あらゆる「商品」が合理的につくられ、対価さえ支払うことができれば、ほぼなんでも手に入れることのできる現代。選択の自由がこれほどまで高まっている時代だからこそなのか、その自由を逆手にとり、これまでにない売り方や作り方を目指す異端者たちがいる。連載シリーズ・FROM YOUthでは、そんな新たな売り方・作り方を志向する20代~30代の「店主」たちの試みをエッジなユースカルチャーと位置づけ、インタビューを通じ、時代を生き抜くヒントを探す。
vol.8に登場するのは、埼玉県川口市にて銭湯「喜楽湯」を切り盛りする中橋悠祐さんと湊研雄さん。ウェブメディア「東京銭湯 – TOKYO SENTO – 」などを手がける株式会社東京銭湯に所属し、喜楽湯を運営するお二人。1950年代に始まった老舗銭湯を若者が引き継いだ経緯から、銭湯経営の苦楽、今後の目標まで、話を聞いた。
Text:Michi Sugawara
Photo:Yutaro Yamaguchi
Edit:Shun Takeda
子どもや若い世代の利用が増え「町が明るくなってうれしい」
Q1.喜楽湯の運営を始めた経緯は?
中橋 悠祐(以下、中橋) 3年くらい前に、「東京銭湯 – TOKYO SENTO -」っていう、都内の銭湯を取材して紹介するWebメディアを、株式会社東京銭湯・現代表の日野祥太郎と一緒に始めました。東京銭湯では、銭湯の現場運営もやっています。荒川の「梅の湯」っていう銭湯のオーナーに「現場運営もやってみないか?」って声をかけてもらって。「梅の湯」のオーナーが一時期「喜楽湯」の運営をしていたこともあって、2016年の4月から僕たちが「喜楽湯」の運営を引き継ぎました。
湊 研雄(以下、湊) 造りはその時のままで、脱衣場にある本とか机とか、フロントにあるTシャツとかは僕らがオリジナルで付け加えていきましたね。
Q2.もともと喜楽湯や川口市に縁があったわけではない?
中橋&湊 まったくないです。
Q3.喜楽湯にはどんなお客さんが来る?
湊 2年前に僕らが始めた時は高齢の男性の方がほとんどで、若い世代や女性客は本当に見なかったですね。でも、今は僕らと同じ世代の人が普通に来て、仲良くなって……ってことがよくあります。
中橋 最初は1日に若い人が1〜2人来たら、よく来たほうだった。
湊 仕事中は番頭と窯場を交代で分担してるんですけど、若い人が来たら内線で中橋に電話してましたね。「今、若い人が来たから絶対逃さないぞ」って(笑)。めちゃくちゃ接客して、ちょっとずつ若い人を増やしていった感じです。みんな、若い人が来て賑やかになったって喜んでくれてます。
中橋 もともと店の前がバス通りで、昔はけっこう栄えてた商店街だったらしいんですよ。お店だらけで、銭湯ももっといっぱいあったみたいで。鋳物工場がたくさんあったから、そこで働いていた人たちが銭湯にも来てたんでしょうね。
その時代を知っている人は、「今はすごい寂れちゃって淋しい」って言ってて。でも、僕たちが来てから、喜楽湯で子どもが遊びに来てくれるようなイベントとかを色々やって、「子どもたちの楽しそうにしてる声が聞こえてきて、すごく明るくなってうれしい」と言ってもらえたりもしました。
Q4.1日のスケジュールは?
湊 平日は12時に始業して、釜に火をつけて脱衣所の掃除とかをやって、そこからご飯食べて、15時に開店します。そこから中橋と2時間交代で、フロント周りの表と窯場周りの裏の作業を担当します。23時にはお店を閉めて、そこからお風呂掃除を始めて0時ちょっと過ぎくらいに仕事を終えます。
土日は朝も営業していますが、その時は「将来、銭湯を経営したい」っていうバイトの子にほぼ任せちゃってますね。その子が来れない時は、僕らが無理して朝起きて開けてます(笑)。6時に釜を炊きはじめて、掃除を全部終わらせて8時に開店。12時までお店を開けて、そこからは平日と同じスケジュールになります。
誰かと誰かをつなげてあげる場を作りたい
Q5.銭湯を運営する上で楽しいところは?
中橋 お客さんが増えていく時です。
湊 ボランティアで掃除してくれる人だったり、仲間が増える瞬間は楽しいですよね。
話してる内に仲良くなって、僕らが掃除してると「風呂掃除、手伝いますよ」みたいな感じで言われるんですよ。僕らも「マジで〜?」って言ってお願いして(笑)。当時は学生だったけど、今は社会人になってなかなか来れない子もいるけど、急に現れたりすると、喜楽湯が帰ってくる場所じゃないけど、そういう感じになってくれてるんだって、うれしく思います。
中橋 俺らの居住スペースに寝泊まりして、そのまま学校行ってるやつもおったよな(笑)。映画監督を目指してて、今は学校を辞めて制作会社で働いてるんですけど。
Q6.ほかにも、銭湯運営で出会った印象深い人は?
湊 全員思い出、とも言えるんですけど……。最初にボランティアに来てくれてた学生が2人いて、その子らのことは“一期生”って呼んでます(笑)。今はもう五期生まで来てますね。去年の3月、すぐ近くに学生向けのマンションが出来て、そこの新一年生がうちにバイトだったり、遊びに来たりしてます。今は5人くらいいるかな?
俺も味わってるんですけど、地方から出てきて家に帰ってきたら一人、って寂しいじゃないですか。寂しがり屋の子は毎日来てますよ。風呂には入らないけど、毎日喋りに来てる。あと、家に帰ったら誰もいなかったから、家の鍵を持ってうちに来て溜まってる中学生とかもいました。
Q7.お風呂に入らずに遊びに来る場合、お金は取らない?
湊 取らないです。だけど、アピールはしますよ。「なんか飲まないの?」って、販売してる飲み物を勧めたり(笑)。
Q8.番頭として表に立つ間は、お客さんと話す時間も多い?
湊 めちゃくちゃ喋りますね。昨日もやらなきゃいけないパソコン作業があったんですけど、ずっと接客してたから何も出来なかった(苦笑)。
昨日喋ったのはバンドTシャツを着た女性のお客さんで、「Tシャツ、めっちゃかっこ良いっすね」って話しかけて。古着だったらしいんですけど、うちに来るお客さんで古着屋やってる人がいて、その人が商品の古着をうちに勝手に置いていくんですよ(笑)。それで、その古着屋さんの話をしてたら、ちょうど本人が現れて、「今、話をしてたんですよ〜」って仲良くなって。最終的に、女の人はうちに置いてあった古着を買ってきました(笑)。
そうやって、フロントで喋りながら、お客さん同士をつなげていく感じなんですよ。それって、銭湯をやる上ですごい重要なポイント。誰かをつなげてあげたり、そういう場を作るっていうか。そういう意味で、俺は接客が好きですね。
Q9.銭湯を運営する上で難しいと思ったところは?
湊 これは僕らのやり方が良くなくて、しょうがない部分でもあるんですけど、女湯に入れないんですよ。
多分、どこの銭湯でもあるんですけど、そうすると古参の常連客が独自のルールで幅を利かせちゃったりする。お客さん同士で、「この席は誰々さんの席だから、違う人が座っちゃダメ」っていうローカルルールを設けたり。そういう人には「言うこと聞けないんだったら、ほかの店に行ってもらうしかないですよ」って注意するしかないです。それでも直してもらえない場合は、出禁にするしかない。頑張って銭湯をやってる先輩方の話を聞いても、「そういうお客さんはどんどん切ったほうが良い」って言います。
ただ、女湯のほうはどうしても僕らが入れないんで、まだまだ難しいところがある。
中橋 あと、銭湯好きの人は、ちょっと汚れてたりサービスが悪くてもそれを“趣”って捉えたりしますよね。でも、自分たちで経営するとなると、やっぱり衛生面やサービス面で気になることは多いです。
だから、僕らはまず、一番最初に接客の部分を改善しました。銭湯って、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」っていう挨拶をちゃんとしないところも多い。だから、僕は絶対に挨拶はちゃんとやろうって決めてました。「小学生か!」って思われるかもしれないんですけどね(苦笑)。
清潔感やキレイさも感じられるようにしてます。女性に来てほしいと思ったら、やっぱりちょっとオシャレな感じにするのが一番良い、っていうのは間違いないので。
そうやって、商売をする上で「お客さんがどう思うか」っていう視点は常に持っておかないとダメだと思います。
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