Say hi to the herbs?あのまちに住むハーブ #03 辰巳編

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たとえばスクランブル交差点で知らない人たちの波の中を歩いていても、ただただ無心でその場を通行するだけ。けれどもし知っている人が前を通り過ぎたなら、たちまち顔がほころんで挨拶できる、「Hi !」?

植物との関係性も似ているところがある。まちのなか、わたしたちは無意識のうちに街路樹や道の脇に生えている草木の前を、通りすぎる。小さな種が芽を出している、なんてことにも気がつかない。ではその植物のことを知っていたなら?どうだろう。

名前を知り、どんな存在なのかを知ると、対象が「ある」存在から、「いる」存在になるのではないだろうか。まちの植物を知ることは、まちに知り合いが増えるようなものなのだ。そんな、植物と友達になって歩く感覚を体現している人がいる。〈HERBSTAND〉の平野優太さん(以下、平野さん)だ。ハーブの定義を「食べられたり、染められたり、人にとって有用な植物」とする彼と共にまちを歩くと、あれもこれもハーブだ!ということに気がつく。気にも留めていなかった通り道が、行く先々で声をかけたくなる植物と出会う通りに変容してしまう。

ということで、本連載では平野さんと「あのまちに住むハーブ(食べられたり、染められたり、人にとって有用な植物)」を見つけに、まちを歩いた記録を綴っていく。第三弾は、辰巳編。倉庫やトラックターミナルが並ぶ埋立地である辰巳には、あまり植物が生えているイメージがないが、一体どんなハーブを発見することができるのだろうか。

「#02 原宿キャットストリート編」はこちら?

Text+Edit:Sara Hosokawa
Illustration:Kanan Niisato

この街歩きをするまで、縁もゆかりもなかった辰巳という場所。東京港の埋立地に位置し、団地や倉庫が立ち並ぶ。高度経済成長期、人口の増加などに伴って住宅の増築や廃棄物処理に対処するため、辰巳をはじめ、東雲、有明、台場など、その辺り一帯の埋め立てが進んだのだという。

言葉を選ばずに書くと、まちとしての色気というか、人が行き交う活気のようなものはあまり感じられる場所ではない。強いていえば、辰巳の森海浜公園がここに住んでいる人たちの憩いと遊びの場になっているのだろうという程度である。

しかし、ハーブ発見マスターの平野さんと一緒に歩けば、こういう場所にでもハーブを見つけることができるはず!少しばかりの不安と期待を抱きながら、はじめて降り立つ辰巳を散策してみた。

辰巳の森緑道公園:サクラ

細川:ここ辰巳の森緑道公園は、倉庫が立ち並び灰色で構造的な景色が続く辰巳のまちのオアシスになっている感じがしますね。隣には辰巳の森海浜公園もあって、たくさんの種類の草木が植わっています。

平野:そうですね、色々なハーブが見つけられそうです。

細川:早速サクラの木を発見しました!

平野:和菓子の桜餅を巻いている葉っぱって、サクラの香りがしますよね。でもサクラの葉を嗅いでみてください。

細川:全く香りを感じません……。

平野:そうなんです。サクラの葉は発酵しクマリンという成分が出てくることで、あの香りになるんです。「原宿キャットストリート編」で見つけたカツラも、落葉して発酵することでキャラメルのような香りがするので、同じ原理です。桜餅を作るときはもちろん落葉による自然な発酵を待つわけにもいかないので、葉を塩漬けにすることで人工的に発酵させてあの香りを誘発しているんですね。

細川:他の植物も発酵したらどんな香りになるのか、気になってきますね。

平野:また、サクラの面白いポイントは、木の根本にキノコが生えることです。サクラの菌でできるキノコで有名なのはアミガサタケ。イチョウの木にも、同じアミガサタケができますね。この公園でも採れる可能性は十分にあります。

細川:木によって、生えるキノコが決まっているのですね!ということは、あるキノコを探したいと思えば、そのキノコと親和性のある木を目印に探していくということですね。ある人から聞いたことがあるのですが、キノコ愛好家の方々は公園などで採取しているみたいです。梅ヶ丘の羽根木公園にもたくさん生えていると聞いたことがあります(*1)。

平野:東京でも結構採れるみたいですね。でも、キノコは食べられるものの方が圧倒的に少ないと言われています。毒を持つものがほとんどで、アミガサタケも微量に毒を含んでいるので大量摂取は禁物です。同じキノコでも土地によって毒を持つものもあるみたいなので、もし採取をするなら詳しい方と行った方がいいですね。

*1 公園や道に生える植物を許可なく採取することは法律や条例で禁止されている場合がある。少し摘んでみる、などは常識の範囲内で。
サクラ
野生種の桜はアジア、北米、ヨーロッパなど、北半球に約100種が分布しているが、日本で自生しているのはヤマザクラなど約10種。このほかに日本では、野生種をもとに人が作り出した100種類以上の栽培品種がある。またサクラの語源は、「サ」は春に里へ舞い降りる田の神「サ神」を表しサ神が降り立つ座を「クラ」と呼び、桜の開花が田植えを始める基準となったことから、などの説がある。出典:
1)“桜への愛を分かち合う”. 政府広報オンライン.
2)“春を彩る桜を知ろう!”. 農林水産省.

辰巳の森緑道公園の横断歩道:ササ

細川:横断歩道の前の敷地には、地面一体にわさわさとササが生えていますね。日陰のじめっとした場所なのに、生命力があります。

平野:ササはとても強いんです。全体に日が当たっていなくても、どこか一部分に光が当たっていて光合成ができれば栄養を全体に供給できる。しかも地下で根が全部繋がっているのでどんどん増えていきます。地震が来ても平気と言われているほど、地盤がしっかりしてるんです。

細川:だからこんなにもびっしりと生えているんですね。

平野:気がついたらササだらけの薮になってしまう、といったことも少なくなく、そうするとほかの植物に光が当たらなくなってしまうので、造園屋さんや山の管理をしている人にとっては強敵です。でも、ものすごく高い殺菌・防腐作用があるので、僕にとってはとても有用な植物です。笹寿司がササで包まれているのは、そういう効果を期待しているからなんですね。

細川:一見扱いづらかったり、厄介払いされているものも、見方を変えると貴重なハーブなんですね。

平野:また、ササって葉のイメージが強いと思うんですが、それもそのはずで、ササの花は数十年から百数十年に一度しか咲かないんです。それくらい珍しいので、開花すると不吉だと言われているみたいなんですが、そんな貴重なササの花で作られたハチミツがあるらしくて、生きているうちに食べてみたいんです。

細川:ハチミツは蜜源となる花によって味が全然違うので面白いですよね。ササのハチミツは一体どんな味がするんでしょうか……。

平野:見たことはないですが、ササの花は一見花に見えないようなカサカサとした見た目らしいです。

ササ
日本には縄文時代にはすでに生えていたとされ、ザルやカゴなど多くの生活用品の材料として古くから利用されてきたが、その生態は謎に包まれている部分が多く、花の咲く周期などは分かっていない。出典:
“笹(ササ)とは?”. HORTI by Green Snap.

辰巳の森緑道公園:ツバキ

細川)固そうな実がついた、背の高い木があります。これはなんでしょうか?

平野)ツバキですね。じつは花を食べることができて、ピクルスにしてサーモンなどと合わせると美味しいですよ。一般的には春から夏に咲く花が多い中で、ツバキは珍しく秋から冬の始まりにかけて花を咲かせるので、その時期の数少ないエディブルフラワー(食用花)のひとつです。

細川)同じツバキ科の仲間としてはチャノキ(お茶の原料になる植物)が有名ですよね。ということは、ツバキも煎じたら美味しくなったりするのでしょうか?

平野)実は最近、お茶の加工技術を使ってツバキを茶葉にしてみたんです。チャノキの味わいが再現されていて、とても美味しかったですよ。また、ツバキ科のサザンカはお茶にするとシナモンのようなスパイシーさを持っています。このあいだ枝を煮出してみたんですが、葉と同じようにスパイシーで、お茶だけでなく料理にも使えそうだと感じました。

ツバキ
名前の由来には、厚みのある葉の意味で「あつば木」、つややかな葉の「艶葉木(つやばき)」、光沢のある葉の「光沢木(つやき)」など諸説ある。いずれも、花より葉の美しさが名前の由来とされる説が多い。出典:
“ツバキの基本情報”. みんなの趣味の園芸.

辰巳の森緑道公園:クワ

細川:公園の端の方まで歩いてきました。小さいクランベリーのような、赤い実がついた木が並んでいますね。

平野:完熟するととても甘くなって美味しいですよ。未熟な実は、まだ酸っぱくてカリカリしていると思うので、ピクルスにすると美味しくなります。

細川:ベリーみたいな見た目ですね。クワの実って、小さい頃よく取って食べた記憶があります。

平野:最近、「裏山で食べた懐かしい味」みたいな美味しさって実はとても価値があるんじゃないかと感じています。例えば僕らはヤマブドウという山に自生するブドウを出荷していますが、大きさにばらつきがあったり酸味が強かったり、一見すると市場に出ているシャインマスカットなどと比べて価値が低いんです。でも、いま美味しい果実を作る技術は増えてきて、そのハードルは下がっているので、逆に “不完全な味” を作ることのほうが難しい。だからこそ、例えば「懐かしさを感じる味」など色々な美味しさのあり方をプレゼンテーションすることで、素朴な天然物の味の価値を提案できると思うんです。

細川:完璧に作り込まれた味ではないからこそ、「記憶に訴えかける味」という付加価値がつくというわけですね。

クワ
古くから、絹糸になるマユを作るカイコの餌としても知られている。「クワ」とは、「コハ(蚕葉)」、「クフハ(食葉)」の読みが転訛したことを語源とする説や、そのほかにも「クハ(飼葉)」の意など諸説あるが、いずれも、蚕が食べる葉の意味に由来する。

出典:
1)“栄養たっぷり、カイコも大好物!「桑(クワ)」”. Yomeishu.
2)“クワ/桑/くわ”. 語源由来辞典.

倉庫の前の歩道:ヨモギ

平野:歩道沿いに植えられている木のふもとを見てください。カズザキヨモギがいっぱい生えていますね。新芽は香りがよく、草餅を作るときに使われることが多いです。個人的には、ヨモギ塩にすると美味しくておすすめです。

細川:ちぎって嗅いでみると、品の良いハーバルな香りがしますね。ヨモギ塩というのは、ヨモギを粉状などにして塩に混ぜるということですよね。どのような料理に使われるのでしょうか?

平野:天ぷらや、肉料理、魚料理に使うと美味しいですよ!フランス料理などでよく使われるハーブ、エストラゴンはヨモギの仲間なので、それと同じようにオイルやビネガーに漬けて使うのもおすすめです。

細川:食用以外の使い方はありますか?

平野:お灸で使います。葉の裏にびっしりと白い毛が生えているのが見えますか?お灸に使う「もぐさ」は、この毛茸(もうじょう)と腺毛(せんもう)からできているんです。この毛を乾燥して練っていき、まとまってきてできたものが「もぐさ」ですね。燃えないけれど熱は伝わりやすい、という性質があるのでお灸に使われるんです。ヨモギは食べてもいいしお灸を焚いてもいいし、全草使える日本のハーブです。

細川:香りも良い有用植物が歩道にたくさん生えているとは、驚きです……!

ヨモギ
学名の「Artemisia」は、ギリシャ神話の月の女神であるアルテミスが語源。月経痛・生理不順・不妊に効果があるとされ、「女性の健康の守護神」の意味である。現在でも、民間療法で産後のケアとして、よもぎを煎じた蒸気を下半身に浴びる「よもぎ蒸し」が愛用されている。出典:
1)“ヨモギ”. 日本薬学会.
2)“ヨモギ”. Wikipedia.

海辺の倉庫エリア:アロエ

平野:アロエはヨーグルトに入っていたり、火傷に効く塗り薬にしたりと、よく知られていますよね。東京近郊だと、葉山や鎌倉など海沿いのエリアによく生えています。

細川:アロエは鉢植えに生えているイメージがあったので、地面から直接生えているのは意外でした。海辺の地域で育ちやすいんですか?

平野:そうですね。アロエは身近な植物ですが、浜辺は塩水を含む特殊な土壌なので、実はその環境で生きられる植物って珍しいんです。アロエをはじめとした浜辺植物は、強風や高潮を和らげたり、土壌を根を張ることで固定し波の浸食を防いだりするため、防災機能としてすごく有用なポジションを担っていて貴重な存在です。

アロエ
代表的な種類は、キダチアロエとアロエ・ベラの2種。キダチアロエは、葉の内部の果肉部分は肌の炎症を抑えたり、保湿効果があるなど、古くから民間薬として馴染みがある。その名の通り木のように幹が立ち上がって成長し、高さが2mほどに大きく成長するものもある。アロエ・ベラは食用として利用される。出典:
“アロエの育て方”. dinos.

辰巳駅まで歩く道路沿い:スギナ

平野:歩道の木の株元にポツポツと生えている植物がスギナです。英語だと「Horse Tail(ホーステール)」。一般的によく知られている「つくし」というのは、スギナの胞子茎(胞子を飛ばす役割をしている部位)です。

細川:「馬の尻尾」、確かに形が似ている気がします。調べてみたら、スギナってシダ類(種子を作らずに胞子で増える植物)なんですね

平野:スギナはどこにでも生えていて、たちまち増殖することで知られています。繁殖力が強いのは、胞子を飛ばす以外にも、地下茎が30cm〜1mほどと長くどんどん増えるため、という理由があります。そのため雑草として嫌われてしまうことが多いのですが、栄養価が高い立派なハーブです。乾燥してお茶にしたり、粉末にして抹茶のように使うこともできますよ。

スギナ
「スギナ(杉の菜)」という名は、土の上から見えている部分がまるでスギのように見えることから。「菜」は、つくしが食用になることに由来する。
「つくし」は、スギナにくっついて出てくることから「付く子」という名前になり、それが転じて現在の名前になったとされている。出典:
“つくし(土筆)の花言葉|花は咲かないの?名前の由来や食べ方は?”. Green Snap.
PROFILE平野優太/〈HERBSTAND〉代表
1992年生まれ、横浜出身。幼少期からスケートボードやサブカルチャーに魅了され、10代の頃にアパレルブランドを主宰。その後、かねてより興味のあった植物を学びにニュージーランドへ。有機農家を中心に訪畑し農業やハーブについて学ぶ。帰国後、山梨県の富士北麓に拠点を移し、ハーブの生産事業を主軸に商品開発、ハーブティーのブレンド考案、ハーブガーデンの監修などさまざまな活動を行う〈HERBSTAND〉の代表を務める。
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