原宿・竹下通りの「船場マンション」がアップデートする不動産とアートの融合

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言わずと知れた原宿・竹下通り。その竹下通りを入ってすぐ右手のクレープ屋を曲がったところにあるのが「船場マンション」だ。現在すでに取り壊しの始まっているその建物は、2019年から2021年まで、アーティストやクリエイターのための制作・発表スペースとして活用されていた。そこで今回、船場マンションの活用プロジェクトの軌跡を振り返るべく、サンフロンティア不動産株式会社の猪俣俊輔さんと、株式会社ANCR(アンクル)代表取締役の福島颯人さんに話を伺った。

Interview & Text: Haruya Nakajima
Photo: Yutaro Yamaguchi
Edit: Chika Goto

遊休不動産を活用した「使われなくなった場所」と「使いたい人」のマッチング

──私も半年ほどアトリエとして利用させていただいた、原宿の竹下通りにある船場マンションのプロジェクトについてお話をうかがっていきたいと思います。まず、サンフロンティアさんはふだんどのような事業をされているんですか?

猪俣:当社は東京都心の中小型オフィスビルの再生と活用を中核にビルの仕入れから企画・開発、テナント入居そして販売とその後のサポートに至るまで一貫した不動産サービスをご提供しています。都心5区と呼ばれる新宿区・渋谷区・港区・中央区・千代田区のオフィスエリアを中心に、これまで約440棟の不動産再生を手掛けてまいりました。当社の不動産再生事業は「リプランニング」という商標で展開しており、20年以上にわたり蓄積したノウハウで社会から求められる高付加価値の不動産に再生しご提供しています。また、販売させていただいた後も当社で管理させていただき、オーナー様に寄り添い、資産価値の維持向上とテナント企業様のサポートをさせていただいています。

猪俣俊輔さん(サンフロンティア不動産株式会社)

──船場マンションのような「遊休不動産」(使われていない不動産)を扱うことは多いのでしょうか?

猪俣:オフィスビルがメインなので、今回のようなマンション再生事業は私たちの会社にとって珍しいケースですね。

船場マンションの外観

──そうだったんですね! 船場マンションがアートと交わるようになったきっかけは何だったのでしょう?

猪俣:再建が決まった物件は、基本的に入居者さんがすべて退去されてから取り壊されます。ただ、いっせいに退去されるわけではないため退去時期が各部屋でバラバラなので、まだ取り壊せないけど空いている部屋というのが出てくるんですね。船場マンションも2部屋空いたので、原宿という場所柄を活かし、スタートアップ企業さんと何かできないかと考えたのがきっかけです。最初は「アートありき」というわけではありませんでした。

──そうすると船場マンションにアートが関わるようになったのは、やはりアンクルさんの存在が大きかったんですね。アンクルはどうやって立ち上がった会社なのでしょうか?

福島:武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科2年生のときに、学内の仲間たちとフリーランス集団としてチームを組んで、2018年に大学3年生で法人化しました。もともと制作活動をアウトプットするための環境を大学の外部につくっていたのですが、そのなかで法人格を持っていないと取引先とやりとりできないなどの制約が出てきたので、結果的に法人化したという流れですね。

福島颯人さん(株式会社ANCR 代表取締役)

──武蔵美の在学中に起業するというスピード感がすごいですよね。そんなアンクルさんが船場マンションに関わるようになったのは、どういった経緯で?

福島:もともとは株式会社Pictors & Companyというスタートアップ企業さんがここに入居されていて、その代表者の方と当時の弊社に携わっていただいていた方との間に関係性があったので、他のフロアが空いた際の活用プランを提案させていただいたことがきっかけです。企画したのはアーティストやクリエイターのスタジオとして、制作から発表までを一貫してできる環境づくり。それをサンフロンティアさんに快く承認いただいて、プロジェクトとしてスタートしたのが2019年6月でした。

──なぜアーティストやクリエイターの制作・発表スペースをつくろうと考えたのでしょう?

福島:僕が美大に在学していたとき周りを見ると、作品の制作・発表をできる環境が少ないのではないかという問題意識がありました。首都圏の美大は僻地にあることが多いので、賃料なども含め都心で発表することのハードルが高い。一方で使われなくなった遊休不動産があるのに、都心のスペースを使いたいけど使えない人がいる状況は、単純にもったいないなと。そこでサンフロンティアさんと共同プロジェクトを立ち上げれば、使いたい人が活用することができるし、使われなくなった場所のプロモーションにもなるのではないかと考えたんです。

──まさにwin-winじゃないか、と。そうやって始まったプロジェクトをサンフロンティアさんはどのように見ていましたか?

猪俣:もちろんアートの素晴らしさも感じましたが、若い方々と触れ合うなかで一番驚いたのは、その発信力ですね。発信して共感を呼び人を集める力というものは、私たちがあまり向き合ってこなかったもの。やはり不動産業者も、そういった発想を取り入れていかなければならないなと学びになりました。

賃料モデルではなく「アートの力」によって価値を還元する

──船場マンションに通うなかで原宿のエネルギーを再認識したんですが、竹下通りという立地はこのプロジェクトにどんな影響を与えましたか?

福島:原宿の文化は若い人たちがつくり上げてきたものなので、10代、20代の影響力が強いまちだと思っています。そういった原宿のポップカルチャーとアートのカルチャーが混ざることでどのような文脈が生まれるのか、僕が実験してみたかった部分もあって。ふたを開けてみたら、竹下通りを一本入ったところにあるアートビルということでかなり注目していただきました。

竹下通りから脇に入ること数秒、1階のガレージにはアーティストのKIMU KIMUによる壁画が見えてくる

──入居していたアーティストたちによる展示やイベントは、どのようなものが開催されたのですか?

福島:例えばWAKUさんという新進気鋭のネオン・アーティストは、船場マンションで初個展を開催しました。彼はその後、新宿伊勢丹のシンボルマークのネオンサインを手掛けたり、サンフランシスコのユニクロのサインを製作したりと大活躍しています。またアーティストたちが船場マンションでライブペイントしている様子が、コカ・コーラ社のリアルゴールドのCMに使われました。その壁画はまだ上の階に残っていますよ。

2019年に船場マンションの一室で開催された、ネオン・アーティストWAKUによる展示風景

──当初、描いた壁画を建物と共に取り壊すイベントなどのプランもあったようですね。

猪俣:それは時期がズレて実現しなかったんです。はじめは2019年10月に取り壊しの予定だったんですが、結果的に2年あまり伸びてしまって。コロナとオリンピックの影響が大きかったですね。オリンピックで解体業者さんの人手が足りないというなかでコロナ禍になってしまった。その両方がようやく落ち着いたのがいまのタイミングです。

2022年1月、ビルの解体を控えるなか描かれた壁画。左から、ニワノカヨ、Thikity friends、pozeによるもの[Photo:Teppei Yamashita]

──なるほど、やはり五輪とコロナの影響は大きかったんですね。

猪俣:当初のプログラムが終了してからは、解体を待つのみという段階になりました。ただ、いま申し上げましたように解体が伸びたので、退去時期は未定でも使いたいアーティストがいるのならお貸ししたいな、と。

福島:そこで僕が2021年初頭から、自分たちの制作拠点を探している若い人に船場マンションを紹介させていただきました。いま取材を受けている部屋を利用していたのも、昨年に多摩美術大学を卒業した若手作家のチームです。彼らは自分たちでモルタルを流し込み床をつくって、「Mantle Lab」という名義で運営しました。展覧会も開催して、SNSなどを通じて来てくれた人だけでなく、この前の道をたまたま通った人なんかも来場してくれたようですね。

多摩美術大学を卒業した若手作家チーム「Mantle Lab」のメンバーのお二人。退去の準備のさなか、今回の取材にも立ち会ってくれた

──この場所の回遊性というか、人通りの多さを活かしたスペースにしようという意識はありましたか?

福島:はい。まちとの連携は最初から視野に入れていました。不動産会社さんは地域全体の活性やエリアの価値を上げていくことを重視しますからね。展覧会をすることでそこに人が集まり、「あの場所って何だろう?」と注目される。周囲の人たちがその場所を気にしだしてコミュニケーションを取り始めたら、さらに外から人が集まってお金が落ち、結果的にそのエリアの価値が上がっていく……そういう流れを意図していました。

実際、このプロジェクトでの船場マンションの利用は賃料モデルではなく、この場所での活動を通じて外部に情報発信をしたりアーティストが羽ばたいていったりという、賃料とは別の形での価値の還元によってリターンをしてきたんです。

入居アーティストの一人でもある中島晴矢のアトリエ(現在は退去済み)

──賃料モデルではないのが実験的だし、サンフロンティアさんの懐の深さを感じます。逆に、サンフロンティアさんがアートから得られるリターンとは何だったのでしょう?

猪俣:不動産業界ではサンフロンティア=オフィスというイメージのなか、私たちがアートに興味を持ってコラボレーションしているので、まわりの不動産会社さんも驚いたようです。「なんでオフィスの会社がアートを?」と、まずそのギャップを生みだすことに成功しました。また、私たちは私たちで、オフィスとアートの親和性を福島さんたちから気づかせていただいたんです。現にその後、アンクルさんと取り組んだ「A YOTSUYA」というシェア型アートオフィスをオープンすることができました。

──四ツ谷にできた、10名近いアーティストたちによる26面のミューラルアート(壁画)が描かれている、シェア型のオフィスビルですね。

猪俣:アートがあるなかで働くことに関して、オフィスに行きたくなるとか、クリエイティブな発想が出やすい、また従業員の方の高揚感やモチベーションにつながっている、と経営者さんからの声を聞いています。数年前の私たちにその発想はなかったので、アートというのは考えれば考えるほど奥が深いなと。

そもそも、アートとオフィスには真逆のイメージがありました。数値化したり意味を持たせたりするのがビジネスだとすると、アートというのは心で感じるものであって、数値化もできませんよね。本来はその良さを人に説明する必要もない。それでもオフィスと融合することで、アートがビジネスにも力を与えてくれるということに気づかせてもらえました。

これからの“不動産”をアップデートするために

──先日たまたま「IID世田谷ものづくり学校」に行ったとき、併設のカフェ「CYCLO(シクロ)」がアンクルさんの経営だと知って驚きました。船場マンションは解体されますが、会社としてアンクルは今後どんなことに取り組んでいくのでしょうか?

福島:アンクルは「五感からライフスタイルをアップデートする」というコンセプトを掲げています。空間を視覚的に捉えるだけではなく、耳で聞いたり肌で触れたり、複合的な体験として空間全体をキュレーションしていきたいんです。そのため視覚では空間デザイン、嗅覚ではフレグランス、味覚では飲食、触覚ではアート、聴覚では自然の音だけを取り入れるをモットーにキャンプの事業を仕込んでいます。将来的には、こうした五感全ての要素を体現できるような場所をつくることが会社の目標ですね。

──いま手がけていて特に力を入れているプロジェクトはありますか?

福島:僕らがゼロからノウハウを蓄積して挑戦している領域として、フレグランスがあります。最近、コンセプトメイクからパッケージデザインまですべて社内で行って、お香のプロダクトをつくり上げました。昨年末から年明けにかけては、渋谷ヒカリエやこれど室町テラスなどにも出店させていただいておりました。ありがたいことにリリースしてすぐ、僕らがやりたかったホテルのプロデュースの案件もいただきました。フロントから各部屋まで、ホテル全体の空気感を香りから変えたいという依頼で、嗅覚から空間体験を設計する事業として進めていこうと考えています。

──全面的に香りがプロデュースされたホテル、すごくよさそうですね! 一方、これから猪俣さんはどのような事業に力を入れていきたいと考えているのでしょうか?

猪俣:オフィスにおいては、「オフィスのファッション化」を進めていきたいですね。例えば、「A YOTSUYA」は施設利用契約になっています。これまでオフィスというと、基本的に2年間の賃貸借契約でした。でもいまは変化の激しい時代ですから、オフィス自体も貸し方を変える必要がある。そこで、その都度フレキシブルにオフィスを使っていただけるようにしたいんですよ。流動性を高めて、若い方々でも使いやすいオフィスを広めていけば、東京の活力をあげることにつながると思っています。

──コロナ禍であればなおさら、オフィスの価値を見つめ直す時期ですよね。

猪俣:そうなんです。「オフィスのファッション化」というのは要するに、「今年はこのオフィス」「来年のテーマではこのオフィス」と、その時々でオフィスを入れ替えること。そうやって企業のコンセプトやカルチャーを体現して、ブランディングやリクルーティングに役立ててほしいんですよ。

──なるほど。ファッションを季節や気分によって着替えるように、オフィスをよりカジュアルに交換していこう、と。

猪俣:リモートワークが広まって、毎日出社することが当たり前ではなくなりました。これからのオフィスで大切なのは「来たくなる」こと。特にいま力を入れているのが、曜日契約可能な「WEEK」というサービスです。コロナ禍以降、「毎日オフィスを使うわけではないけど、週1、2回くらいはみんなで集まり、オフラインで顔を合わせて仕事をしたい」というニーズが高まっています。ただオフィスをずっと借りていると、経営者さんの心情としては家賃や維持費がもったいない。そこで「WEEK」なら、必要なときに必要な分だけ必要なコストで借りられます。

もちろん一定時間集まるために、渋谷とか新宿の貸し会議室を使っている企業さんも多いみたいですが、それだとどうしても社員の帰属意識が生まれづらいですし、企業カルチャーが伝わりづらい。設備も不十分だったり、トイレが男女兼用だったりと不満もある。そういったなかで、オフィスの曜日貸しサービスの需要がどんどん高まっていると感じていますね。

──不動産業界としても、職場におけるオンラインとオフラインのある種の折衷案を模索している最中なんですね。「A YOTSUYA」にもぜひ伺ってみたいです。それでは改めて、船場マンションのプロジェクトを振り返ってみていかがでしたか?

猪俣:テナントさんたちと交流すること自体が私たちにとって初めての事業でした。これだけ密に、しかも若い経営者さんたちとプロジェクトを展開できたことは意義深いことでしたね。こんな船場マンションの使い方ができて本当によかったです。

福島:アンクルとしても、船場マンションをきっかけにサンフロンティアさんとコミュニケーションを取ることができ、その後「A YOTSUYA」のプロデュースにまでつながっていきました。船場マンションは僕らのターニングポイントと言ってもいいですね。またおもしろい事業をご一緒できればと思います!

PROFILE

猪俣俊輔(いのまた・しゅんすけ)
サンフロンティア不動産株式会社 RP事業部企画開グループ 課長代理
新規事業の企画開発を担当し、ハイブリットワークに適した曜日貸しオフィス「WEEK事業」の責任者を担う。シェアオフィス事業「AYOTSUYA」運営責任者。

福島颯人(ふくしま・はやと)
株式会社ANCR クリエイティブディレクター
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科の在学3年時に株式会社ANCRを創業。その後、新卒で株式会社リクルートへ就職、飲食事業領域を担当する。ブランドやプロダクトなどをマーケティング観点から戦略設計することを得意としており、結果としてアウトプットされるデザイン昇華までの一連を担う。

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