとしても、いつか行き詰まり、ふたたび町に戻ったときの親や近所の人の哀れみに似た表情までくっきりと想像してしまう。心の底から見なくない。彼女は「全部やだな」と小さく呟き、この日も少し時間を遅らせて、家へ続く退屈な海辺を歩く。

■NEW DUGONG
「NEW DUGON(ニュージュゴン)」はデザイナー・イラストレーターのeryと、ライター・エディターの伊藤紺による制作ユニット。企業の広告記事や、ファッションメディアでの連載など、ウェブコンテンツの制作を中心に、リトルプレスの発刊、自主制作ラジオの配信、トークイベントの開催など、幅広く活動する。
HP:http://newdugong.com/
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