Belong to ME #10|マルジナリア書店/よはく舎 小林えみ

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企業や組織に所属せず、活動する人の数が増えている。テクノロジーの発展や価値観の多様化など、様々な理由が可能にしたこの「可能性」はしかし、「自由に稼げる」点ばかりが強調されていないか。現代における個人の持つ“強さ”とは、果たしてその1点で語れるようなものなのか?

本連載では、組織に所属せず、軽やかに領域を横断して活動する個人をマージナルな存在として位置づけ、今の働き方に至った経緯と現在の活動を伺っていく。インタビューは、その人が日頃活動の拠点としている場所で行う。

Vol.10に登場するのは、新宿駅から特急で20分と少し、京王線とJR南武線が交差する分倍河原(ぶばいがわら)駅(東京都府中市)の目の前に「マルジナリア書店」を2021年1月にオープンさせた小林えみさん。ご自身の出版社「よはく舎」の代表として出版活動を行うかたわら、10年以上本屋のなかった分倍河原という町に、再び本と人が出会う場を作ること。お店を始めたことで見えてきた新しい風景について伺ってきた。

Text:Chika Goto
Photo:Hana Yamamoto
Edit:Shun Takeda

ゆくゆくは本屋を、と思っていたら出会った府中の物件

──このお店から目と鼻の先にある分倍河原駅は、私も自宅の最寄り駅として日常的に使っていたんですが、いつも何気なく通り過ぎていたこのビルの下の掲示板に今年の頭、突然「マルジナリア書店が近日オープンします」というお知らせが貼ってあって、「そもそもこんな掲示板自体あったっけ」とハッとしたのを覚えています。

「マルジナリア書店」という名前の本屋さんが近々できることも、その前からSNSなどで漠然と知っていたんですが、それがまさかここ分倍河原にできるということに驚いて。10年以上前に駅前の本屋さんが潰れてしまったきり、この町には新刊書店がなかったので嬉しいニュースでした。

小林さんご自身がこれまで出版・編集のお仕事をされてきて、このお店を作ろうと思った経緯を伺ってもいいですか。

小林 私は「版元ドットコム」という、出版社の会員制の団体の幹事を長くやっているんですが、出版物の流通を考えたときに、製造から販売まで一貫して自分たちでできた方がいいな、ということは以前から考えていました。近年、本の取次会社は苦境に立たされていますが、そういった状況のなかで中小の出版社が自分たちの作った本を丁寧に売りたいと考えたとき、「(自社で運営する)書店があった方がいいだろう」と。

去年(2020年)の7月に独立をして「よはく舎」という出版社としての活動を始めて間もない頃は、「ちゃんと出版をやっていかないと」と考えていたので、本屋をやるというのはある種の理想論的なものとして、具体的にいつ・どこでとは特に考えていませんでした。ただ、私も府中を地元として暮らしているので、「分倍河原には本屋さんがないな」と思っていて……それこそ5年後とか10年後、余裕ができたときに本屋をやりたいなという気持ちはあったんですけどね。

よはく舎代表/マルジナリア書店オーナー 小林えみさん

平たく言うと、ここにテナントが空いていたんですね。あるときこの辺りを散歩していたら、「あれ、駅のこんなに目の前のところが空いている」と気づいて。正直、1階のマクドナルドさんもこれまでそんなに利用したことがなかったし、このビルの他のテナントさんにも入ったことがなかった。どんなところなんだろうと思って、冷やかし半分で見学してみようと思ったんです。それでいざ中を見てみたら、広さもちょうどいい。

駅の目の前とは言いつつも、お客さんが上がってこなければいけないというハードルはあるので、ビルの3階だということについてはすごく考えました。下北沢で「本屋B&B」をやられているNUMABOOKSの内沼晋太郎さんに、ずっと昔「いずれ本屋をやりたいんですよ」と話していたとき、妙にリアルなトーンで「駅から離れるんだったら絶対に路面店にするべきだけど、駅から近いんだったらビルの上でもいい」とおっしゃっていたんですね。

ふとその言葉が蘇り……実際にこれだけ駅の目の前で、徒歩0分だったら、お店を作るのはアリなんじゃないかという。内沼さんは「俺そんなこと言った?」とかおっしゃりそうな気がするんですけど(笑)、勝手にそれを信じて、チャレンジしてみようかなと思ったのが出発点ですね。初めて内見をしたのが去年の9月ぐらいで、契約を交わしたのが11月、12月から家賃を払っているので、1月のオープンまではあっという間でした。

──マルジナリア書店さんが入る前は、ここには何が入っていたんでしたっけ。

小林 不動産屋さんでその前は床屋さんだったらしいです。このお店に来てくださった地元のお客さんも「正直ここのビルに上がったことはなかった」という方が多くて、見晴らしの良さに驚いていかれます。

──お店のコンセプトや方向性は、どのように考えていましたか。

小林 最初はもう少し雑多な感じのお店というか、やっぱり地元の方にもたくさん来ていただきたいし、ハイセンスな本や難しい本をたくさん置くというよりは、親しみやすい本や雑貨をもっと置きたいと考えていたんですね。雑貨もすごくおしゃれな雑貨とかではなくて、日用品の延長みたいなものを。

私のこれまでの出版活動ではどちらかというと人文書っぽいものを多く作っていたというのもあり、開店当初は割とハードコアな選書でした(笑)。最初はちょっと心配したんですが、意外と地元の方も含めて「読めそうなものから買っていく」という感じで面白がってくださって。逆に言うと、「どこにでもあるもの」ではなくて、「あれ、今まで見たことなかったな、こういうの」みたいなものと出会って買っていただける。当初の想定とは違うけれども、良い場になったんじゃないかなと思ってます。

──お客さんは、ご近所の方の割合がやっぱり圧倒的に多いのでしょうか。

小林 そうですね。オープンした月は、多少の“知り合いボーナス”のようなものもあったと思うんですけど、それはおそらく全体の3割程度で、残りは本当に地元の方でした。

3階でもこの物件にした決め手のひとつが「エレベーターがあること」でした。
エレベーターがあると、実際に家族連れの方がベビーカーでお越しになられるんですね。特に今はコロナで遠出もできないから、「近所でちょっと変わったものがあったら出かける」という感覚もあってなのか来てくださって、絵本コーナーを見て買って行かれたり。ベビーカーを揺らしながら、お父さんお母さんがゆっくり本棚を見て「なんだか久しぶりに自分の本を選べたな」といったような。

お店を開けてみて予想外だったのは、比較的硬い内容の本を地元の方が注文して買ってくださったことですね。やっぱり「この町に長らく本屋がなかった」と皆さんしきりにおっしゃっていて。だから「ここを潰してはならない」という気持ちで、取り寄せのご注文もいただくんですね。取り寄せは、Amazonでポチった方が早くて、もう一度取りに来なきゃいけなかったりとお手間なんですけど、わざわざお立ち寄りいただいて「これ取り寄せてください」と言ってくださるので、すごくありがたい。そうやって本好きの方がちゃんと来てくださっているのがすごく嬉しいですね。

人文書、雑貨、ドーナツ、掲示板──本好きの人以外にも場を開く

──小林さんは府中に住まれて何年ぐらいですか。

小林 十数年住んでるかな。それまでは世田谷に住んでたんですけど、たまたま相方が競馬好きで、府中の競馬場に行ったときに不動産屋さんのチラシを見て「あれ、むしろこっちに来た方が安いし広いんじゃない?」と言うので、実際に越してきたら本当に住みやすくて、それ以来ずっと長居している感じですね。

──小林さんにとって、府中はどんな町ですか。

小林 そうですね、最初は競馬場をきっかけに来たということもあって、のんびりした、あまり目立ったものはないイメージだったんですけど、この町がもつ歴史の古さはすごく面白いなと思っていて。大國魂神社のまわりも発掘調査をするたびに何かしら出土するし、くらやみ祭とかもありますよね。それから高倉塚古墳って行ったことありますか? 住宅街のなかに古墳がいきなりあるんですけど、「これだけボコッとあったらそりゃ残すよな」と思わせるぐらいの地形の盛り上がりで、その感じが結構シュールで……(笑)。

そんな府中にも長く住んでいるうちに、いろいろなご縁が生まれてきました。マルジナリア書店にドーナツを提供してくださっている「HUGSY DONUTS(ハグジードーナツ)」さんも、聖蹟桜ヶ丘にあるお店を元から知っていて、「もしかしてあそこだったら」とお声がけして仕入れさせていただくことになりました。

それから地元の方もすごく温かく迎えてくださって。この分倍河原駅前の商店街を抜けたところにある「味処 佐とう」という美味しい海鮮のお店の方もそうですね。本屋をここでやると決まるまでお店に伺ったことはなかったんですが、あるときお昼に海鮮丼を食べに行ったらカウンター越しにご主人が話しかけてくれて。

「本屋を開くんですよ」と話したら、「それならチラシとか持って来なさいよ」と言ってくださって、それからずっとお世話になっています。「佐とうでチラシを見たんだけど」という方がここにもたくさん来てくださって、「さすが地元の美味しいお店は違うな!」と。いろいろな方が応援してくださっていて、すごくありがたいですね。

──経営的な部分では、何か意識されていることはありますか。

小林 地元の方が硬めの本も買って行ってくれたりするとはいえ、お店にサッと入ってサッと出て行かれる方もおられるんですね。その「ほしいものがないな」という部分は今後埋めていかないといけないと思うんですが、うちは取次を使っていないので、週刊誌などは置くことができない。

そういった事情もあるので、ドーナツや雑貨を店頭で取り扱っていくことにも意味があるかなと思っているんです。実際にドーナツだけ買いに来られるお客さんも多いんですね(笑)。それでも全然よくて、そのついでにいつか本も見てくれたらいいな、と。地域の人がいかに本屋と接点を持つかということを丁寧にやっていった方がいいのかなと思います。「本好きのための本屋にしたい」というよりは、「本好きじゃない人をいかに本屋に引き込んでいくか」ということを考えたい。もちろん本好きの人も大歓迎です。

──府中以外の土地でお店をやっていくという可能性はあったのでしょうか。

小林 物件とのめぐり合わせもあるし、オペレーションの点でも府中がよかったですね。本屋title(荻窪)の辻山良雄さんもご著書のなかで「独立した人はお店と家が近くないと何かあったときに不便」といったことを書かれていて、それはお店を始める前から私も納得していた部分でした。特に私は編集の仕事をしながらということもあるので、眠くても自転車を飛ばして数分でお店に来られるのは大きな利点です。

──このビルの前にある掲示板についてもお伺いしたいです。あそこの内容は、いつも小林さんが考えられているんでしょうか。貼り出される内容も時期によって次々と変わっていきますが、扱っている本やドーナツ、イベントの宣伝とともに、災害発生時の避難場所とか、生活保護の申請方法とか、そういった情報もバイリンガルで貼られていたりしたのが印象深くて。

マルジナリア書店のビル前にある掲示板

小林 そうですね。あそこはもともと前に入っていた不動産屋さんが物件情報を貼り出されていたスペースで。今はもちろんお店の宣伝として使っていいスペースでもあるんですけど、でもこの駅前の一等地の看板でもあるので、もう少し、見る人全般に役に立つ情報があった方がいいなと考えていて。

例えば掲示板のすぐ前に海外出身の方のケバブ屋さんがありますし、この本屋と同じビルにはフィリピンパブも入っています。この地域にはそういった海外出身者の方も多いのに、英語版の避難場所の案内なんて、普段あまり目にすることがないですよね。そういうものはちゃんと英語と日本語両方で掲示しておきたいな、とか──どれだけの人があの掲示板を通りすがりに見てくださっているかはわからないですけど、今後も折に触れて、そういう社会的な情報も発信していきたい、有効活用していきたいなとは思っています。

──プレオープンをされていた頃、町に溶け込んでいた掲示板にそういった情報が貼ってあることに気づいたとき、びっくりしたのを覚えています。でもお店の掲示板って、別にそうやって宣伝以外にも使ってもいいんだよな、と。

小林 意外と皆さん、あの掲示板を見てらっしゃるんですよね。HUGSY DONUTSのポスターを最初に貼ったときにも「ドーナツが買えるのはいつですか」みたいなお問い合わせがすごく増えました。そこに貼っているだけなのに、「わ、みんな見てるんだ」とハッとします(笑)。

「読める可能性のある」人にリーチするための編集

──書店を始められてから、出版社であるよはく舎のお仕事への取り組み方はどう変わりましたか。

小林 (レジカウンターを指差しながら)まさにここで、“接客の合間に仕事をする”という感じの働き方になったので、時間の使い方が変わりました。それに、意識としても目の前にお客さんがいらっしゃる状態なので「このお客さんに届いたらいいな」と、本を作る上でのイメージがより明確になった気がします。

──お客さんとのコミュニケーションのなかで、出版社としてヒントをもらうようなこともありますか。

小林 本の内容そのものではないんですけど、例えば、ふりがなはもっと増やしていいな、ということはここで考えたことです。「小林えみ」という表記は多くの方が読めると思うんですけど、それでも「こばやしえみ」って書いてあったら、漢字を習っていない小学生も、まだ漢字が苦手な海外出身者の方も読めるようになるかもしれない。大人向けの本を一生懸命読もうとする子どももいますしね。そういった些細なことで、その本を読める人の数や可能性が広がるというのは、ここで営業していて改めて意識したことですね。

──小林さんご自身は、これまで編集者として人文・思想系の本をたくさん作られてきている印象です。

小林 そうですね。ただ、自分は元から人文・思想系の本の読者というわけではなかったので、仕事のご縁があってでそういった本を多く作ってきているという面はあります。

一方で『AHIRU LIFE.』(SANAE FUJITA著、よはく舎、2021)といった絵本も作ったり、そこまでジャンルにこだわっているわけではないですね。ジャンルが違えば、販売の仕方や著者の売り出し方も全然違ってくるので、無茶に何でもやろうということではないんですけど、自分の興味関心があって、その本のお世話をちゃんとできそうだったら何でもやってみたいかな、という感覚です。

そこだけじゃない、でもそこ

──SNSで使われているハッシュタグ「#マルジナリア書店のなかまたち」などからも、周囲の人やお店と、できる範囲で助け合ったり連帯していこう、という姿勢が伝わってきます。そういった取り組みのなかで特に意識されていることはありますか。

小林 この書店や、今後のよはく舎の活動も含めてなんですけど、「若い女性の活躍の場所がもっとあったほうがいいな」とは常々思っているんです。店長クラスの仕事や、全国的な大きい企画などは、若い女性でもまったく問題なく担えるはずなのに、何だかんだ理由をつけてやらせてもらっていないことが多いよな、と思っていて。

女性が、「できない」という前に「やらせてもらっていない」。今日この後開催されるトークイベントもゲストがお二人とも女性ですし、そのあたりは割と意識的です。それは、よはく舎の本の著者にも女性が増えてきていることにも通じていますね。

将来的にも、例えばマルジナリア書店を独立していったスタッフの方が少し離れたところにお店を作ったとしますよね。一人でお店をずっと続けていくのは大変なので、そこをゆるくネットワークできる独立した本屋や雑貨屋の集まりが作れるといいなと、最近はなんとなく考えています。

そうやって独立した女性を増やしていくという。急に病気になったときに代わりに店に立ってくれるスタッフがいない状況だって考えられますし、特に女性の場合、住居がお店の近くだったりすると、変な人がいたときに振り払うのも大変だったりするだろうし。そういったゆるい連帯──“シスターフッド”と呼んだりしますが、そういうことをやっていけるといいなと思っています。私はここが拠点ですが、他の拠点とゆるくつながっていくことが、今後ローカライズを考えていくときにむしろ大事なんじゃないかなと。「そこだけ」になっちゃうと多分つらいこともあるので、「そこだけじゃない、でもそこ」というのがそれぞれのお店にあるといいのかなって。

うちは府中のロシア料理店の「ペーチカ」さんからもピロシキを仕入れていますが、今後、うちのカフェが混んだときなんかは、ペーチカさんからバイトの方に手伝っていただいたりするかもしれません。書店同士/同業者同士の方が普通はつながりやすいでしょうけど、たとえ業種が違っても、同じ地元で仕事をしている人同士でのネットワークができてきたら、そのなかで連帯し合うこともできるようになるといいんじゃないかなと思います。

大企業に依存するようなブラックな働き方の限界にはみんなもう気づいているので、そこから脱していくために、どういう働き方がそれぞれにあって、それでも一人になったときに「自己責任」と言われるような状況に陥らないようにするにはどうするか、ということを考えていかなければと思います。

──今後、このお店でやっていきたいことはありますか。

小林 本屋の営業をするかたわらで、お店にぎっしり人も入れて──という、titleさんやB&Bさんのような、当初イメージしていた形式の刊行記念イベントは、おそらく今後もずっと開催できないと思うんですね。一方でオンライン開催だと、ご招待の方も入れて100人埋まることもあります。

その視聴者は都内の方だけじゃないというところがオンラインの良さでもありつつ、一方で会場にいたら登壇者に直接質問ができたりという利点もある。そういった人の距離感と、「なぜそれをここでやるのか」というところを、今後はもっと深く考えていけるといいのかなと思ってます。

先週、島根県・津和野町に関するイベントをやっていたんですね。店頭ではずっと津和野の本を推しているので、看板を見たみなさんに「なんで津和野なの?」と聞かれては「いや、たまたまこの本(山岡浩二『明治の津和野人たち』堀之内出版、2018)を私が作っただけなんですけど」と答えるんです。

だけどそういうやりとりがきっかけで、後になってから「津和野ってこんなに遠いんだ」と知ってもらえたりして。津和野の人からしたって、「分倍河原」って聞いたことがない地名だと思うんですよね。まず読めない(笑)。「それ東京なの?」みたいな。そういう、みんなのそれぞれの拠点の、点と点をつないでいく楽しさがあるなと日々感じています。

──ありがとうございました。

PROFILE
小林えみ / Emi Kobayashi

編集者。1978年生まれ。よはく舎代表、マルジナリア書店オーナー。編集担当最新作は『YOUTHQUAKE』2021年10月、『AHIRU LIFE.』9月、『緊縮ノスタルジア』4月、『ラグジュアリーコミュニズム』1月、『新たな極右主義の諸側面』2020年12月、『NO YOUTH NO JAPAN vol.1』9月。
INFORMATION
マルジナリア書店

所在地:東京都府中市片町2-21-9 ハートワンプラザ3階
営業時間:11:00〜21:00
定休日:なし
ウェブサイト:https://yorunoyohaku.com/
Instagram:https://www.instagram.com/marginaliabs/
Twitter:https://twitter.com/marginaliaBS
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