政治・経済・文化の生態系を生成する「自治区・MAD City」の次なる可能性を探して
テライマンがゆくMAD Journey #4 名古屋 LIVERARY 武部敬俊+ON READING 黒田義隆〈後編〉

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資本主義経済の名のもと、経済が政治と文化より優先される社会に終わりを告げ、これからは文化を優先して政治と経済をつくりかえる時代に突入していくのではないか。そこで形づくられるのは文化圏を中心に政治/経済的な生態系を築く自治区。ここではMAD Cityと呼ぼうと思う。語弊を恐れずに表現するならばMAD Cityにはある意味てバグった(個の観点を追求し、実践を重ねることで生み出される)視点から理想郷を実現すべく奔走する人物たち、MADなひとたちが存在する。MAD Cityにとっての次なる刺激を探し求めて、まちづクリエイティブの代表、テライマンこと寺井元一氏が自治区の更なる進化形を探求すべく、MADなひとたちに会いにゆく連載企画。

vol.4で訪れたのは、愛知県名古屋市。名古屋には独特のカルチャーがある。大企業を擁する巨大な地方都市でありながら、個人の活動も目立っている。かたや、ハードコアやアングラなど禍々しくも見えるディープなカルチャーがまちに混在している。傍目から見てわかったつもりになっていても名古屋はまだまだ謎に包まれている。今回はそうした名古屋、東海のカルチャーを発信するWEBマガジン「LIVERARY」の編集長、武部敬俊氏に話を伺った。後編では、LIVERARYがまちづくり的に見える部分を寺井自身のまちづくり論から考察。途中からは黒田義隆氏が営む書店 ON READINGを訪問し、LIVERARYをかたちづくるネットワークや交換関係について紐解いていく。

Edit:Moe Nishiyama
Writing:Jumpei Ito
Photo:Rimon Joh

<前編>はこちら

◎LIVERARYが持続する理由と間口の広さについて

ーー武部さん自身が東京に出られたりもしていたなかで、現在名古屋という場所を選んでローカルに根付いた情報にフォーカスし、かつそれを続けようと思うに至った理由などがあれば教えてください。

武部敬俊(以下、武部):仮に「LIVERARY」のようなローカルカルチャーメディアを誰かがやってくれるんだったらどうぞどうぞ!ってなるんですけど、今のところいないです。新しく出会った人も含め、周りにいろんなおもしろいことをやってる人がいるから、その活動を見ているとこっちも頑張ろうという気になるんです。「次こういうイベントがあるからLIVERARY載せてよ!」っていう周りの友だちからのLINEが来なくなったら、多分もうLIVERARYやめると思います。やっぱり近くにいる人たちから支持されてなかったら終わりというか、本質的な意味でも、個人的にも、ローカルカルチャーメディアとは言えないんじゃないか?と思っています。

ーー前編でもおっしゃっていた「かっこいいだけでなく、面白く」というお話にもあったように、コアな人たちだけではなく、届ける対象の間口を広げているような印象を受けました。できるだけ多くの人に見てもらおうという姿勢になった背景にはどういうものがあるんでしょうか。

武部:東京に比べたら名古屋は「カルチャーに興味がある若い人」というLIVERARYのメインターゲット層のパイ自体が少ないので、普通に毎日会社と家の往復しかしてないような人がたまたまLIVERARYの記事を見たときや、大橋裕之さんの漫画をきっかけに何かのイベントを知ったりして、偶然の気づきからカルチャーに触れる 入り口をつくりまくることを意識しています。普通に暮らしていたら出会わないような人やイベントも、知らないからそのまま過ぎ去っているだけで、もしかしたら面白いと思ってハマる可能性がある。とにかくそういったきっかけをつくらなければ、というのがLIVERARYをやっている強い理由でもあります。小さなカルチャーコミュニティはたくさんあり、それぞれがその内側で行われることを楽しんでいますが、コミュニティとコミュニティの間にいる人たちの方がいっぱいいると思っているので、少しでもそういう人たちがどこかの輪に触れるきっかけをつくりたい。下手したらLIVERARYがきっかけで人生が変わるみたいなことを期待しているのかもしれません。ボランティアライターで入ってきた子たちの中に東京のメディアに転職した人も何人かいて、そういう子たちも、まさか自分がカルチャーに関わる仕事をするとは思っていなかった人もいると思います。僕がOTONOTANIを手伝ったことがきっかけで、誰も知らないようなディープなものを掘りたがるようになってしまったのも一緒というか。LIVERARYの記事を書く際に気にかけている点として、音楽やアートの専門用語だらけにならないように心がけています。例えば、現代アーティストへのインタビューでも、難しい専門用語がでてきた時は、注釈を載せたり「もうちょっと噛み砕いて、アートに詳しくない人が読むメディアだと思って喋ってください」と質問をするようにしていて、できるだけわかりやすく読める記事を心がけてます。

◎LIVERARYに感じとるまちづくりの意識

寺井元一(以下、寺井):LIVERARYで実践されていることの原体験はやはり、OTONOTANIなんですか。

武部:大きな転換点はそこかもしれないですね。運営している人たちは、毎年借金までしてフェスを開催している彼らをみて、もっと良いやり方はないものか?と思ったけど、そんなことよりとにかく楽しそうだったのが羨ましかったんですよね。岐阜のど田舎の小さなコミュニティの、ある種オタクみたいな人たちだったんですが、音楽やカルチャー全般に対する知識が豊富でセンスも抜群でしたし、自分もこうなりたいなとも思っていました。当時MD*1 で「ポストロック入門」みたいなものを作ってくれて「これ聞いた方がいいよ」とか言われるうちに自分でもCDやレコードをどんどん買うようになり、まさにコアな音楽やカルチャーへの入り口でした。 まだ知らないことへ好奇心を持つことも含め、いろいろと教えてもらいました。理解してもらえない人には理解してもらわなくていいですという風にしてしまったら、それはそれで楽しいかもしれないけど、その外にいる人たちとはもう永遠に出会うこともないし、そういうカルチャーは多分死ぬと思います。

*1 ミニディスク。略称MD。1991年に発表、翌年の1992年に製品化したデジタルオーディオの光ディスク記録方式、および、その媒体のこと。2025年2月28日に生産が終了した。

寺井:武部さんは本質的にはすごく、まちづくりっぽい意識を持っているという気がしてきました。

武部:まちは勝手につくられていくものだと思っているので「このまちを盛り上げていきます!」とはあまり言いたくないかもしれません。ただ近くにいる友達のバンドがかっこいいからそのバンドの次のライブを紹介したいとか、CDやレコードが一枚でも多く売れればいい、くらいの感覚で動いています。お店の紹介も同じで、誰かを連れて行きたい!と心から思えるかどうか?という判断の連続という感じで、そこに関しては 打算や計画性はないです。もう少しマネタイズが上手だったら、組織化もできたのかもしれないですが、僕一人が食っていけるくらいの規模が、地方におけるカルチャーメディアの限界なのかもしれないです。

ーーM.E.A.R.L.の記事自体も直接的に「まちづくり」を謳うものは多くないと思います。一見するとまちづくりとは関係ないような記事が多いと思うのですが、そのあたりは寺井さんはどのように考えていますか。

寺井:むしろそれがまちづくりだと思っています。「まち」という概念をどれくらい広く捉えるかという話だと思うのですが、世の中で典型的に示されているまちづくりは、僕にとってあまりまちづくりではない。「計画」というとまちづくりっぽいワードに思えますが、最近ではもはや計画に縛られると回らなくなるものだから乗り越えなくてはならないという考え方も広まりつつあります。そもそも「まちづくりやりたいです」という人がたくさんいたらおかしいですよね。それぞれが「まちづくり」をしなければいけないというより、個人がやりたいことや周りの人と一緒にやりたいことの集積がまちをつくっています。みんなが好き放題やっていることが、トータルで引いてみたときに一つのブランディングや方向性を浮かび上がらせると思いますし、そういうものだからこそ持続すると思います。一方でそれぞれがやりたいことを、100%バラバラでやるのともちょっと違う気がしていて、そういう意味でまちづくりは、モザイクをかけたような状態で解像度をめちゃくちゃ荒くしてデザインしているような感覚に近いです。もちろんまちのこと一切考えなくていいかと言われたらそんなことはないですが、ぼんやりしたまま全体整復するみたいなことが僕にとってはまちづくりという感覚です。

寺井:LIVERARYはメディアという以前に、イベントをしている武部さんがメディアをやっているという感覚に近いというか、メディアをつくって情報をただ出しているのではなく、自分自身が動くことで情報発信しているアクティビストのような印象を受けます。僕も松戸ではイベントをつくる側ですが、イベントってそこそこしんどいじゃないですか。

武部: しんどいけど、やっぱりやりがいがあるし、面白いからまたやっちゃうんでしょうね。赤字でもいいから思いついたことをやるという感じなので自主企画イベントはほとんど儲かってないですね。ということは、普通に考えてイベントはやらない方がいいとなるはずなんですけど、面白いことを思いついたから形にしたいという欲求と、実現に向けての工程だったり試行錯誤すること自体が、また次の何かに繋がっていったりもしていると思います。あとは、、 単純にイベントにきてくれた人たちが楽しんでくれているその景色を見ることができたっていう達成感に尽きるというか。思いついたとしても誰もやってないことというのは多分儲からないからなんでしょうね。でもそれを形にしたら、意外とその後になにか繋がりが生まれたりするかもね!それがまさにLIVERARYなのだと思っています。。自分が思いついたことを形にしたいのなら、損してでもやればいいじゃんと思っています。

◎ON READINGへの移動。本屋をやりながら名古屋を発信するということ

その後武部さんの計らいにより、LIVERARYの立ち上げ時からのメンバーであるON READINGの黒田義隆さんに会うことに。取材中にLIVERARY事務所兼フリースペース・BYのある今池から、ON READINGのある東山動植物園前まで移動した。終盤にかけては、LIVERARYを共に立ち上げ、名古屋で活動する黒田さんも交えてのトークとなった。

ーー場所を変えてON READINGへやってきました。先ほど武部さんにLIVERARYについて伺いましたが、名古屋の繋がりやそこで起きていることは非常に興味深いです。黒田さんはON READINGという本屋をやりながら、LIVERARYの活動に携わるということについてどのように考えているのでしょうか。

黒田義隆(以下、黒田):自分の中では、本屋でやろうとしてることもLIVERARYでやろうとしてることも方法が違うだけで、目的はそんなに変わらないと思っています。単純に面白いことを知ってほしいということでしょうか。僕が店を始めたきっかけも、自分が欲しい本を名古屋で手にできる場がなかったからです。海外のアートブックだったり個人が作ったZINEを扱っている店が名古屋にはなく、雑誌をみると東京ではそういうものが売っているらしいということが羨ましいと思い、ないなら自分でやるかというところからスタートしました。

武部:LIVERARYの元となる構想〜立ち上げは黒田さんと一緒にやりました。2013年にローンチしたので、最初にLIVERARYの構想の話をしたのは2011年とかそのくらいの頃でしたね。

黒田:2006年に名古屋の伏見でON READINGの前身となる書店を始めて、2011年に今の東山動植物園前に移転してきました。当時は商売的にもそこまでうまくいってるわけではなかったので、やり方を変えていかなくちゃいけないと。今でこそ増えている独立系の書店は当時はまだ全然なく、直取引のお願いを出版社にしても断られたりしていて。とにかく自分たちがやれることをやろうということで、海外に直接メールを送ったりと抜け道をどんどん見つけてなんとか成り立たせていました。自分たちがうまくいかないのをまちや誰かのせいにするのではなく、やれることは全部やる。LIVERARYのおかげで、普段付き合いがある人だけじゃなく、どんどんいろんな人と知り合い、さまざまなきっかけをいただいたりして、本屋としてできることの可能性も広がっていったとも言えます。

◎LIVERARYを通してできたつながりから都度発生するコレクティブ

ーーLIVERARYの活動と本屋 ON READINGをやることは、お互い影響を及ぼしあったりしていると思うのですが、それはどういうバランスなんですか?

黒田:LIVERARY自体ではお金を集めているわけではなく、WEBページを見た人がイベントの企画やホームページの制作などの仕事を依頼してくるような場合が多いです。岐阜県の各務原市からの依頼で文芸の企画をやってくださいと言われたときは、僕と武部くんで取り組みました。

かがみはら未来文化財団ホームページより引用https://www.kakamigahara-mirai.or.jp/event/10852/

武部:文芸だと黒田さんの方が強いので、黒田さんがファシリテーター、僕はフライヤーのデザインを担当し、詩人を2人読んで対談してもらうというイベントにしました。

ーー現在ではLIVERARYのほとんどのイベント企画は、武部さんが行っているようですが、どういう経緯でそうなっていったのでしょうか。

武部:ちょうどLIVERARY立ち上げから1-2年経った頃、僕らの活動もいつまでも全員が奉仕ではやってられないのでお金にしていかないといけないと気づき、元々会社勤めで仕事をしていたのですが、周りからも「会社を辞めて、背負った方がいいよ」みたいなことを言われるようになったこともあり、結局会社を辞めてフリーランスになり、実質LIVERARYを背負うことになりました。

黒田:そこからは武部くんが中心にいて、いろんな案件が来たときにそれをできる人たちがプロジェクトごとに集まって、都度都度コレクティブを立ち上げていくスタイルに自然となっていきましたね。

寺井:みなさんで組織をつくる可能性とかはなかったのでしょうか。お話を聞いていて、名古屋のシーンでは、「個人の顔が見える」というかそういう意識が強いのだろうと思いました。

武部:根本的にLIVERARYがお金のためにやってるわけではない、というのが大きいかもしれません。もちろんお金があるに越したことはないけれど、そのためにどこかからお金を引っ張ってきて、という発想がない人たちが周りには多いのかもしれない。そういう人たちが集まってたまたまインディペンデント精神だけでいろいろなことを興していって、そこにまた同じような考えの人が集まってきて、続いていったりするのかな?と。「森、道、市場」や「橋の下世界音楽祭」のような愛知の巨大イベントもそういうプロセスだと思います。

黒田:みんな個人事業主のマインドなので、属人性が強すぎて、本屋を何店舗も出すなどということは頭から考えていない。自分たちのやりたいことがやれる環境だけあればいいみたいなところはありますね。

武部:LIVERARYも僕が死んだらそれで終わりでしょうね。誰か継いでもいいけど言い出しっぺの人が死んだら終わるのが普通というか。

寺井:僕も組織づくりにつまづいた人間で、ある種個人が立っている状態で、いかにコレクティブを作っていくかということにモチベーションがあるのでそれ自体ピンとはきます。ただ、東京を見ているとCINRAにしてもQeticにしてもがっつり組織としてやっていますが名古屋ではそうならないというのはなぜなのか。

◎名古屋における企業の力 個人と接続することによる爆発は生まれるのか

寺井:もう一つ気になる点としては、東京、大阪から見ても名古屋の企業は独自に強力な存在感を示しているイメージがあります。トヨタをはじめ、本当にいろんな大企業があるじゃないですか。そういう企業と、名古屋の個人でやっているようなクリエイティブ系の人たちって繋がったりしてないんですか?

武部:あんまりなさそうな感じですね。大きい企業の間に代理店が挟まってるので。LIVERARYでいえばPARCOさんくらいですかね。代理店がいなければ、個人と大企業が直接やりとりすることもあると思うんですけどね。電通、博報堂がいなくなればそういう未来は来るかもしれません。

寺井:個人的には名古屋にはかなり興味があります。「グレートローカル」*2 という人がいるのも知っているんですが、ちゃんと解き明かされてない感があるし、実はポテンシャルがとてもあるのではないでしょうか。実は名古屋に来てからいくつかのオフィスに寄ったりコワーキングスペースに行って、さっきは某コワーキングスペースで仕事してたんですけれど、名古屋は他のまちと比べて明らかに仕事空間がリッチな気がしているんです。人が少ないからというより、空間が大きすぎて密度が低いというか。中日ビルのなかにも、東京のコワーキングにもあまりないラウンジみたいなのもありました。

*2 「グローバル(地球規模の)」と「ローカル(地域的な)」を組み合わせた造語「グローカル」のこと。「Think globally, act locally(地球規模で考え、足元から行動せよ)」という世界的な視野を持ちながら、地域の特性や文化に合わせて物事を展開していく考え方のことを指す。

黒田:中日ビルには元々大企業の人が集まるサロンがあったという話を聞いたことがあります。

寺井:じゃあそれが民主化したのかもしれないですね。とにかくそのラウンジはいろんな企業の人が入り乱れていて、そんなカルチャーを見たことがなかったので驚きました。名古屋のポテンシャルは間違いなくまだ活かしきれていないところがあるはずで、まちづくり的な経験則として、あとは関わってる当事者たちがこれからいろんな前向きなことが起きる!という空気感を持ったら、本当にいろいろ実現しちゃう気がする。そういう空気感を作るのがメディアだったり、そこから派生するブランディングだと思うんです。印象ですが、とにかくオフィス空間には企業のパワーがかなり反映されていると感じました。なんなら企業のパワーを一人あたりで割っていくと東京や大阪と比べて名古屋のほうが経済力がかなりあるんじゃないか。それがまだオフィス空間だけにとどまってる感じもしますが。

武部:コロナ禍もありましたし、とりあえずお金をボーンと出せる人がスピーディにつくった感じなんでしょうね。予算があって空間を自由に使えると、コワーキングスペースをつくっておけばお金が落ちるという発想のような気がします。

寺井:だからその経済力がクリエイティブの方に繋がった瞬間に面白いことが起きるような気もするんですが、そのチャンスは本来かなりあるんじゃないですか?

武部:LIVERARYとかに「この施設が過疎っているので、盛り上げてください」とか言われたらやるけど、自分たちから「困ってるんでしょ?」と営業をかけたこともないですし。

寺井:東京や大阪では大きな組織が、(代理店を入れず)クリエイターやベンチャーと直接やり取りしようという変化があるように感じます。僕自身もそういう仕事に関わる機会が増えてる気がします。

武部:名古屋は3周遅れくらいでいろんなものが流行ったりするので、もう少ししたらそういうのが来るかもしれないですね。名古屋には、グレーゾーンというか伸び代、余白みたいなものは、いっぱいあるように感じます。

◎LIVERARYの12年間 「おせっかい」が産んだかもしれない目に見えない広がり

寺井:ON READINGに来る前に武部さんが話していたことと黒田さんのお話にブレがないなと思って素晴らしいと思ったのですが、要するに名古屋にポツポツとありながら知られていない魅力や繋がっていないアーティスト個別の活動をどうにかしたいということだったと思うんですね。この10年くらいでその手応えだったり、変化した部分はあったりしたのでしょうか。

武部:メディアってそもそもがおせっかいな存在じゃないですか。こっちは届けた相手に任せるしかないから、とにかくこっちとしては仕掛けまくって続けていくだけですね。そうする中で気づかないところで誰かにちょっとずつ影響を与えているかもしれない。

黒田:そういうのはあるかもね。『NEUTRAL COLORS』という雑誌のアートディレクターの加納大輔くんが、学生時代、うちのお店にすごい通っててくれて、そんな子がなんとなくいたなって感じだったんだけど、何年か経って今こういうの作ってるんですと『NEUTRAL COLORS』を持ってきてくれて。それって本屋を構えていたからこそ生まれたとても嬉しい循環で、そうした目に見えるフィードバックもあるけど、目に見えていないものはもっとたくさんあって、そういうものを信じるしかないと思います。

寺井:細かい計画はなくても、今後大雑把にどうなりたいということはありますか?

武部:普通の会社みたいな組織づくりに憧れたりはしますね。普通に企業としても成功できるならしてみたい。やったことないから、やってみたいだけなのですが。あとは、名古屋を出て東京に出て行く人がめちゃくちゃいるので、LIVERARYとしては、逆に西側へもっと広げていきたいですね。大阪のバンドとかカルチャーがもともと結構好きだったんですけど、今の大阪は自分が好きだった頃よりは少し盛り下がっているような気もしていて、そこに介入して盛り上がりの一助を担えたらとも思っています。名古屋での活動をキープしながら西側へ活動領域をぐっと広げて、東海と関西の人の移動やつながりの歯車になれたら、もう一つ新しいフェーズが来るかなという思いがうっすらあります。

黒田:LIVERARYもON READINGも続けてきて、自分たちにできることが増えてきました。名古屋市や愛知県など行政の仕事が来るようにもなってきています。そういう仕事では、店だけではできなかったこともできるようになっているので、前よりも可能性が増えていると思います。毎年新しいことへの挑戦を振ってくれる人が増えているので、そういうことにチャレンジしていきたい。とにかくおもしろいことを形にし続けていくことでしか、まちを耕していけないと思うので、お店を続けながら可能性を増やし続けたいと思います。

武部敬俊
編集者
1983年生まれ。これまでさまざまな編集プロダクション、出版社に勤務し編集ノウハウを学ぶ。2013年よりWEBマガジン「LIVERARY」を仲間たちとともに始動し、名古屋を拠点にカルチャートピックを日々発信・提案し続けている。メディアの編集・運営のほか、イベントの企画制作、ショップのプロデュース、広告物や物販のグラフィックデザイン、アートワークまでを手掛け、広義における編集者として活動中。

黒田義隆
『ON READING』店主、『ELVIS PRESS』代表
1982年生まれ。愛知県出身。2006年に、書店『YEBISU ART LABO FOR BOOKS』を、名古屋・伏見にオープン。2011年に名古屋・東山公園に移転し『ON READING』としてリニューアル。様々な作家の展覧会も開催。
2009年に、出版レーベル『ELVIS PRESS』を立ち上げ、これまでにおよそ20タイトルをリリースしている。主な出版物に『( between ) YOU & ME / 塩川いづみ』『PAPER AND PEN, STORY / STOMACHACHE .』『The Kings / 平野太呂』『世界をきちんと味わうための本』などがある。

寺井元一
株式会社まちづクリエイティブ代表取締役/アソシエーションデザインディレクター、NPO法人KOMPOSITION代表理事
統計解析を扱う計量政治を学ぶ大学院生時代に東京・渋谷でNPO法人KOMPOSITIONを起業し、ストリートバスケの「ALLDAY」、ストリートアートの「リーガルウォール」などのプロジェクトを創出した。その後、経験を活かして「クリエイティブな自治区」をつくることを掲げて株式会社まちづクリエイティブを起業。千葉・松戸駅前エリアでモデルケースとなる「MAD City」を展開しながら、そこで培った地域価値を高めるエリアブランディングの知見や実践を活かして全国の都市再生や開発案件に関わっている。
MAD Cityは空家の利活用に関わる不動産、アーティストやクリエイターとの協業、ローカルビジネスの起業支援、官民連携のプラットフォーム、居住支援法人に転換したKOMPOSITIONによる福祉ケアなどからなる複合的なサービスを提供しており、2023年には国土交通省「第1回地域価値を共創する不動産業アワード」中心市街地・農村活性化部門優秀賞を受賞した。

伊藤隼平
1994年宮城県仙台市生まれ。カフェ・バーなかなかの店主。Studio Cove代表。ネットプリント「月刊おもいだしたらいうわ」。

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