オリンピックに向けて、またその開催後に向けて東京の町が凄まじい速度で変わりつつある。そんな折、gallery αM(東京・馬喰横山)では、気鋭の現代美術家であり、M.E.A.R.L.編集部のメンバーとして東京の町に根ざしたオルタナティブスペースを訪ね歩くインタビューシリーズ「東京オルタナティブ百景」を連載中でもある中島晴矢の個展「東京を鼻から吸って踊れ」が開催中だ。2020年1月18日まで続く本展の様子を、写真とともにレポートする。
Text:Chika Goto
Photo:Hana Yamamoto
Edit:Shun Takeda
「東京」の町をレペゼンするということ

主に渋谷駅周辺のことだけれど、まばたきをしたら次の瞬間には風景が大きく変わっているかのような東京の町の再開発のエグさとそのヒートアップ具合によってのみ、2020年の接近という事実を日々突きつけられ続けた2019年だった。町の人口密度が薄れる年末年始に行なわれる渋谷駅銀座線ホームの移設とそれにともなう一部運行休止のために、1月2日の今日は警備員が駅構内の各所に立って、迂回ルートのアナウンスを繰り返していた。
2020年夏季オリンピックの開催都市が東京に決まってから現在に至るまで、「2020年の東京」論はあらゆるところで俎上に乗り続けてきた、いわゆる旬なテーマだったことは言うまでもない。gallery αMでこの年末年始をまたいで開催されている中島晴矢の個展「東京を鼻から吸って踊れ」も、2020年の東京をテーマとした展覧会シリーズ「東京計画2019」(キュレーション:藪前知子)の第5弾として企画されたものだ。
本展では、「東京」とひと括りにされる風景の中に含まれるいくつもの町や場所に焦点を当てるかたちで、1989年生まれの中島のフィルターを通した東京の姿が提示されている。

「もともと5年ぐらい前から2020年の東京やオリンピックにまつわる作品をまとめて出したいと思っていて。本展でもそのテーマに対するリアクションのような気持ちはありつつ、作品ごとに東京のそれぞれの町をレペゼンしていく形式にしたいなと。
例えばこの作品(《high school emblem》(2019))は、自分にとっての東京の原風景として、十代の頃に通った麻布学園がある麻布という土地から発想したものです」。

中島はこれまでの作品でも、東京やその近郊の都市のさまざまな風景を自分なりの切り口で表象してきた。
ニュータウンの町並みを背に、自らマスクを被りプロレスに興じる様子を映像にしたシリーズ「バーリ・トゥード in ニュータウン」(2014-2019)などはその代表例で(※詳しくは本メディア掲載の対談 参照)、そこに写り込む作家自身の身体は、プロフェッショナルのものではない脆弱な身体だからこそ観ている側の可笑しみを誘い、同時に整然としたニュータウンの町並みを前景化させていくものだった。
そんな作家自身の身体性が醸すユーモアと批評性は本展でも垣間見られる。
建設過程にある新国立競技場の仮囲いの前で二度にわたって撮影された《Shuttle RUN for 2020》(2017)/《Shuttle RUN for 2021》(2019)のシャトルラン(往復持久走)で酷使される身体や、《Tokyo Sniff》(2019)での、東京都庁のような形をした歪なオブジェを叩き壊し、その粉塵を集めて鼻から吸引した末に(何かがキマるわけでもなく)表情を歪めて苦しそうに咳込む中島の姿は、2020年のオリンピックとそれにまつわる諸問題に振り回される国民の徒労や無力さを示すようでもある。《TOKYO CLEAN UP AND DANCE ! 》(2019)では、夜の東京の町を清掃していく5人組の動きをダンスに昇華させた。


「分裂的であっても全部入れ込める器みたいなものが現代美術」
「いったん出し切った」という本人の言葉どおり、本展は中島の作家活動の現時点での集大成だと言えるだろう。映像、写真、ドローイング、立体など、多様な表現手法で語られる町々の集合体として、この展示空間はそのまま東京という都市の縮図になっている。



そこからより多くのことを読み解く上で、会場で配布されているハンドアウトのテキストからも目が離せない。それぞれの作品(そして町)に関連する文学作品や落語の演目、あるいはデュシャンやハイレッド・センターといった大ネタとも言える美術作品からのサンプリングは、作品体験をより複層的なものにしてくれる。

「基本的なスタンスはヒップホップのバイブスですね。ヒップホップはどこであっても地元化していく精神──その土地に棹さして、そこを根拠地とするみたいな行為──から始まるところがあるので。ニュータウンの作品は自分の生まれ育ちという意味でレペゼンしているけれども、今まで生きてきて東京にはずっと関わってきたので、その上で(他の町に対しても)できるRepresentみたいなものはあると思います」。

DOPE MEN名義でラッパーとして楽曲をリリースしたり、ライターとして取材活動を続けるなど多様な肩書きを持つ中島は「一番ごった煮で、分裂的であっても全部入れ込める器みたいなものが現代美術」だと話す。今年1月には浅草で新たなオルタナティブスペース「喫茶野ざらし」の運営も開始する中島の、作家としての現段階での集大成を、ぜひ実際にギャラリーに足を運んで確かめてみてほしい。
『東京計画2019』vol.5
中島晴矢 東京を鼻から吸って踊れ
2019年11月30日(土)~2020年1月18日(土)[冬季休廊 12/26-1/6]
11:00~19:00/日月祝休
入場無料
ゲストキュレーター:藪前知子(東京都現代美術館学芸員)
中島晴矢(なかじま・はるや)
美術家・ラッパー・ライター1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。美学校「現代アートの勝手口」講師。 主な個展に「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY/東京 2019)「麻布逍遥」(SNOW Contemporary/東京 2017)、グループ展に「TOKYO2021」(TODA BUILDING/東京 2019)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN2018/東京 2018)、アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat/2016)、連載に「東京オルタナティブ百景」(M.E.A.R.L)など。
http://haruyanakajima.com