美しき町 #03|山口雄太郎と上野

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1919年、詩人・佐藤春夫は小説『美しき町』で隅田川の中洲に理想の町をつくろうとする人間たちの悲哀を描いた。それから約70年後、漫画家・高野文子は同タイトルの作品(『棒がいっぽん』所収)で、高度経済成長期に生きる新婚夫婦のつつましく楽しい暮らしの様子を、地方都市と思しき町を舞台に描いた。

美しき町の、その美しさとはなんなのだろうか。2020年の一時期、世界中の様々な町から人々は姿を隠した。人との関わりあいのために生まれた町は、その時どんな表情をしていたか。活動を制限された写真家たちが、自らの過ごす町を改めて捉え直す本連載。今回は東京在住の写真家・山口雄太郎による作品をお届けする。

text,photo:Yutaro Yamaguchi
edit:Shun Takeda

気が付けばいつの間にか8月になっていた。今年は時の流れの速度をしっかりと実感する事が出来ない。2、3日着用せずに止まってしまっていた機械式腕時計のスカスカに軽くなったゼンマイを巻き上げ、リューズに抵抗を感じながら長短の針と日付の数字を絞り出す様に前に進めているような、そんな感覚で時が過ぎていく。折々の催しも延期や中止になる中、ようやく明けた長梅雨後の日差しと、生の自覚を促すアラームの様な蝉の叫びが僕に時の流れを思い出させる。

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3月下旬、いつもなら花見客で賑わい、街自体がどこかほろ酔いのムードを帯びるはずの上野も今年は静けさに包まれていた。3月27日に都立公園の一部が閉鎖され、上野恩賜公園でも花見の宴会が禁止された。閑散としたアメ横には海外からの観光客の姿は見当たらず、小気味よい魚屋の口上は語る相手を失い、口にはマスクが当てられていた。間もなくして緊急事態宣言が発令され、自主隔離生活が始まった。

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毎日ひとり部屋で過ごす日々の中で僕が渇望していたのは、それまで上野で味わっていた時間そのものだった。
友人と高架下の店で、隣客と肩を寄せながらビールケースの席上で飲み交わす酒。
そこで気軽に始まる見知らぬ人との会話。気を張らずに歩ける公園。
美術館での美術鑑賞。映画館、鈴本演芸場の寄席。
アメ横を歩く様々な国籍や人種の多様性。
そしてそこには人や街の活気があった。

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感染拡大防止の為に人との社会的な距離が求められる中、どこか人との心理的な距離が近いと感じる上野、アメ横の雰囲気が今とても恋しい。

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祭りの後のような、ハレとケ、非日常と日常が混じった空間で感じる穏やかな高揚感を僕はこの街に感じる。緊急事態宣言が解除され、季節が変わり、また街に人が戻った。それに伴い感染確認者数、陽性率も増加し、いまだに予断を許さないこの状況が収束するにはまだまだ時間が掛かりそうだが、僕が今まで上野で感じていたこの街の美しさがこれから訪れる新たな日常の中に残って欲しいと願う。

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山口雄太郎 / Yutaro Yamaguchi
1987 長野県に生まれる
2010 日経ナショナルジオグラフィック国際写真コンテスト風景部門 優秀賞
2014・2017 清里フォトアートミュージアムヤングポートフォリオ収蔵
https://www.yutaro-yamaguchi.com/
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