人の手が宿すもの・序章
vol.1 Blue Tip atelier 玉置博人（前編）

◎芸術が日常に馴染むこと。
生活の傍にあるアートをつくる

東京、とはいえ、静かな住宅街のなかに潜むようにある、玉置博人さん（以下、玉置さん）の自宅兼アトリエを訪れる。一歩足を踏み入れると、まるで西欧にいるかのようなデザイン性のある家具が並び、絵や写真、オブジェが無数に飾られた空間が広がる。その居所で、玉置さんは暮らしを営み、そして数々のキルト作品を生み出してきた。

玉置さんは〈Blue Tip atelier（ブルーチップアトリエ）〉として、「生活に寄り添う機能的なART」をコンセプトに、キルト技術をベースにしたアート作品をつくる。いわゆる“芸術作品”というより、生活に寄り添うアート。さらに機能が付随されたもの。このコンセプトに行き着いた背景にはどのような思いがあるのだろうか。

「いわゆるファインアートより、人の生活に近しいところにあるものを提案していきたいと思っています。芸術作品に宿る高尚さや洗練さより、そばにあって心地のいいアート作品。飾ることもできるし、ラグにも、ベッドカバーとして使うこともできる。素材が布であるという点も親近感につながるのかもしれません。『ぬくもり』というと語弊があるかもしれませんが、傍に置いて人の手が生み出した温かみを感じ、触れたり、使ったりして心地のいい暮らしを築く一要素になればと思います」

「フランスで生活していた頃のことを思い返すと、ヨーロッパの家には日本に比べて、アートがよりカジュアルに飾ってあった印象があります。自分や子どもが描いた絵や、高価でなくても気に入った絵など。もちろん家の構造的な違いで絵の飾りやすさが異なるなど、さまざまな文化的背景や環境、風土の理由があると思いますが、日本人は他人の目に入りにくい家の内側にあるインテリアやアートにはあまりお金をかけずにきたのかなと。そういった国の違いを体感したことが、コンセプトにつながっていると感じる一方で、このコンセプトに行き着いたのは単純に自分の好みなのかもしれないとも思います。僕自身が、住む環境やインテリアなど自分が心地よく生きるためのものに興味があるんです」

無名の作家が描いた絵や写真、装飾の施された重量感のあるテーブルや椅子、アフリカや南フランスの置物、色とりどりの花や石などの自然物。機能的でなくとも、自身が好きなアートやインテリアに囲まれる日常に心地よさを覚えて過ごしているからこそ、芸術と生活が隣り合い、重なり合う作品をつくりたいと考えている。芸術と生活を近づけるために、なぜ「キルト」を選んだのだろうか。

「以前からインテリアやアートには興味がありましたが、より関心がわいたのは30歳後半ごろのこと。ある方に、次に何に取り組んでいこうか悩んでいると相談をしたところ、とあるアメリカンキルトのブランドのことを教えていただきました。彼らは、住んでいる村の樹木から採取した染料で染めを施し、その布でキルトのベッドカバーなどをつくっていました。古来からあるデザインを踏襲し、生地と色でモダンに仕立てていたのです。とても素敵で、これをやりたいという衝動に駆られました。でも、ただアメリカンキルトをつくるのではなく、古来から伝わる生活のなかのキルト技法を再解釈し、現代のアート作品に昇華したようなものをつくることができないかなと」

はじめて作ったキルトは、1枚の大きなアメリカンキルトだった。作り終えて得た感覚は手応えだったという。

「最初の作品を作り上げたときには大きな達成感がありました。ああこれは続けていきたいなと、理屈ではなく、感覚で思ったんです。もともと僕は興味のあるものがたくさんある人間ではありません。多くの人が興味を持つものに興味が湧かないこともよくある。そんな僕が、洋服の次に『これ！』と自分が心を傾けられるものを見つけられたのは幸運だったなと思います」

「キルトの制作は楽ではありませんし、どちらかといえば面倒くさいこともたくさんあります。例えば、僕は染めも自分の手で行っていますが、理想とする色にならなければ何度もやり直す。思い通りにならずに、もどかしくて、イライラしたりする。想像を形にするには、時間がかかるし面倒も多いですが、でも頭のなかにしかなかったものが、苦労の末に形になってあらわれるととても達成感があります」

想像したものが自分の手を通じて形になることに喜びと楽しさを見出す。その達成感はかけた時間と苦労からしか味わえないものなのかもしれない。その喜びは、機械が作ったものを手にして得る感覚とは異なる。

制作はパートナーとともに行う。布を繋ぎ合わせるのはミシンを使い、キルトの飾りとなるステッチは手で作業をする。玉置さんがデザインや布の染色、土台づくり、大きなステッチを担当し、ある程度形にする。その後、パートナーが最後のステッチをする。二人三脚で数々の作品を生み出している。

◎純度の高い表現を守る。
ファッションとキルトの両立で感じる調和

数多のキルト作品を発表し続けて5年。玉置さんの活動はキルト制作だけではない。主に映画や舞台の衣装デザイン・製作をなりわいとする。活動をひとつに絞るつもりはない。その理由は、「ファッション」を軸足に活動を続けてきた玉置さんが、長い歩みのなかでたどり着いたひとつの解だった。

立命館大学に通いつつ、バンタンデザイン研究所でファッションの勉強をはじめた玉置さん。大学卒業後すぐに渡仏し、数々の有名デザイナーを生み出したパリの服飾学校「ステュディオ・ベルソー（Studio Berçot）」を卒業した。そしていくつかのフランスのブランドを経て、前衛的なデザインで人々を魅了するラグジュアリーブランド〈バレンシアガ（Balenciaga）〉のコレクションチームにてアシスタントに。そして2008年に城賀直人氏とともにファッションブランド〈エ モモナキア（É MOMONAKIA）〉を立ち上げた。

自分たちのブランドでも、売れるための服をつくるというより、一点物の服をつくるような感覚を大事にデザインを続ける。ところがブランドを継続させていくためには、その服を多くの人に届けなければならない。売ることの難しさや葛藤を経験した玉置さんは、幸運にも衣装デザインの仕事に出会う。そのきっかけは、『シン・ゴジラ』や『翔んで埼玉』、『龍馬伝』など日本を代表する作品のヘアメイクや衣装、小物の統括ディレクションを行う人物デザイナー・柘植伊佐夫（つげ・いさお）さんとの出会いだったという。

「柘植さんと出会ってすぐ、柘植さんから映画『寄生獣』の衣装デザインのお仕事をいただきました。まるで夢のような仕事で、2014年から現在に至るまで10年以上、のめり込むように衣装の仕事を続けてきました。僕が携わるファンタジー寄りの作品は、既存の衣装をスタイリングして使用するのではなく、一から登場人物やストーリーに合う服を作ります」

一つの舞台や映画のためだけに、たった一つの衣装をデザインし、制作する。自分がものづくりで大事にしたい価値観と馴染む仕事だった。

未だ飽きることのない衣装デザインの仕事を続けつつも、2019年には〈Blue Tip atelier〉名義でパートナーとともにキルトアートを発表するようになる。そこにあったのは、自分の表現の純度も大切にしていきたいという思いだった。

「自分がゼロから想像したものを形にすること。それはやっぱり僕の生きがいです。それは脳の開放に近いかもしれません」

自由に描きたい。自由に形にしたい。学生時代からファッションデザイナーを志し、活動を重ねてきた玉置さんの内側にあるつきない表現欲と創造欲。自身のブランドをクローズした2017年から2年間眠っていたその欲を、自分のために満たす活動がキルトアートをつくることだった。

「衣装の仕事をすることとキルトアートをつくること。どちらもあることで、生活としても人生としてもバランスが保たれていると感じて心地がいいんです」

朝がくれば、夜もめぐるように。太陽が昇れば、月もあらわれるように。どちらかだけでない「バランス」が必要なことがある。衣装の仕事も好きでやりがいに満ちている。それと同じくらい自分が表現したいことを純粋に表現する場も必要。どちらにも苦しさがあり、喜びがある。

現在〈Blue Tip atelier〉のキルトアートは、東京・浅草にあるギャラリー「es quart gallery」にコンテンポラリーアートとして取り扱われている。希望者は購入することも可能。でも売れるという理由で作りたくはないと玉置さんは語る。お金のためではない純粋な表現の場を保つ。

「キルトアートは、自己表現の機会だと考えていたので、販売するつもりはありませんでした。今もこれは自分のための表現活動だと考えているので、販売を目的に制作をしていません。ところがありがたいことに、es quart galleryの鈴木さんが、ギャラリーで作品を紹介してくれることになり、少しずつ家に迎え入れてくれる方が増え、さらに初めての個展で多くの素敵な方々に知っていただくことができ、今まで製作した作品のおよそ70%がSOLDになっています。ただ、もし誰にも買ってもらえないとしても、自分で使ったらいいと思っているので、これからも作り続けます」

「『生活に寄り添う機能的なART』をコンセプトに、キルトアートの制作を始めて5年が経ち、新しく見えてきていることもあります。それは、キルトは僕の表現したいアートピースにとっての一つの手段なのかもしれないということです。自分が表現したいものを形にするために、選ぶ一つの手法がキルティング。キルトと謳ってはいるので、どこかにはキルティング要素を入れていますが、最近はいわゆる『キルト』らしくない作品も増えてきましたね」

（後編に続く）