政治・経済・文化の生態系を生成する「自治区・MAD City」の次なる可能性を探して
テライマンがゆくMAD Journey #1 株式会社シクロ 山崎昌宣〈前編〉

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資本主義経済の名のもと、経済が政治と文化より優先される社会に終わりを告げ、これからは文化を優先して政治と経済をつくりかえる時代に突入していくのではないか。そこで形作られるのは文化圏を中心に政治/経済的な生態系を築く自治区。ここではMAD Cityと呼ぼうと思う。語弊を恐れずに表現するならば、MAD Cityにはある意味でバグった(個の観点を追求し、実践を重ねることで生み出される)視点から理想郷を実現すべく奔走する人物たち、MADなひとたちが存在する。MAD Cityにとっての次なる刺激を探し求めて、まちづクリエイティブの代表、テライマンこと寺井元一氏が自治区の更なる進化形を探求すべく、MADなひとたちに会いにゆく連載企画を始める。

vol.1で訪れたのは、日本でも三大ドヤ街とされ、かつては釜ヶ崎と呼ばれた日雇労働者のまち「あいりん地区」のある大阪・西成区。2008年に創業して医療介護事業や障がい者事業をはじめ、そこから派生するようにクラフトビール醸造・販売事業「Derailleur Brew Works(ディレイラ ブリュー ワークス)」や飲食店事業など独自の視点と哲学で、まちや人、社会や事業を読み解き、ビジネスを展開する株式会社シクロ 代表取締役 山崎昌宣氏に話を伺った。西成のまちを歩くと、点在するシクロの社屋に幾度となく遭遇する。創業から17年。前編では、西成の変化を目にしてきた山崎さんだからこそ語れるまちの魅力や、福祉の目線からとらえたまちづくり、実践を積み重ねることで見えてきた人の尊厳を守るために「働くこと」が生む可能性について。

Photo:Ryo Yoshiya
Text:Yoko Masuda
Edit:Moe Nishiyama

◎まちと福祉。「つづける」ために持つべき視点は?

寺井元一(以下、寺井):僕はもともと、東京・渋谷エリアを中心に、グラフィティアーティストやストリートバスケのアスリートなど、まだ世の中にまだ知られていない領域で活動する人たちを応援するプラットフォームの運営をする「NPO法人KOMPOSITION」の設立、経営をしていました。その後、千葉県松戸市にてまちづくりや不動産事業を行う「株式会社まちづクリエイティブ」を創業、「MAD City(マッドシティ)プロジェクト」に取り組み、2010年のプロジェクト開始以来、14年を経て700人以上のクリエイティブ層を誘致してきました。現在は主にまちづくりを仕事にしていますが、NPO法人の経営も継続しています。

僕の関心としては「つづく活動」をつくること。まちづくりのコンサルティングをする人のなかには、まちに関わって3〜5年ほど経ち、補助金が途絶えると他のまちの支援に行く人もいますが、僕はそれに違和感を感じています。まちづくりを続けるために、福祉の分野にも携わっていきたいと思い、2022年にはNPOの拠点も松戸に移し、MAD Cityエリアで生活困難者への住居提供や、居住者への生活支援や起業支援を始めました。というのも、コロナ禍を契機に、MAD Cityの入居者をはじめとする周囲の人たちから、仕事や家族などいろいろな面で難しさを抱えるようになったことを聞くようになったから。チャレンジを促すならセーフティーだってないといけない。そこで福祉の分野にも関わりたいと考えるようになりました。

福祉の業界は閉じた特殊な業界でもあるので、有名な事業者やレジェンド扱いの方ですでに長く続いている方もいると思いますが、特にシクロさんとお話してみたいと思ったのは、僕たちの事業と近しい取り組みも多い、これから続くかどうかの事業者のように感じたからです。例えば、シクロはクラフトビールを製造するブルワリーを運営していますが、僕らもクラフトビール醸造所の入居者がいて協働で事業を行っています。今回はそういった点も含めて、山崎さんがこのまちで独自に続けてきた事業やその展開などをまちづくりの視点も交えてざっくばらんにお話できたらと思っています。

山崎昌宣(以下、山崎):話したいと思ってもらえたことがシンプルに嬉しいです。

◎生活保護を堂々と受け取る。社会的弱者が強くあれるまち「西成」

山崎:僕は「西成」という土地自体に思い入れがあるわけではないのですが、僕自身にはない性質をもつまちであるという点において魅力を感じています。元々真面目な性格で、ピアスを開けるなんて大それたことはしようと思ったこともないし、授業をさぼったこともない。そんな風に育ってきたので、西成のアウトローな生き方は自分とは真逆なんです。西成に住む日雇い労働者の彼らーー直情的にやりたいことを選択する直感的な生き方の結果、苦しい道を選んでしまった、あるいは進むしかなかった彼らの生き方を肯定していたわけではありませんでした。寝る間を惜しんで努力したからこそ今があるし、やるかやらないかは自己責任だと心のどこかで思っているように思います。その一方で、だからこそ西成で生活する人を羨ましいと思うこともありした。彼らは不安に駆られてなにかの準備をしたり、我慢をしたりすることなく、とてもプリミティブに物事を選択してきた結果ここにいる。もし彼らに文化資本が備わっており、その上で自分の感情に基づいた素直な選択をしたならば、多くの人に尊敬される生き方になり得たのかもしれない。僕自身はこねくり回したような生き方をしてきているので、自分が小さな人間のように感じます。心のどこかでヤンキーに憧れているようなアンビバレントな感情を西成に対して抱いています。

寺井:西成には自分にはない部分が備わっているという点で魅力に感じていると。

山崎:そうです。また福祉の文脈でも西成は最適解をもっていると思います。福祉ではインクルージョン(社会的包摂)*1 の推進がうたわれています。インクルージョンが達成されているまちとは、例えば社会的弱者が弱者になるのではなく、偉そうなことを言えるまちであるかどうか。その視点でいうと、西成は社会的な弱者になったとしても自身の意思を通して生きていける可能性の高いまち。

さらに言うと、社会的弱者がいち消費者になりうるまちです。お客様は神様という風潮が未だあるように社会的弱者であっても消費者になれば偉そうなことを言えるわけです。日本全体では徐々に薄れてきているように思いますが、生活保護を受けるのは恥だという風潮もあります。しかし西成にはその風潮がまったくありません。受けられるなら受けるべきだというのは、生存権や基本的人権の堂々たる主張です。それを恥ずかしがることなく、当たり前のように主張できる。例えば、年を取って認知症になり身寄りも財産もないときに、生活保護を堂々と請求し、ワンルームマンションを借りてできるかぎり1人で住むことができる。最後まで世間で暮らしたいという選択肢を、このまちでは当たり前に叶えることができるのです。社会的弱者が当たり前のように生活できる。ノーマライゼーションからインクルージョンへと表現を変えて唱えられてきたテーマをずっと叶えてきたまちが西成です。こういったメンタリティを醸成しているまちはほかにはないのではないでしょうか。

障がい者や社会的弱者が一番強くなれるために必要なのは「消費者」になることだと思います。消費者であれば、なんの後ろめたさもなく、社会の歯車であると自信をもっていえるわけです。西成区の生活保護受給率は5分の1を占めています(2022年度調査)が、この数字は日本でも最高レベルの比率。つまりこのまちでは生活保護の方をベースにした経済が動いていて、生活保護という公的な扶助を受ける人を、安定した収入源のある客として扱っています。居酒屋でも生活保護の収入で飲食するし、店主だってそれを分かっていて当然に思っている。シクロでも、運営する居住スペースでは、保証人が不要で80歳でも部屋を貸りることができます。この構造がいいかどうかの議論はさておき、生活保護というツールをバックに、当たり前のように買い物して、家を借りて、遊ぶこともできる。ヒエラルキーが逆転したような構図がこのまちにはあり、自分のなかにある固定観念が崩されて心地がいいなと思うんです。

そしてこのまちに住む人は社会的弱者が住んでいることを理解しているので、弱者がまちに入ってきた時に当たり前のようにやさしいんですね。高度経済成長期の頃に、全国から出稼ぎにくる人を受け入れてきた歴史的背景*2 もあり、事前情報もないまま各地から集まる人をフラットに受け入れることができる。いわばダイバーシティの走りのような文化が、僕がこのまちで障がい者福祉の仕事をし始めた30年ほど前にはすでに醸成されていました。

*1 インクルージョン:社会的包摂。介護や障がいなどの有無を問わず、すべての人が差別なく受け入れられる社会のことを指す。

*2 西成の歴史的背景:戦後、高度経済成長期を迎えると、釜ヶ崎(現・大阪市西成区「あいりん地区」の旧地名)は全国から職を求める人々で溢れるようになった。1970年に開催された大阪万博の建設ラッシュを支える建設労働者の求人が急増していたという背景がある。しかし、不安定で劣悪な労働環境や待遇に不満が溜まった人々が1961年にはじめて暴動を起こす。その後も暴動は繰り返され、家族世帯は西成以外の公営住宅へ誘導する施策が進められることとなった。その結果、単身男性の割合が増大。釜ヶ崎は港湾や建築現場で働く日雇い労働者のまちとなった。日雇い労働者のための雇用保険や健康保険が整備されるなど、労働者に向けたセーフティーネットが確立され、労働者は増え続け、1986年には2万4000人を超える労働者がいたと言われる。同時に、1980年代後半のバブル期は労働者の数に対応するために地域の7割ほどの簡易宿所が高層化、個室化した。バブル崩壊後、急速に求人が減少し、日銭が入らなくなりホームレスにならざるを得ない人々が急増。暴動、不法露店、不法投棄など問題山積の地区となる。2000年台になり、ホームレス状態の人々に対する適切な社会保障を求めるために、多くのNPOが生まれ、官民連携が本格化したことや、2012年より始まった大阪市長・橋本徹氏による「西成特区構想」により、まちの治安や環境は徐々に改革されてきている。また、まちや住民の変化にともない、簡易宿所がホテルやゲストハウス、民泊に営業形態を変更。関西空港からのアクセスのよさや宿泊料金の安さから、バックパッカーに人気の宿泊地になってきている。(参考:釜ヶ崎の歴史|新今宮ワンダーランド

◎まちづくりの「手段」と「目的」。100年の時間軸でまちをつくる覚悟

山崎:西成で福祉の事業を進めるにあたり、西成独特の価値観は維持していきたいと思っています。なぜなら福祉の観点からすると、西成は誰もが共存して生きていけるダイバーシティのまちであり、多様な個性を孤立させることのないインクルージョンが実現されているまちだから。西成の価値観が日本中に広がることがいいかどうかはわかりませんが、少なくとも特区*3のような場所として存在しつづけることは重要だと思います。独特の価値観がまちから消えないようにするために、その価値観をもつ人たちを大事にしなければならない。彼らの発言権を残しておく必要があるので、死んでしまったら困るわけです。また発言権に関わるので、シクロの事業規模がある程度大きいことも重要だと思っています。

行政のまちおこしでは、お金を稼げるようにするか、産業を興すか、若い子を取り込むかが主な論点として議論されますが、この3つは「目的」ではなく「手段」ですよね。このエリアは大阪で2番目の繁華街である難波や3番目の繁華街天王寺に挟まれている土地で、地理的には可能性があると言われています。インバウンド向けの安宿や星野リゾートの都市観光ホテル・OMO7などが建ち人気になっています。しかしそれ以前に何のためにまちづくりをするのかが明確になっていない。手段が目的に変わってしまっている気がしますね。

寺井:たしかにこのエリアは鉄道会社による取組など、改めて再開発したいと思われている地域ですよね。まちづくりにも、実は流派のようなものがあります。一番王道のまちづくりは、まちづくりとは物理的な開発であり、地価が上がりエリアの価値が上がることで地権者と開発事業者が儲かればいいというもの。山崎さんがおっしゃったのはそれで本当にいいのかということですよね。

山崎:王道のまちづくりの副産物として、まちの利便性が上がるとか、住みよいまちになるならば、それは価値がありいい流れのような気もしますね。例えば千葉県流山市の「流山おおたかの森S・C」にはいい流れがあるように思います。少し前まで地価が低下していたにもかかわらず、子育て層へのアプローチでまちづくりに成功したと。保育園にラウンド送迎バスをつけて送迎してくれるなど、保育園が充実している。デベロッパーとも組み、地価を上げるために徹底的に分析をし、それに対してソフト面も連動している。終末期のSFみたいな気持ち悪さもどことなく感じる気もしますが、「どのようなまちにしたいのか」という筋が通っていればいいように思います。

寺井:流山市は、松戸市の隣町ですね。実は松戸は団地が多くて昭和期の日本を代表するベッドタウンなんですが、その立ち位置を近年は流山市がすべて持っていったところがあります。一方でその流山でも、今問題が起き始めています。例えばこの10年で子育て世代が5万人増えた結果、兄弟が同じ小学校に通えないくらいに学校のキャパが逼迫している。多様性がなく偏りのある人口構成が問題を引き起こすのはベッドタウンあるあるで、結局は流山でも新たな課題を引き起こしています。要するにまちづくりって短期的な視点だと、最後はうまくいかない。

福祉やまちづくりの領域では、資本主義の話を嫌う人もいますよね。お金の話が出た時点で悪だと捉えられてしまう。僕は資本主義を嫌ってはいなくて、お金の話とともに「時間軸」の話をすることが重要だと思うんです。(今の)まちづくりには圧倒的に「時間軸」が足りない。流山市の失敗も、10年、15年先のことすら考えられなくて、担当者がいる2〜3年先の成果を伸ばしたいということを積み重ねた結果です。利回りに換算すると、利回り30%で3年間で回収したいと言っている話に近い。僕はまちづくりを事業として考えるなら、利回りは3-4%ほどに落とすべきだと思うし、本当は1%程度まで落とせるのが理想だと思います。利回りが1%の事業計画とは、つまり100年でようやく投資額が回収できるくらいのスピードで、逆に言えばその間も続くような骨太なビジネスを意味します。まちづくりに関わる事業者は、そのくらい長期の時間軸で関わる心意気でビジネスと向き合わなければならない。大手の再開発業者はお膝元である大丸有や日本橋、虎ノ門六本木ではそういう事業をやっていて、短期で回収して逃げ出すことなんて考えていない。資本主義を突き詰めると、数年で手仕舞いするようなビジネスより、100年間稼ぐビジネスのほうが儲かるはず。つまり資本主義を突き詰めて儲けを追求しまくると、自然とソーシャルグッドな取り組みにもなるんです。

*3 特区:民間事業者や地方公共団体による経済活動や事業を活性化させたり、新たな産業を創出したりするために、国が行う規制を緩和するなどの特例措置が適用される特定の地域。 経済特区・構造改革特区など。 特別区域。

◎文化と経済の連動する自治区で。働くことの誇りを呼び覚ますこと

寺井:生活保護があたりまえに使われている西成の状況はベーシックインカム*4 の形式に近いですよね。その根本にあるのは文化の話だと思います。つまり、西成の外だと「ちゃんとしろ」と怒られたり批判される可能性のある生活が西成ではそうならない。

山崎さんのお話を聞き、僕のなかで西成は自治区的だなと思いました。国をつくるには、文化と政治と経済と、いわゆる警察や軍隊など暴力装置*5 の、4つの要素が必要だと思っています。僕なりの定義ですが、自治区をつくるには、暴力装置以外の機能を自分たちで生み出し維持できればいい。要するに、独自の文化があり、経済が連動して回っていて、それを支える政治があるかどうか。どれかを失ったら自治区にはならない。どこから始めるか…というと、僕は利回りを落とそうというビジネス、つまり改めて違う視点の経済からじゃないかと思っていて。僕から見るとシクロはそのことを意識しているのではと思うんですが、どうでしょう。

西成で生活保護の弱者が当たり前に生きられること。この話を広げてしまうと、弱者であることを主張する方が得な人たちは、必要以上に俺は弱いですよと言うことによりメリットを得ているようにも思います。その一方で、就労支援の提供は、経済的弱者という側面ではある種「強く」していますよね。自分の足で立つことは健全だと思う一方で、生活保護を含めた弱者がいてもいい世界がどんどんなくなっていく。弱者は弱者ではなくなり、余計大変になるじゃないかと言う人もいそうですね。

僕らもシクロの入居施設と同様に家賃保証などを入れずに自分たちで与信を取り、入居者を受け入れています。そのなかには、障がいなど社会的弱者とされている方や生活保護を受給している方、アーティストなどもいる。彼らを「弱者」だから入居を受け入れたわけではありません。稼ぐ力はなさそうな人でも、話していることは面白いな、この人の行く末をみてみたいし、未来はむしろ稼ぐ力も追いつくはずと思い、入居を受け入れてきたのです。アーティストであれば作品やポートフォリオを持ってきてもらったり、まちで行う企画書を持ってきてもらったりして、それがないと金銭を持っていても入居はさせないというスタンスで運営してきました。もちろんそれでよかったと思っているんですが、徐々にオペレーションが大変になってきている。

*4 ベーシックインカム:国や自治体がすべての国民に一定額の現金を定期的に支給する制度。性別や年齢、所得水準などに関わらず、無条件で支給される点が特徴で、「基礎的所得」や「基本所得」とも。

*5 暴力装置:社会学者のウェーバーが国家の本質として位置づけた言葉。非合法な犯罪・暴力や、他国からの攻撃に対処するため、法に則った暴力行使が認められた組織・機関。主に警察や軍隊。また、それらを独占的に保持する国家のこと。

山崎:まず生活保護がベーシックインカムと同じような考え方であるという点はまさしくそうだと思います。現在の大阪府の制度では生活保護を受けている人が副収入をもつと、1万5000円ほどまで天引きされます。しかし本来であれば、年金や生活保護にかかわらず、自分の生活費を形成するための手段として何割かは貯蓄で賄ってもいいし、稼いでもいい。逆に支給される生活費のなかでカツカツにやりくりする生活を選んでもいい。このあたりは多様性だなと僕は思っています。

一方で、僕らが就労支援にこだわっているのは、「稼ぐ機会」の提供です。「稼ぐ」とは人から必要とされていることを提供し、それに対する対価でお金をもらう、とてもシンプルな行為ですよね。その感覚を得ながら、かつやりがい搾取にならないことが「仕事」なんです。それを提供することが、これまで生活保護を受けるだけで、働くことをはじめとする主体的な人・社会への関わりや貢献を避けてきた人、もしくはそういうことは自分にはできないと思っていた人に気づきを与える可能性があるのではと思っています。例えば、このあたりには未だに賭博場があるんです。賭博場は貧困ビジネスの最もオーセンティックな形式で、生活保護の方のお金を賭博で巻き上げてしまい、最低限の食事だけを与えて繋ぎ、保護費が入ったらすべて巻き上げる。一度足を踏み入れてしまったらなかなか抜け出せない仕組みになっています。ところが、シクロで1日30分働くと、その給与と障害者年金を合算すれば生活ができる。僕らは、彼らを更生しようと思ってやっているわけではありませんが、自然とその事実に気がついた人たちが「こっちの方がええわ」と賭博から労働に流れてくるわけです。

また、その際の仕事内容は就労継続支援B型*6 でよく行われているような内職や作業ではなく、付加価値の高い仕事ではないといけないと思っています。僕らは就労支援を行うなかで、シンプルに「ありがとう」と言われることが人にもたらす影響の大きさを知り、だからこそ「ありがとう」と思われる仕事を提供するべきだと思いました。そこで最初は社員食堂で障がいのある方々にシクロで働くスタッフのランチをつくってもらい、結果として「あんたのおいしいご飯のおかげで夜からも頑張れるわ、ありがとう」と、感謝の循環が生まれることになりました。さらにわかりやすく「ありがとう」と言ってもらえることが喜びに繋がるので、接客業などはみんな好きで、逆に地味な仕事は嫌がられる。仕事を得て、ありがとうと言ってもらう。その次のステップは「お金」だと思います。その仕事がわかりやすく濡れ手で粟のようなものだと自分のプライドに繋がります。自分は障がい者かもしれない、高齢かもしれない、1日30分しか働けない日もある。それでも世間並みに、もしくは世間の倍程度の時給で稼げている。その時給で稼げていること自体が誰かの役に立っているということだと自信になるのです。

もう1つ、まちおこしの文脈でお話すると、僕らがつくる西成のビールは、日本全国からアジアまで出荷しているのですが、障がい者が作っていると言うことを前に出してお伝えしていません。一時、テレビ番組で「ホームレスのおっちゃんがつくったビールで世界を取る!」というお涙頂戴的な内容の紹介があったこともありますが、基本的にはそれをしていないんです。なぜなら、商品の魅力が認められきちんとした場所で売られているということ自体が、働く人たちの誇りになるし、それは西成に対する誇りにもつながります。例えば東京では池袋西武で売っている。商品そのものが認められ、ちゃんとした場所で売られていて、売上が上がっているという事実が、彼らのプライドを補填してくれるのだと思うのです。これは僕はまちおこしと横一直線の感覚だなと思っています。

寺井:障がいのある人が、仕事の対価としてきちんと報酬をもらい認められると実感すること、自分が誇りに思える仕事をすることが大事というのはとても共感します。その話を受けてマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を思い出しました。ひときわ禁欲主義のプロテスタント教徒が、不思議なことに欲に溺れるかのように思える資本主義の発展に一役買ったという、逆説的で誰も想像しえなかった理論を語った意欲的な名著です。生活保護でもらったお金を賭博に使うような人がシクロで稼いだら、お金は増えているのに賭博に使わなくなる、というのはそれぐらい逆説的で、すごい。こういう革新的・逆説的な成果って実験を繰り返さないと分からないものなんですが、シクロがやっていることはまさに社会実験なんでしょうね。

実験を行う精神がある限り、シクロがこのまちで成長することで今の西成をある種守り、いいところを伸ばすことになります。これから先もビジネスを拡大していくことになると思いますが、山崎さんはこのあとどのような展開を考えているのかについてなどを伺ってみたいと思います。

(〈後編〉に続きます)

*6 就労継続支援B型:障害や難病のある人が利用できる障害福祉サービスのひとつ。障害や年齢、体力などの理由から、一般企業などで雇用契約を結んで働くことが難しい人に対して、就労の機会や生産活動の場を提供する。働くために必要な知識や能力向上のための訓練を受けることができるほか、生産活動に対する対価として「工賃」を受け取ることができる。
医療・福祉の事業からスタートした株式会社シクロ。デイサービスや住宅型有料老人ホーム、訪問看護、訪問介護、訪問診療、福祉用具レンタル・販売事業から障がい者相談支援まで、医療・福祉の領域における幅広いニーズに対応可能な事業を展開する。
医療・福祉の事業にあわせて、就労支援サービスも展開する。非雇用型の就労継続支援施設は9箇所。業務内容は、クラフトビールの醸造やカフェの運営に関する作業など。自由が効きやすい形態で働く場所の提供をしている。

飲食事業として、クラフトビールやハードサイダー、どぶろく等の醸造をはじめ、直営のカフェ・バーや販売所の運営なども行う。

山崎昌宣
株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表

大阪府大阪市出身。2008年大阪市内で介護医療サービスを展開すべく「株式会社シクロ」を発足。
プレイングマネージャーとして現場も経営も携わる傍ら、2018年ビール醸造所「Derailleur Brew Works」を設立、初代醸造責任者を社長業と兼任。現在は、第一線からは退くもコンセプトディレクションに従事。コンペティションに積極的に出品し、国内外で多数受賞の一方、独創性と伝統の融合をモットーに、ビールとはなんぞやと自らをも揺さぶる、多くの問題作をリリースし続けている。
次はワイン醸造とコンビニエンスストアの再解釈を目論見こそこそ準備中。

寺井元一
株式会社まちづクリエイティブ代表取締役/アソシエーションデザインディレクター、NPO法人KOMPOSITION代表理事

統計解析を扱う計量政治を学ぶ大学院生時代に東京・渋谷でNPO法人KOMPOSITIONを起業し、ストリートバスケの「ALLDAY」、ストリートアートの「リーガルウォール」などのプロジェクトを創出した。その後、経験を活かして「クリエイティブな自治区」をつくることを掲げて株式会社まちづクリエイティブを起業。千葉・松戸駅前エリアでモデルケースとなる「MAD City」を展開しながら、そこで培った地域価値を高めるエリアブランディングの知見や実践を活かして全国の都市再生や開発案件に関わっている。
MAD Cityは空家の利活用に関わる不動産、アーティストやクリエイターとの協業、ローカルビジネスの起業支援、官民連携のプラットフォーム、居住支援法人に転換したKOMPOSITIONによる福祉ケアなどからなる複合的なサービスを提供しており、2023年には国土交通省「第1回地域価値を共創する不動産業アワード」中心市街地・農村活性化部門優秀賞を受賞した。

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