1919年、詩人・佐藤春夫は小説『美しき町』で隅田川の中洲に理想の町をつくろうとする人間たちの悲哀を描いた。それから約70年後、漫画家・高野文子は同タイトルの作品(『棒がいっぽん』所収)で、高度経済成長期に生きる新婚夫婦のつつましく楽しい暮らしの様子を、地方都市と思しき町を舞台に描いた。
美しき町の、その美しさとはなんなのだろうか。2020年の一時期、世界中の様々な町から人々は姿を隠した。人との関わりあいのために生まれた町は、その時どんな表情をしていたか。活動を制限された写真家たちが、自らの過ごす町を改めて捉え直す本連載。今回は東京在住の写真家・高木美佑による作品をお届けする。
text, photo:Miyu Takaki
edit:Chika Goto
私が10歳のとき、この町へ越して来た。
ここはいわゆる東京の郊外で、およそ18万人が住んでいるらしい。
都心部へでるには1時間弱。特別田舎という訳ではないが、都会とも言えない。
思春期の大半をこの町で過ごした。
放課後にはコンビニでジュースを買って、友人と恋や進路の話をした。
夏休みには夜、みんなで集まり河川敷で手持ち花火をしたりした。
川沿いの団地のすぐそばには、大きな桜の木が並んでいる。
地元では有名な桜の名所で、レジャーシートを敷いてお花見をしたり、
ランニングをしながら写真を撮ったりと、毎年多くの人で賑わう。
私も昔飼っていた愛犬とよく川沿いを散歩し、土手に座って桜を眺めていた。
今年の春、私はその桜の花を誰かとみることはなかった。
1日の大半を家のなかで過ごし、外へ出る際は自家用車で、
この町の風景をみることよりもパソコンやスマートフォンなどをみることの方が多かったと思う。
いつのまにか日差しが強くなりはじめ自粛要請が少しずつ緩和された。
すっかり運動不足になってしまった私は、かつて通っていた小・中学校の通学路、
今ではすっかり疎遠になってしまった友人が住んでいた家のまわりや、歩き慣れた道を散歩した。
桜の花はもうすっかり散って花びら1枚落ちてもおらず、
代わりに青々とした葉が生い茂っているだけだった。
この町へ住み始めて、15年以上が経った。
15年でこの町はどう変わったのだろう?
この数ヶ月で、どう変わったのだろう?
私自身はどうだろう?
きっとこれから先も、大きな事件や小さな事件がたくさん起こるだろう。
新しい法律ができたり、家族が増えたり、消費税が上がったり、夏バテをしたりするんだろう。
この小さな私の町で変わるものと変わらないもの、ずっと、そんなことを考えながら歩いた。
1991年生まれ。東京都在住。
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