予算も時間もかかる公共事業としてではなく、より機動的で低コストな取り組みによって地域振興につなげていこうとするこの手法。
移住定住においても他拠点居住、商業においても移動店舗や屋台などの機動的な実践方法が注目を集めるなか、まちづクリエイティブが行ってきた事例を振り返りながら、同社はどのように「タクティカル・アーバニズム」を捉えているのか、代表の寺井元一に話を聞いた。
text:Akira KUROKI
Edit:Shun TAKEDA
そもそもタクティカルアーバニズムとは?
ー近年まちづくり事業などでも注目されるようになった「タクティカル・アーバニズム」について、まず簡単にご説明いただけますか?
寺井元一:タクティカルアーバニズムは、「タクティカル=戦術的」とわざわざ訳されたりもしているように、その戦術面が重要視されています。では「戦術」とはなにか。それを考えるには対峙する「戦略」というフレーズとの差異を考えるのが手っ取り早いでしょう。
まず「戦略」のほうが巨視的なアプローチで、視点が高くより全体を長期的な時間軸で俯瞰して見ている。反対に「戦術」のほうがポイントで勝負していたり、もうちょっと局所的な話になります。一般論的には戦略的のほうが偉いみたいな印象があるかもしれません。
”「タクティカル・アーバニズム」は、戦術的都市計画やポップアップ・アーバニズム、ゲリラ・アーバニズムなどと言われ、ポイントは、長期的変化のための、短期的プロジェクト(Short-term Action for Long-term Change)であり、長期的戦略に基づいた仮設的実践やパイロットプロジェクト(社会実験)指します。マイク・ライドンとアンソニー・ガルシアがまとめた、「TACTICAL URBANISM -Short-term Action for Long-term Change-」という洋書で詳しく紹介されています。本では、長期的に都市を考える上で、低予算で、コミュニティベースのプロジェクトを短期的に実施する効果を示しています。”
引用元:タクティカル・アーバニズムとは何か?─バンクーバーのストリートが影響された「タクティカル・アーバニズム」の10の方法─ | ソトノバ(外部リンク)
実践を積み重ねるまちづくり
ー確かに「戦略」と「戦術」に分けて考えるとわかりやすいですね。
例えば都市計画というのは、どちらか言えば、もともと戦略的なものだったと思います。戦略的とは究極的にいえば、全部計画できること。長期的な目線で「一応これでいけるぞ」という計画を作ってやっていくことなんですけど、いまそうした都市計画というものは行き詰まっています。
その中で、タクティカルアーバニズムという、戦術を重視するんだっていう人たちがやってきました。さらにこの小さな戦術の成果を積み重ねると、戦略を超えるんじゃないといった議論も生まれてきた。
流動性の高い現在の社会では、長期的な計画にリアリティが宿らない。一方で戦術を積み上げた先に何があるのか、その答えはまだわかりません。そういった背景から、低予算で実験的でゲリラ的な手法を用いるタクティカルアーバニズムが注目されているのだと思います。
まちづクリエイティブの事例から見るタクティカルアーバニズム
ーまちづクリエイティブとしては、タクティカルアーバニズムをどのように捉えているのでしょうか?
タクティカルアーバニズムという言葉が流行ったのは、おそらくこの3~4年ぐらいなんです。10年前にあったような言葉じゃない。
ただ、もともとこの言葉が盛んに言われるようになる前から、タクティカルアーバニズム的な手法は、まちづクリエイティブとしてはなじみが深い。というより、僕らは都市計画のほうがなじみが浅いんです。より正直に言えば、ぼくらには戦略的な都市計画みたいなものが、存在意義がよく分からないというか、嘘っぽく見えている。
長期的、戦略的な都市計画が成立する時代って、基本的には安定して社会が成長している時代なんです。つまり、成長が止まった瞬間に、その計画も目指したイメージも何もかも見えなくなってしまう。
ぼくらが事業者としてはまちづくりをはじめたのは、日本の経済成長が止まって人口が減少し始めた時代。なのでどちらかというと、最初から戦術的なやり方、ゲリラしか有効な手段が残っていない。そういう意味では、タクティカルアーバニズムってわざわざ言ってるけど、もともとやってたことっていう感覚に近いです。
ー具体的な事例をいくつかご紹介していただけますか?
◯高砂通り酔いどれ祭り
まちづクリエイティブのこれまでの事例として近いもののひとつは、高砂通り酔いどれ祭りがあります。松戸駅前近くの商店街には横丁や飲み屋街がありますが、客席が大きくないから10人も入れないようなお店が点在しています。そこで道路自体を飲み屋のフロアに見立ててしまえば、1000人とか入れるよね、みたいなことを道路を占用してやっていた時期がありました。
◯Edogawa Outdoor Wedding
あとは、江戸川の河川敷を結婚式場にした「Edogawa Outdoor Wedding」があります。松戸市在住のクリエイターの女性が結婚式を開催するのをまちづクリエイティブでサポートしました。
タクティカルアーバニズムのインフラをつくりたい
ー公共の場所を活かした企画が特徴でしょうか?
そもそもタクティカルアーバニズムというのは、空き地や、公的な空間の未使用スペースなどを使って、あくまでもオープンにやることが多いです。
これは僕の解釈ですが、町の公共空間をどう使うかということは、まちづくり的に必要なことだと思っています。なぜなら、いろんな人をそこで巻き込んでいくことができるから。何よりも開かれているということが重要だと、もともと思っているんです。
それを実現しようとするときに、ある種の企画性だったり、なぜそこでやるのかという必然性を考えて、アーティストと一緒にやることが多かった。基本的には、その場所には何が向いてるのかなっていうことを当然考えます。サイトスペシフィックな、その場所でしかできないものをオーダーメイドでつくってやっていました。
そうした経験を経て、今の僕らはサイトスペシフィックなものというよりは、どんな場所でもある程度展開できるインフラみたいなものをつくっていきたいという意識が強くなってきています。つまりタクティカルアーバニズムのインフラをつくりたいということです。
◯アシュラハイツ(ダッシュ荘)での取り組み
いろんな場所に展開できるようなツールを開発するという意味では、アシュラハイツ(ダッシュ荘)は、まさにそういう要素をもったプロジェクトです。ここでは、芝浦工大に在籍する学生有志のチームが主体となって協働してくださり、集合住宅の庭をもうちょっとおもしろくするとか、隣人とつながるにはどうしたらいいか?という課題について議論しました。
そこで課題解決の手法として、いろんなところに持っていける什器を開発したんです。それらを積み重ねたり並べたりすることで、なんてことのないマンションの庭をおもしろく変えられるんじゃないか、という実験ですね。
◯MAD Market(変形屋台のゲリラ出店によるマーケット)
最近はじめた MAD Marketでは、いろんなところに持ち運び移動可能な屋台をつくって、実際にマーケットを作ってみることに取り組んでいます。
松戸にある大正から続く古民家スタジオ 旧・原田米店の裏には大きな空き地があります。この数年、入居者の方によっておこめのいえ手創り市が生まれ、中庭を中心にマーケットが行われてきました。そういった流れのなかで、裏庭はどうやったらもっと活用できるんだろうという話があって、MAD Marketは始まりました。
旧・原田米店の裏庭くらいの広さがあると、まず何か建てるかという話になりますが、結論からいうと、建築基準の問題などで建てることは難しい。そうなると、建物じゃない「建物」、つまり仮設工作物を建てようという話になります。そこで今開発してるのが、MAD Marketの屋台。それは屋根とか壁が、基本的には取り外せるようになっていて建物じゃなく、簡易に移動させることができます。
おもしろくない空き地をおもしろく使う技術
ー具体的に道具を開発するところにまで、取り組みが進んでいるんですね。
僕らがやっていることって、「タクティカルアーバニズム」って呼ばれたり、「アートプロジェクト」って呼ばれたり、いろんなラベリングがされています。まちづくりっていうものは、なにせ町が広いだけに、対象にマッチする様々なテクニックが必要だと思うんですよね。
おもしろい場所は、アーティストたちが自らサイトスペシフィック的にやりたいって言うかもしれないけれど、一方でおもしろくない空き地もどんどん増える。それを考えたときに、そういうスペースを使うための、道具を開発するところからやらなきゃいけない。一言でいえば、おもしろい建物建てればいいじゃんって話なんですが、簡単に建物は建てれない。それなら建物じゃない「建物」を造るしかない。そういうところに至っています。
その過程の一つに、アシュラハイツがあったり、未来にあたるところに佐賀県武雄市で進めている企画があったり、一部実現したものだとJR埼京線沿線の取り組みがあったり。それから今まさに取り組んでいるMAD Marketがある。
まちづくりにとって本質的に重要な、尖った技術や道具みたいなものを、いっぱい僕らは蓄えていきたい。ないんだったら作るしかない。結果それは、タクティカルアーバニズムって呼ばれてるけど、もともと、公共空間って使わなければ駄目というか、そっちをどうおもしろくするかということが、重要だと思っています。