MAD City People #05|「Old Figaro Peoples + Bebop Bagel」店主 吉井昭雄

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千葉県松戸市の松戸駅前で行われている、まちづくりプロジェクト「MAD City」。2010年のプロジェクト開始以来、半径500メートルのエリアの中で、150人以上のクリエイティブ層がショップやアトリエなど独自の活動を展開している。

そんなエリアで活動する人々を紹介する本企画。第5回目に登場するのは、ベーグル屋と図書室が併設された「Old Figaro Peoples + Bebop Bagel」の店主・吉井昭雄さん。2016年9月にオープンした同店には、ご自身が焼き上げたモチモチのベーグルのほか、その深いカルチャーへの造詣からセレクトされたレコードや書籍が所狭しと置かれる。お店立ち上げの経緯からお話を伺っていくと、終盤には「ベーグル」と「ジャズ」の意外な結びつきが明らかになった。

text:Yosuke NOJI
photo:Natsuki KURODA
Edit:Shun TAKEDA

名前:吉井昭雄(よしい あきお)
職業:「Old Figaro Peoples + Bebop Bagel」店主
年齢:43

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娘にはクロワッサンではなく、ベーグルを

ーいつから松戸に住み始めたんですか?
約10年前ですね。それまでは東京の多摩市や神奈川の茅ヶ崎などに住んでいたんですが、次の職場が上野近辺になると決まったときに、妻の地元である松戸に引っ越してきました。

ーこのお店を始める前は、どういったお仕事をされていたんですか?
これまでは普通のサラリーマンとして働いてきました。大学を卒業してから20代前半は渋谷のレコードショップ、後半はCDや書籍の色見本などを作る印刷会社に勤めていたんです。ただ、昇進や転職で立場が上がるたびに、新規事業の立ち上げなど、人をマネジメントすることが仕事の大半を占めるようになり、どんどんカルチャーからは遠ざかっていきました。

学生時代は、レアグルーヴを始め、あらゆる年代の音楽に夢中でクラブにもよく行っていたんですけど、3年前ぐらいまでは全く音楽も聴かないような生活を送っていましたね。

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_N0A0913-1 ーお店を見渡すと、こんなに沢山のレコードが置いてあるのに意外です。そのカルチャーに対する“熱”みたいなものが再燃した出来事が何かあったんですか?

お店を始めると決めてから、つくばの「PEOPLE BOOKSTORE」など気になる場所をいくつか回ったんです。すると、僕よりひと回りも下の世代の人たちが、かつて僕が夢中になっていた音楽や書籍をたくさん取り扱いしていました。

また、今でこそSpotifyなどのサービスもありますけど、数年前まではCDも本も全く売れず、このままだとカルチャーが枯渇してしまうというようなことを若い彼らが話していた。僕も6歳の娘がいるので、町にカルチャーと出会う場所がないのは大きな喪失なんじゃないかなと思って、図書室という形でベーグル屋と併設することにしました。

ーそもそも、お店を立ち上げようと思ったのは?
うちは共働きなんですけど、娘が2歳のときに義理の母が大病を患い、子育てを頼ってたこともあって、生活がうまく回らなくなってしまいました。もともと「誰かが作ったモノを売るのではなく、自分がモノを作り出す側に回りたい」という気持ちはありましたし、この物件は義理の父が1階で床屋を営んでいるんですけど、2階のこのスペースは誰も引き継ぐ人がいないという話もあった。

だから、この場所で子育てをしながら何か始めようとぼんやり思いながら、具体的には何も決めずにまず会社を辞めました(笑)。

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ーお店をやると決めてから辞められたわけではなかったんですか!
そうなんですよ。当時は横浜勤務で、子育てと仕事と家族の諸々をこなすのは無理がありましたし、松戸近隣で働くあてもあったので、独立の準備をしながらなんとか生活していけると思い辞めました。そんな中で、いざ娘と一緒にいる時間が長くなると、娘がクロワッサンなど砂糖やバターたっぷりの甘いパンばかり食べていることに気付き……(笑)。

さすがに不健康だよなと思っていたときに、ちょうどベーグル作りのワークショップがあったので行ってみたら、小麦粉と塩と水、それと少量のきび砂糖だけで作ることができるからすごくヘルシーだな、と。

それから独学で家でも作り始めるようになって、大人だけじゃなく、お世辞なんて言えないはずの娘もバクバク食べている。それで、町の仕事として形にしてみようと思って、自分で内装もやりながら、2年ぐらいかけてオープンさせました。

“昼間の世界”にもコミュニケーションの場を作る

_N0A0980-1 ーお店運営の経験はなかったと思いますが、実際にお店を始める上で苦労はありましたか?
多くの人にとってハードルになるのは、金銭面と場所の問題だと思うんですけど、幸いうちの場合は既に場所がありましたし、ある程度は貯金もしてきました。だから、このお店で一発当ててやろう!みたいな気持ちはあんまりなくて、とりあえず生活をしていければ良いのかな、と。

職住近接にしたことで、外食や飲み会の数もグッと少なくなりましたし、娘のポテトチップスを買う以外はほとんどコンビニでも買い物しない(笑)。別に「節約!節約!」と思っているわけではなく、自然とヘルシーな生活に落ち着いたんですよね。そんなに気負いみたいなものはなく、少しずつやっています。

ーお店の運営は、全てお一人でやられているんですか?
そう、それが意外に大変なんですよ(笑)。うちのベーグルは、長時間低温発酵で作るようにしているので、最低6時間は寝かせないといけないんです。だから、前日の夜になるべく多く仕込みをして、翌朝9時頃から残りを仕込むという感じで作っています。ただ、それでもどうしても1日にお出しできるベーグルの数には限りがあるので、ときには来ていただいても売り切れでお出しできないことがあります。

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ー事前予約や注文なども行っているんですか?
以前は注文を取っていたんですけど、そうすると注文だけで全て売り切れてしまうことがあって、新しい出会いが全くなくなってしまう。だから、今は時と場合によってお受けする形にしていて、バランスを取っているところです。

ー実際に、どういったお客様が多いですか?

ご近所さんもいらっしゃいますけど、Instagramなどでうちのことを知って遠方から来てくださる方も多いですね。ただ、発見としてあったのは、“昼間の世界”には、面白い店や行き場を探している方が、けっこういらっしゃるということ(笑)。

たとえば、この辺には霞が関で働かれている役人さんや育児休暇中のお母さん方、それに単身赴任で家族と離れて暮らす人など、多様な人が住んでいるんですけど、中には来ると3時間ぐらい話し込まれる方もいます。やっぱり、昼間の時間帯ってなかなかコミュニケーション取れる場所が少ないんだと思うんですよ。こちらとしても松戸のことをより深く知ることができる良い機会なので、奥まで招いてコーヒーを振る舞ったりもしています。

ー単に売り買いする場という以上に、ある種のコミュニケーションの空間としても機能しているんですね。
アメリカにフランク・ウォーレンという奇特な人がいるんですけど、彼は自作のポストカードを町の人に配って、誰にも言えない秘密を集めて、ブログや書籍で発表しているんですよ。やっぱり、町の中で商売する以上は、このようなボランティアや市民活動的な面もないとおもしろくないのかな、と。僕も彼に倣って、ゆくゆくは町の人の声をこの場所で展示するということを考えています。それによって、何かコミュニケーションが生まれれば嬉しい。実はもうご本人にも連絡を取って、許可は取ってあるんです(笑)。

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