CIRCULATION CLUB

「創造性の研究機関」で探求する循環型の社会。UoCディレクター・近藤ヒデノリが語る「未来の社会のプロトタイプ」とは?【前編】

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誰かの「いらなくなったモノ」を回収し、「いらない世界を変える」───そんな「循環型物流」の道を切り開いてきた株式会社エコランドと、株式会社まちづクリエイティブが新たに立ち上げるプロジェクト「CIRCULATION CLUB」。

このプロジェクトでは、SDGsのうち11番目「住み続けられるまちづくりを」と12番目「つくる責任つかう責任」にフォーカス。それぞれの視点から意欲的な試みを行っているプレイヤーの方たちへ、リサーチ型のインタビュー連載を実施。

今回は、株式会社博報堂による未来創造の技術としてのクリエイティビティを研究し、開発し、社会実験していく研究機関「UNIVERSITY of CREATIVITY」(以下:UoC)サステナビリティフィールドディレクターである近藤ヒデノリさんが登場。

アメリカ留学でエシカルな意識に目覚めたという近藤さんに、近年のビジネスシーンにおけるSDGsの意義からUoCの具体的な取り組みまで、社内のワンフロアに設けられたスペースにて話をうかがった。

Text:Haruya Nakajima
Photo:Yutaro Yamaguchi
Interview :Shun Takeda
Edit:Chika Goto

若きCMクリエイターがエシカル意識に目覚めるまで

──UoCでサスティナブルな領域のディレクターを務める近藤さんですが、以前からそうした領域への関心は強かったのでしょうか?

入社してすぐの頃はほとんど関心がなかったですね。20代後半に一度休職して、写真と現代美術を学ぶためニューヨークの大学院へ留学しました。その時に出会ったクラスメートやアーティストたちが、みんなエシカルな意識を強く持っていたんです。

例えば、あるブランドのCMを僕が無邪気にカッコいいと言ったら、「あの企業は児童労働をさせてるのよ」とか「あの会社は環境破壊してるよね」とクラスメイトから聞かされて。そういう環境で目が覚めた部分はありますね。

近藤ヒデノリさん

──アートスクールへの留学を決めたターニングポイントは何だったのでしょう?

入社1年目は大阪勤務だったんですが、異動してすぐ阪神淡路大震災が起こりました。CMプラナーの修行中だった僕は、周りで多くの人が亡くなっている状況を目の当たりにして、「自分は社会に対して何ができるんだろう?」と考え始めます。

当時のCM業界にはまだバブルの名残りがあった一方で、自分のすぐ側には亡くなった人や家のない人たちがいる。「広告って世の中を幸せにしないかもしれない」と悶々としながら、とりあえず3年間はCMプラナーの仕事を必死でやって。そこから東京本社に戻って1年間はCMを大量につくりました。その後、自分にできるクリエイションをじっくり見つめようと思い立ち、休職してニューヨークへ行くことを決めたんです。

──当時の近藤青年には、クリエイティブな仕事と阪神淡路大震災の間で引き裂かれるような思いがあったんですね。3年間の留学を経て東京に戻ってから、仕事の仕方や携わる領域に変化はありましたか?

当時はまだ、自分の中でエシカルやサステナブルなどに対する意識が明確にあったわけではありませんでした。その頃の僕はどちらかと言えば社会志向よりアート志向で、「今までにないコンセプチュアルな作品をつくるんだ!」という気持ちが大きかった。日本に戻ってきたのは「広告や雑誌をつくっている仲間もいるし、より活動しやすいだろう」と思ったからですね。

──なるほど。その意識が変わった潮目のようなものはありますか?

明確な潮目というよりも、いくつかの経験を通して少しずつ変化していきましたね。まず2001年に起きた9.11によって、グローバル資本主義がどこかにしわ寄せをもたらしている事実に気づかされます。2000年から越後妻有で始まった「大地の芸術祭」を訪れて、都市の外側にある地域の自然や暮らしのあり方を目の当たりにしたことも大きい。

また、2005年から「とにかくおもしろそうな人に会いに行って話を聞く」というインタビュープロジェクトを始めます。そこでアーティストや映画監督、DJ、環境活動家、カフェのプロデューサーなど、ジャンルを越える新しい価値を生み出している様々な表現者にインタビューを実施しました。「東京発、未来を面白くする100人」というテーマでしたが、その頃には、単純に良い、面白いというより、「ソーシャルグッドな面白さ」というイメージを持ち始めていましたね。

そうしたことを通じて、だんだんと環境に意識が向いていったんです。20代後半から30代前半にモヤモヤしながら試行錯誤していたことが、やっぱり現在の活動のベースになっています。

環境意識の高まりから生まれる新しいビジネス

──00年代は近藤さんにとって大事な時期だったんですね。その間に企業社会の中でも「これまでの商品の企画や売り方を変えていかないと」といったムードは生まれていったと感じますか?

そうですね、環境負荷を考慮した商品が社会に広がりはじめた頃ですね。コーズマーケティング(特定の商品・サービスの購入が寄付などを通じて環境保護や社会貢献に結びつくことを消費者に訴求すること)が謳われ始め、リサイクルされたペットボトルやハイブリッド車などが普及していきます。僕も当時、環境にやさしい最軽量ボトルを使用した「いろはす」の商品開発やCMを制作したりしました。

──10年代には「SDGs」というフレーズが登場し、社会におけるエコロジーの影響力がより高まりますよね。

「SDGs」という言葉が広まったのは本当にここ最近。若い人たちの環境に対するリテラシーはますます上がってきているし、長い目で見れば状況は変わっていくと思います。

ただ、気候危機や生物多様性を脅かす問題は待ったなしの今、みんながSDGsを深く理解しているかと問われると、怪しい。だからこそ、外圧や強制性であっても使えるものは使った方がいいと思っています。日本は同調圧力が強く、マイノリティの意見が削がれやすい社会なので、欧米由来のSDGsという「世界共通ツール」を通じて強制的にエコロジーの回路が開かれることは、一つのきっかけとしていいのではと思っています。

じゃあ具体的にどうしていくかと言えば、課題に応じて無限にやり方はあると思います。

たとえば僕がフォーカスしている気候危機対策なら、そこに乗った方が得する仕組みがあればいい。それは行政サイドのルールメイキングだったり、CO2の見える化やポイント、アプリかもしれない。あるいはエシカルなショップやプロダクトでもいい。SDGsをよく知らなくても「こっちの方がいい」と自然に選びたくなるものをどれだけつくれるか。その意味で、行政と組んでSDGsに則ったレギュレーションを広げるのは、社会システムを変える上で影響が大きいと考えています。

あとは、個別の事業者がつくる環境に配慮した素敵なプロダクトにどんどん光が当たっていくといいなと思います。例えばオランダでは、サステナブルなビジネスはやらなきゃいけないからではなく、儲かるからやっているそうです。日本も今後、確実にそうなっていくと思います。

企業の中でも、「SDGsに取り組んでいます」とマークを貼っているだけのような段階から、20年代に入って、続々と具体的な事業として世に出てきている。今後はそこから成功するケースがどんどん出てくるはずです。そしたらそれを真似する人が増え、サステナブルなビジネスやカルチャーが広がっていくことを期待してます。逆に言えば、そうじゃない企業は置いてきぼりを食らっていく。これからはSDGsはビジネスにおいて必須になると思います。

例えば昨年のグッドデザイン賞のシステム・サービス・ビジネスモデルの部門で審査委員をやらせていただいたんですが、環境系のスタートアップがベスト3を独占しました。環境問題に対して日本ではスタートアップが先行している状況だと思いますが、多くの企業が続々と本気で取り組んでいます。

グリーンウォッシュ(環境配慮をしているように装うこと)でなければ、そうした企業の取り組みが増えるのは歓迎すべきだし、今後そうした動きが加速度的に広がっていくことを期待しつつ応援していきたいです。

「創造性の研究機関」で探求する循環型の社会

──そうした流れの中、2020年9月にUoCが立ち上がりますよね。まず、UoCはどのような経緯でスタートしたのでしょう?

東京・赤坂の博報堂オフィス内のワンフロアに設けられた「UNIVERSITY of CREATIVITY」

僕は初期構想の段階から関わっていたわけではないですが、社内で「越領域の創造性の研究機関をつくろう」という動きが始まったところで誘われました。UoCは「We are ALL born Creative. すべてのニンゲンは生まれながらにして創造的である」をフィロソフィーに創造性を「世界制作の方法」として、テクノロジーやサステナビリティ、経済、食など、様々な領域における教育・研究・社会創造を進めています。

僕はその中で「サステナビリティ・ソーシャルデザイン領域をやってほしい」と主宰の市耒 健太郎に声をかけられ、その思想と可能性に「おもしろそう!!!」とすごくワクワクしたのを憶えてます。

──UoCの中で近藤さんが携わってきた活動にはどのようなものがありますか?

まだいろいろ実験している最中ですが、去年6月の立ち上げ時はコロナでこのスペースが使えなかったこともあり、ウェビナーセッションから始めました。「SDGs時代、人新世の創造性とは?」「この星で人類が豊かに生き残っていく創造性とは?」といった大きなテーマからスタートしました。

その後、文化人類学者の竹村真一さんを招いて、地球の現状を知るための“地球講義”をディープに4時間もやってもらいました。そうして前提を押さえてから、いろんなジャンルのゲストを呼んで「妄想『TOKYO2030』」と題し、東京の未来をみんなで妄想・ビジョニングするセッションを何度か開催します。シェアリングエコノミーの専門家からヨーロッパの状況を聞いたり、建築家や経済学者、テクノロジーやアーバンファーミングの分野で活動を展開されている方を呼んだりしました。

また、秋からはこのスペースで月1回の「Sustainable Creativity」探求篇と週1回の実践篇、それぞれ20人くらいのゼミを開始しました。探求篇では、千葉の里山での合宿や、日本の伝統工芸、茶道、エシカルファッション、食とアート、座禅など、多様なジャンルの方を呼んで丸一日、講義と体験、対話を通してこれからの創造性の視座や概念化を高めるコース。

年末から始めた週一の「実践編」は、気候危機や地球温暖化を解決する方法について様々なゲストも交えてインプットをして、小さくても大きな変化を起こすプロジェクトを立ち上げようという主旨。そこから「Tokyo Urban Farming」というプロジェクトや、廃材を創造性を再価値化する「Circular Creativity Lab」や端材を使ったテキスタイルブランド、また環境負荷の高い肉食を減らすための「世界を変える一週間のフルコース」といったプロジェクトが生まれ、動き始めています。

──なるほど。前期はトークセッション主体で各ジャンルの未来のビジョンを見聞きしながら、中期では探求型や実践型のプログラムを走らせていったんですね。それらをディレクションする際に近藤さんが心掛けていることは何かありますか?

僕はずっとクリエイティブディレクターをやってきたので、完全に裏方のファシリテーターに徹するのもちょっと違うな、と近年学んできたパーマカルチャーデザインをベースに、UoCという場をいかに豊かな創造性の土壌・生態系にできるか、そこに集まる多様な資源をつなぎながらクリエイティブディレクションを行う方法を模索してきました。

プロジェクトをつくっていく時も、多様なゲストと気楽に話せる雰囲気をつくりながら多様なインプットや種をばら撒く。そして、いくつかプロジェクトが動きだしたら並走し、クリエイションをサポートしていく。あとはやはり「正しさ」だけでなく、クリエイテビティによる「楽しさ」や「わくわく」を大事にしています。

──ファシリテーションとクリエイティブ双方のエッセンスを注入して全体をディレクションしていくんですね。ここまでやってきたプロジェクトで特に印象深いものは何でしょう?

やはり「Tokyo Urban Farming」ですかね。「Tokyoを食べられる森にしよう」を合言葉に、さまざまな企業や団体が都市の遊休地を創造性のためのコモンズとして畑にしたり、苗を提供したり、ツール開発、情報発信を通じて、アーバンファーミングという都市のリジェネレイティブ(再生型)ライフスタイルをみんなでデザインしていくプロジェクトです。

そうやって食生活が少しでも循環型になれば個人もヘルシーに幸せになるし、周囲に波及していけば、コミュニティも、社会もヘルシーに再生していく。これとは別にいま、廃材を創造性で活用する「Circular Creativity Lab」や産官学での脱炭素プロジェクトも進めていますが、そうした循環型経済や社会に関心をもつための入口になるかなと思っています。

──興味深いです。空き地を駐車場などにしてしまうのではなく、一種の「コモンズ」としてみんなでシェアしながら農作物をつくっていこうということですよね。

その通りです。UoCはヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」を掲げていますが、言ってみれば「コモンズ」の開発をしている研究機関かもしれません。現状の都市には創造性を注ぎ込めるような空き地が足りないので、そうした「コモンズ」をどんどん増やしていきたい。

ちなみに「Tokyo Urban Farming」には、いくつかの大企業に加えてNPOやスタートアップ、個人で草の根的に活動しているアーティストやアクティビストも参加しています。このように組織の大小に関係なくつなぎ合わせることができるのが、UoCの強みの一つ。そこから大きな変化を生み出す方法を模索している最中ですね。

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