Say hi to the herbs?あのまちに住むハーブ #04 丸の内編

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たとえばスクランブル交差点で知らない人たちの波の中を歩いていても、ただただ無心でその場を通行するだけ。けれどもし知っている人が前を通り過ぎたなら、たちまち顔がほころんで挨拶できる、「Hi !」?

植物との関係性も似ているところがある。まちのなか、わたしたちは無意識のうちに街路樹や道の脇に生えている草木の前を、通りすぎる。小さな種が芽を出している、なんてことにも気がつかない。ではその植物のことを知っていたなら?どうだろう。

名前を知り、どんな存在なのかを知ると、対象が「ある」存在から、「いる」存在になるのではないだろうか。まちの植物を知ることは、まちに知り合いが増えるようなものなのだ。そんな、植物と友達になって歩く感覚を体現している人がいる。〈HERBSTAND〉の平野優太さん(以下、平野さん)だ。ハーブの定義を「食べられたり、染められたり、人にとって有用な植物」とする彼と共にまちを歩くと、あれもこれもハーブだ!ということに気がつく。気にも留めていなかった通り道が、行く先々で声をかけたくなる植物と出会う通りに変容してしまう。

ということで、本連載では平野さんと「あのまちに住むハーブ(食べられたり、染められたり、人にとって有用な植物)」を見つけに、まちを歩いた記録を綴っていく。第四弾は、丸の内編。スーツ姿の人々が行き交うオフィス街で、どんなハーブに出会うことができるのだろうか。

「#03 辰巳編」はこちら?

Text+Edit:Sara Hosokawa
Illustration:Kanan Niisato

丸の内は、筆者が個人的に思い入れのあるまちだ。小・中学生だったころ、母親が丸の内にオフィスを構える会社に勤めており、仕事帰りに待ち合わせをしてディナーをしたり、休日もよく出かけていた場所である。大人に紛れまちを歩くと、子供ながらに背筋がしゃんとしたのを覚えている。

そもそも丸の内とはどこからどこまでを指すのか。これを機に調べてみると、丸の内仲通りを中心としたエリアで、その境界は「東は東京駅、西は皇居前の日比谷通り/南は日比谷駅、北は大手町駅」と記載されている。つまり、東西南北を上記に囲まれたエリアであるということが分かった(*1)。

確かに、日比谷側からペニンシュラ東京のほうに渡ったとき、または大手町側から〈丸善 丸の内本店〉の入っているビル(丸の内オアゾ)を横目に〈新丸ビル〉(新丸の内ビルディング)の方角へ歩いていくときなど、「丸の内」と呼ばれているエリアの外側から内側に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる印象がある。明確に先述のような丸の内の境界線を意識したことがなくても、多くの人がなんとなく「丸の内らしさ」のようなものを体感として持っているのではないだろうか。

それほどまでに丸の内は、ある種のスター性のようなものを持った特別なまちなのだ。どうりで椎名林檎も歌うわけだ。

モダンなオフィスビルとクラシックな建物が良い塩梅で整列しているこのまちに生息していたのは、意外なハーブたちだった。

*1 丸の内のエリアは、「丸の内シャトル」というバスが運行している範囲。こちらのマップが分かりやすく示してくれている。

日比谷駅A3出口:ローズゼラニウム

細川:目の前はザ・ペニンシュラホテル。一等地ですね。地下鉄の出口の横に、花壇があります。

平野:この花壇に生えているのはローズゼラニウムです。ゼラニウムには色々な種類がありますが、その中でもローズのような香りがするものです。ミルクと合わせてアイスにしたり、パティシエに人気のハーブですね。葉そのものを食べるというよりかは、香り付けで使います。

細川:本当にバラのよう……!ずっと嗅いでいたいくらい、いい香りです。

平野:でもこの花壇にゼラニウムが植わっているのは不思議ですね。ゼラニウムって一年草のものが多いんです。沖縄などの暖かい地域では冬を越せる場合がありますが、東京では越冬できないことも多く、街路樹には使われにくいんです。

細川:一年草というのは、一年で枯れる植物ということですよね。

平野:そうです。一年で枯れてしまっては植え替えが大変なので、街路樹は一般的には常緑で多年草のものを選ぶんですよ。なのでゼラニウムがここに植わっているということは、造園士さんが一年で入れ替えなければいけないことを承知で好んで植えているのだろうか……などと推測してしまいますね。

ローズゼラニウム
ハーブゼラニウムの中で、最も代表的な種のローズゼラニウム。バラのような香りがすることから、この名前がついている。ハーブゼラニウムにはこのほかに、ペパーミントの香りがするペパーミントゼラニウムなど、香りがそのまま名前の由来になっている品種が多く存在する。出典:
“ローズゼラニウムとは?育て方・栽培方法|植物図鑑”. LOVEGREEN.

国際フォーラム前:イチョウ

細川:国際フォーラムの前の道は、ずっとイチョウ並木が続いていますね。

平野:イチョウはゼラニウムと対照的で、枯れづらい常緑多年草なので街路樹によく使われます。イチョウの葉は、認知症防止など脳に良い成分を含むと言われていて、お茶にして飲むのがおすすめです。ただ、葉が緑の状態だと毒素がないのですが、黄色くなってくるとアルカロイド(*2)を含有しはじめるので、紅葉した葉の多量摂取はしない方が良さそうです。

細川:お茶にするとき、乾燥して煮出すものとフレッシュのまま煮出すものに違いはあるんですか?

平野:味わいがかなり変わります。植物そのものの爽やかさを楽しむなら、フレッシュがおすすめです。その場合は鮮度が重要なので、収穫後すぐに楽しむのが良いと思います。一方でフレッシュだと青みが強くなってしまうハーブは、乾燥させることで青みが抜けて美味しくなります。逆に乾燥することで青みが強まってしまうハーブもあるので、いつも実験してみるのですが。また、乾燥するだけでは美味しくならないものもあって、そういったハーブは焙煎したり炒ったりすることでお茶にしたりします。

*2 アルカロイド:植物体に存在する、窒素を含む特殊な塩基性成分の総称。一般に、少量で動物に対して強い生理作用をもつ。ニコチン・モルヒネ・コカイン・アコニチン・キニーネなど。植物塩基。
出典:“アルカロイド”. デジタル大辞泉.
イチョウ
イチョウは「精子」を持つ非常に稀な植物である。イチョウの精子を発見したのは帝国大学理科大学(現・東京大学理学部)植物学教室の職員であった平瀬作五郎で、明治29年のこと。そのイチョウの木は今でも文京区の〈小石川植物園〉で見ることができる。出典:
1)“銀杏、精子を持つイチョウ”. 武蔵大学 自然科学・身体運動科学分野活動ブログ.
2)“精子発見のイチョウ”. 小石川植物園.
3)“精子が泳ぐ イチョウの不思議”. NHK for School ミクロワールド.

丸の内仲通り:シナノキ

平野:この通り沿いにずらっと植わっているのはシナノキですね。菩提樹は、日本では「シナノキ」、西洋のものは「リンデン」と呼びます。リンデンは色々な用途に使えるハーブとして有名ですが、この和種も同じように花の部分を乾燥してお茶にできます。

細川:菩提樹というと、仏教のイメージが強いです。

平野:菩提樹には色々な種類があって、お釈迦様が悟りを開いたのはインド菩提樹です。街路樹で菩提樹が植わっているのにはびっくりしました。

細川:菩提樹って珍しいんですか?

平野:西洋菩提樹のリンデンは、僕らがまちのシンボルツリーとして富士吉田に一本だけ植えました。知らないだけで生えている場所もあるはずですが、まちに普通に植わっているところは初めて見ました。花が咲いているタイミングで見れたのはラッキーです。これだけ植わっていたら、たくさんお茶が作れますね。

細川:「丸の内茶」が作れたら、オフィス街のイメージとのギャップがあって面白そうですね……!

平野:お茶にする場合は花だけでなく葉も枝も、全ての部分を使えるので、剪定のタイミングで落とされたものを加工できたら最高ですね。

シナノキ
ボダイジュは釈迦がその樹下で悟りを開いたと伝えられているが、その種はインドボダイジュ(クワ科イチジク属の種)で、シナノキ科シナノキ属のボダイジュではない。
また、植物分類学の父と呼ばれるリンネ(カール・フォン・リンネ)の名は、家族が育てていたシナノキ(英名「linden」)に因むと言われている。出典:
1)“ボダイジュ”. 農工大の樹.
2)“ぼだいじゅ”. 日本医薬情報センター.
3)“シナノキ”. Wikipedia.

ブリックスクエア内広場:クロモジ

細川:ブリックスクエアの中にはたくさんの植物が植えられていますね……!バラだけでも数十種類はありそうです。個人的によく来る場所なのですが、植物が多いという印象はあってもこんなに色々な種類があるということは認識していませんでした。

平野:こんなところにクロモジが!暑さに弱くてあまり東京では見ないのでびっくりしました。でもここだとやっぱり枯れてしまっていますね。

細川:クロモジは枝から少しスパイシーな、とても良い香りがするイメージです。お茶にすることが多いんでしょうか。

平野:お茶にも使いますし、蒸留したりお菓子作りや料理にも使えます。でも元々は、幹の太い部分を削って和菓子などに添える爪楊枝を作るのに使われていたんです。香りがいいのと、殺菌作用があるからですね。

クロモジ
クロモジ(黒文字)の名前の由来は諸説あるが、樹皮に黒い斑点があり、その斑点がまるで文字が並んでいるように見えたことに因むと言われている。
また、クロモジは香料として使われることで有名。同じクロモジ属の樹木「檀香梅(ダンコウバイ)」と「油瀝青(アブラチャン)」はクロモジと合わせ「クロモジ三兄弟」と呼ばれている。出典:
1)“クロモジ(黒文字)の花言葉|花の特徴や名前の由来”. LOVEGREEN.
2)“【和ハーブ連載】和の香りの王様クロモジと「クロモジ三兄弟」”. Yomeishu.

ブリックスクエア内広場:トウヒとモミ

平野:モミの葉はグレープフルーツのような香りがするんですよ。料理に使われることが多く、粉末にして塩と混ぜてもいいし、燃(も)して肉を燻製にするのに使っても、新芽をピクルスやフリットにしてもいいですね。

細川:モミとグレープフルーツは、イメージ的にはかけ離れていますね。クリスマスツリーで使われる印象が強いので、料理に使えるというのも意外です。反対側の場所に生えているのもモミですか?

平野:いえ、これはトウヒです。香りがすごいので嗅いでみてください(*3)。超トロピカルです。

細川:本当ですね!パションフルーツみたいで、ジューシーないい香りです。見た目からはまったく想像がつかなかったです……。

平野:モミもトウヒも英訳すると同じ「Fir(フィア)」になるんですが、日本のモミは日本の固有種なんです。なので北欧のレストランなどで使われているのはトウヒのほう。「リキュール・ド・サパン」という黄色いお酒があるんですが、それはフィアの新芽を漬け込んだクリスマスの食前酒です。僕がすごく好きなリキュールなんですが、それのモミ版、“和製リキュール・ド・サパン” をいつか作ってみたいなという夢があります。

*3 公園や道に生える植物を許可なく採取することは法律や条例で禁止されている場合がある。少し摘んでみる、などは常識の範囲内で。
トウヒ
モミの木(モミ属)とよく似ているが、トウヒ属は熟した球果(マツボックリ)が枝から下垂し、モミ属の球果は枝の上に立ち上がる。日本でクリスマスツリーとしてよく利用されているのは、モミ属ではなく、トウヒ属のヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒ)。出典:
“トウヒの仲間の基本情報”. LOVEGREEN.
モミ
「代々木」という地名の由来は「代々(だいだい)樅(もみ)の大木があった」ことだと言われている。代々木は明治神宮の鎮座場所であり、御苑東門近くには、「代々木」という地名の由来となったモミの木がある。出典:
“代々木”.Wikipedia.

ブリックスクエア内三菱一号館美術館前:シラカンバ

細川:三菱一号館美術館の前にシラカバがありますね!幹が白いので少し遠くからでも目立ちます。

平野:シラカバの幹が白いのは、キシリトールという成分が含まれているからです。ホワイトニングの効果があるので、歯磨き粉とかガムのCMで聞いたことがありますよね。今は人工的にキシリトールが作れるようになりましたが、元々はシラカバから取っていたんです。

細川:調べたら、「キシリトール(xylitol)」の語源は、古典ギリシャ語の「木(xúlon)」だという記述がでてきました。

平野:白樺水もすごく美味しいですよ。雪解けの時期に、シラカバは葉を芽吹かせるために土から水を吸い上げるんですね。その時は木の中の水分量がすごく多くて、耳を当てると水の流れが聞こえます。ドリルで幹に穴を開けてチューブを差し込み、下にバケツやタンクを置いておくと、水がジャバーっと出てくるんです。

細川:実際に木の中を水が通っていることを音で感じられるんですね!ただ、穴を開けるのは木にダメージはないのでしょうか?

平野:心配になりますよね。でも、その水は濾過するために通過しているだけなので、そこを取られたとしても、その分また吸い上げればいいだけなので木にほとんどダメージはありません。人間でいう血液ではないんです。ただ大事なのは、水を取ったあとは開けた穴をコルクで塞ぐこと。そこから菌が入らないようにしてあげる必要があります。白樺水はメープルシロップと同じ樹液なので、煮詰めると糖度がさらに上がってソースに使えたり、美白成分があるので化粧水にできたり、とても需要があります。北海道の人は白樺水でしゃぶしゃぶをすると聞いたこともあります。とても美味しいらしいですが、超贅沢ですよね(笑)。シラカバは暑さが嫌いなので、ここで生き生きと育っていてびっくりしました。

シラカンバカバノキ科の落葉広葉樹。千昌夫の代表曲『北国の春』の影響からか「シラカバ」と呼ばれることが多いものの、正式には「シラカンバ」という。シラカンバの樹皮が白く見えるのは、これに含まれるベチュリンという物質が太陽光を反射するため。

出典:
“シラカバ/しらかば/白樺”. 庭木図鑑 植木ペディア.

PROFILE

平野優太/〈HERBSTAND〉代表
1992年生まれ、横浜出身。幼少期からスケートボードやサブカルチャーに魅了され、10代の頃にアパレルブランドを主宰。その後、かねてより興味のあった植物を学びにニュージーランドへ。有機農家を中心に訪畑し農業やハーブについて学ぶ。帰国後、山梨県の富士北麓に拠点を移し、ハーブの生産事業を主軸に商品開発、ハーブティーのブレンド考案、ハーブガーデンの監修などさまざまな活動を行う〈HERBSTAND〉の代表を務める。

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