本がある風景の考察(または観察)#03
「過去と未来を繋ぐ古書店の在り方」

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あるときは言葉や絵画を記述し、あるときは思想や哲学を共有し、歴史を物語るメディアとして。遡ること約5000年ほど前。パピルス(紙)以前の時代の石板や木簡に遡り、中世に普及した聖書をはじめ、「本」は思想の共有、コミュニティの形成から技術の更新、文化の醸成に至る社会の成り立ちに大きな影響を与え、時代の価値観を映してきた。

たとえば中世の絵画や宗教画では、「本」は限られた人のみ手にできる高貴なものの比喩として描かれていたが、現代美術では大量生産大量消費の象徴として描かれている。16世紀の画家ジュゼッペ・アルチンボルドは《司書》(1569年)の中で、手にした本を読まないことは愚かなことだと嘲笑したが、誰もがせわしなく生きる現代においては、積読していても誰にも咎められることはない。本を燃やす焚書という行為は革命の嚆矢となり多くの血が流れたが、今日では毎日何百万冊の本が廃棄され断裁処理されている。時代の変遷とともにその様態や用途、在り方は大きく変化している。

かつて智恵、権威、文化の象徴として機能していた「本」の時代は、一見したら終焉を迎えつつあるのかもしれない。事実、現代の出版不況は終わりが見えず、良質な街の本屋は次々と姿を消している。そんな状況下でも、「本」を手に取る理由はなんなのだろうか。

Interview+Text:Yohei Sanjo(ORDINARY BOOKS)
Edit:Moe Nishiyama

時代の変遷とともに、人が本を手に取る理由は変化しているかもしれない。けれど、本が持つ「知性を次世代に引き継ぐ器」としての機能が変わることはないだろう。過去・現在に起こった出来事を記述し、ときには物語り、未来へ手渡していく―――。
過去につくられた本と、未来でつくられるであろう本。書籍を扱う商売においては、古書と新刊と区別される。未来を扱うのが新刊書店だとしたら、過去につくられた何億冊もの本を対象にしているのが古書店といえるだろう。

連載第3回となる今回は、2018年からデザイン・写真・美術関連を中心とした古書の販売/買取を行うオンライン古書店「ATELIER」のオーナー・早水香織氏にインタビューを敢行。2023年10月、東京・初台に開設した事務所兼ブックショップのこと、古書がもつ宇宙的な拡がりから「本がある風景」とその周辺の生態を観察、考察する。

 

ーーオンライン古書店を営むまでの経緯を教えてください。

学生時代は京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に通っていました。高校生のころからファッションデザインにぼんやりとした憧れがあり、広くデザインの領域に興味があったんです。卒業後には上京して、広告を主に扱うデザイン会社に入社しました。好きだから入社したわけですが、つくりたいもの、そもそも自分がデザイナーとしてこの先を歩んでいくのか疑問に感じてしまって。それで退職して、資料を探しによく通っていた都内の新刊書店で働き始めました。アルバイト入社だったので、次の仕事までの繋ぎくらいの気持ちで働いていたのですが、本屋の仕事がすごく楽しかったんです。一緒に働いている人たちも面白い人たちばかりだったし、デザインやアートの書棚を担当していたのですが、自分の好きなジャンルではあるけれど、本に関しては知らないことばかりだし、どんどん仕事にのめりこんでしまって2年ほど勤めました。もっと本に詳しくなりたいという思いを強めていたとき、友人が吉祥寺にある「百年」という古書店に連れて行ってくれたんです。そこで初めて古書店という存在を知ったくらい、これまでの人生で古書店に行ったことがなかったのですが、そこには、絶版になって新刊書店では仕入れられない本がたくさんあり、見るもの全てが衝撃的でした。たまたまその古書店が社員を募集していたので、すぐに応募しました。そこで5年働いた後、2018年にATELIERを立ち上げました。

ーー早水さんは、本やアートブックをすごく丁寧に扱っていますね。それは、オンラインショップでの紹介の仕方や事務所の理路整然とした本棚を見れば一目瞭然です。アートブックに特化して商売をしようと思ったのは、古書店に勤めてからですか?

美大に通っていたときに先生から、「いいものを生み出すにはいいものをたくさん見なさい」と言われたことがあったんです。いいもの、優れたものを見ないと、そのレベルに近づけないからと。確かに! と思って、書店や図書館で美術書を手に取るようになりました。好きな作家の本を見るうちに、自分が本当に好きなものが朧げに見えてきました。元々ファッション雑誌が好きで、フランスのファッションカルチャー雑誌「Purple」※1やイギリスのファッションカルチャー雑誌「Dazed and Confused」※2を読んでいた時に、写真家のマーク・ボスウィック※3のページが好きになりました。当時はボスウィックの写真ということを意識していなかったけれど、好きな写真だったので心に残っていたんです。新刊書店時代に、マーク・ボスウィックの作品集『Not in Fashion』(Rizzoli、2009年)に出会い、「あの写真家の作品集なんだ!」と思って、そのときに、ずっと探していた自分が本当に好きなものが見つかった感覚がありました。デザイン・写真・美術関連に特化したのは、自分が好きなジャンルじゃないと続けていけないからです。古書の市場で仕入れをする際でも、詳しくないと落札できないし、1番の強みで勝負するしかないと思いました。

ーー新刊書店と古書店のどちらも知る早水さんですが、新刊と古書では、同じ本でも、本としての性質や商習慣がまったく違いますね。なぜ新刊よりも古書の道を選んだのですか?

古書店で働いてから、本の本質的な面白さに目覚めてしまったからです。新刊書店は、出版社さんから新刊案内が届いて、書店側が取捨選択して本を選んで本棚をつくっていくものですが、古書店はお客様からの買取によって成り立っている。売ってくださるものをそのまま受け入れるので、様々な角度からいろんなジャンルの本が入荷してくる。
でも個人的には漫画も好きだし、買取や市場で、いま扱っているジャンル以外の良書が出品されていたら「あ、これもアトリエにあったら」と考えます。でもやっぱり、いまの時代はネットで何でも買えてしまうから、本当にその本がATELIERに必要なのかって自問自答しています。
最近、とあるお客様から、パンク・ロックやロンドンカルチャーの本を買取したのですが、私のこれまでの人生でUKカルチャーに触れることってなかったんです。これまで知らなかったジャンルに触れることで私自身の世界も拡がるし、ATELIERの本棚も深化する。お客様が知らない世界に連れていってくれる。これまで知らなかった未知の世界を知れるのが古書の魅力です。

ーー新刊の良さというのは、これから出版される本をきっかけにして、文化やカルチャーをつくっていけることだと思います。未来に開かれたものですよね。一方で古書は、かつて起こったこと、かつてあった価値や文化を扱うということだと思います。過去と未来というベクトルが存在します。

写真家の森山大道さんの著作に『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』(青弓社・2000年)という本があります。以前勤めていた古書店の本棚を整理していたときに、たまたまこのタイトルが目に飛び込んできて、本当にその通りだと思って感動しました。私が古書店に生きがいや楽しさを見出しているのって、この言葉に尽きるなと思ったんです。新しく生まれてくるものは確かに魅力的でワクワクするけれど、過去のほうが新鮮で新しいんじゃないかなと思ったのです。「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」、この言葉に、古書店をやることの意義が詰まっていると確信しています。それ以来、ますます過去に新しさを感じるようになりました。ファッションに例えるなら、80年代にCOMME des GARÇONSYoji Yamamotoが打ち出した全身真っ黒の世界観※4 は、発表当時は業界や世間に受け入れられなかったそうです。けれど、少し後になって「黒の衝撃」と評価されている。古書も同じで、発売当時まったく売れなかった本が、今はすごく高値になることがあります。時代はあとから付いてくるものなんですよね。

ーーオンラインを主戦場としていたATELIERですが、昨年(2023年)に初のスペースを開設しましたね。この場所は事務所でもありブックショップでもあり、ギャラリーやイベントスペースといった機能も持ち合わせている。ATELIERを始めたときからこの場所の構想はあったのですか?

独立したのも賭けみたいなもので、だめだったらすぐ手を引こうとすら思っていました。潤沢に資金があって始めたわけでもなく、怖いものなんてなかったから、まずは場所を借りずに始められるオンラインでの商売を選択しました。当時30歳を目前にしていて女性として自分の人生が今後どうなるかを真剣に考えていた時期だったので、とにかくやってみようと思っての独立でした。元々お店をやりたいという気持ちはなかったんです。日本中にいい本屋や古書店はたくさんあるので、私がやる必要ってあるのかなと。やったとしても他店と似通ってしまって、オリジナルのお店をつくれるイメージが湧きませんでした。ただ、独立したときから、なにかしらのスペースを持ちたいなとは思っていて。きっかけは、革選びから裁断・縫製・仕上げまでの全工程をアトリエで行っている革製品ブランドの「REEL」のアトリエ兼ショップでポップアップをさせていただいたときです。それがATELIER初の単独のポップアップだったのですが、想像していたよりもたくさんのお客様が来てくれて、本が売れました。オンラインショップでは、買取以外でお客様と顔を合わせてコミュニケーションを取れる機会が少ないけれど、実際にお客様と会って、お客様が新たなお客様を呼んでくれて、人と繋がれることってこんなに楽しいんだと実感したんです。
入居している代々木村田マンションには写真家やグラフィックデザイナーなど、クリエイティブな人たちがたくさんいて、その人たちとの交流も楽しみのひとつになっています。隣は撮影スタジオですし、下の階にはインディペンデントマガジン「HIGH(er)magazine」※5 を出版しているクリエイティブスタジオ「HUG」もあります。同じマンションという繋がりで、5年ぶりとなる最新号issue no.6のローンチイベントをATELIERで開催しました。事務所をこの場所に決めたのは、まずお客様が来やすい場所であることと、何かのついでに寄ってもらえる立地が良かったからです。そこそこ駅近ですし、3分歩けばオペラシティギャラリーもあるので、オペラシティの展示を観た後に寄ってもらえるかなと考えました。オンラインではお客様と顔を合わせる機会が少なかったので、直接会えることが嬉しいです。とあるお客様に連れられてきた方が気に入ってくださり、また違うお客様を連れて来てくれたり。オンラインのATELIERとは無縁だった方でも、足を運んでくれます。

ただ、事務所なのかブックショップなのか、サロンなのか、呼称も含めてこの場所の使い方を模索している最中です。

ーー新刊も古書も、まだまだ厳しい時代が続くと思います。業界全体に明るい兆しが見えない中で、意識的に取り組んでいることはありますか?

古書業界には長い歴史があります。神保町にある古書店を筆頭に、老舗ばかりです。そんな世界で私は圧倒的に若手なんですね。歴史ある古書店と競い合っても勝てるわけがない。新しい古書店というと抽象的だけれど、ATELIERはアートブックに特化しているし、少ないけれど新刊も扱っています。このスペースを使って、これまでにないような古書店像をつくれたらなと思っています。

蔵書整理で本を売ってくださるお客様の中には、大事な本だけれど、次世代に引き継ぎたいから手離すとおっしゃる方がたくさんいます。だから思い切って売りたいと。そんな想いが詰まった本を、若いお客様たちが「この本なんですか!?」って興味を持ってくれると、本が循環していることを実感できて、とても嬉しくなります。古書店は、過去と未来を繋いでいるんです。だから、棚の編集や見せ方、事務所の構え方を工夫して、若いお客様に興味を持ってもらえる古書店であり続けたいと願っています。(了)

早水香織(はやみず・かおり)
1988年生まれ。2018年、デザイン書、写真集、美術書などを中心に取り扱う〈ATELIER〉を立ち上げる。公式サイト:https://www.books-atelier.com/
Instagram:@books_atelier
※1 雑誌「Purple」
1992年にオリヴィエ・ザーム(Olivier Zahm)とエレン・フライス(Elein Fleiss)によって創刊されたフランスのファッションカルチャー雑誌。卓越したビジュアル表現と批評的観点により構成される写真、テキストにより既存のファッション雑誌とは一線を画す存在として斬新な誌面を提供。

※2 雑誌「Dazed and Confused」
1991年にJefferson Hack(ジェファーソン・ハック)とRankin(ランキン)によって創刊されたイギリスのファッションカルチャー雑誌。創刊号は当時20歳のジェファーソンと写真家のランキンによって、A2を折りたたんだニュース紙としてリリースされた。常に次世代のクリエイションの想像力にはたらきかける存在としてライター、スタイリストやクリエイターと共にアップデートを続け、ポップカルチャーとアンダーグラウンドが交わるユースのためのプラットフォームとなっている。

※3 マーク・ボスウィック(Mark Borthwick)
イギリス出身の写真家。現在はニューヨークを拠点に活動している。1990年代以降『Vogue』、『purple』、『i-D』などのファッション雑誌で活躍。コムデギャルソンやヨウジヤマモト、マルタン・マルジェラとのコラボーレションを通して現代ファッション写真の礎を形成した一人である。写真のみならず、映像、詩、音楽など幅広い表現活動を行っている。

※4 COMME des GARÇONSYoji Yamamotoが打ち出した全身真っ黒の世界観
ヨウジヤマモトの山本耀司とコムデギャルソンの川久保玲はともに1981年にパリコレクションでデビュー。当時タブーで禁欲的とされていた「黒」を基調とし、体のラインを隠すようなダボっとしたシルエット、穴が空いたりアシンメトリーな通称「ボロルック」は“黒の衝撃”“東からの衝撃”と言われ、黒を全面に打ち出すファッションはパリに衝撃を与えた。後々世界的に流行することになる(日本では「カラス族」などと表現された)。

※5 「HIGH(er)magazine
haru.が2015年に創刊したインディペンデントマガジン。ファッションや音楽、政治、教育、社会情勢、セックスなど、多様なテーマを独自の切り口で発信。「私たち若者の日常の延長線上にある個人レベルの問題」に焦点を当て、「同世代の人と一緒に考える場を作ること」をコンセプトに毎回のテーマを設定している。

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