MAD STUDIES

公共施設の「隙間」に侵入する、居場所づくりの実証実験──「ネオ文化ホールプロジェクト」レポート

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株式会社まちづクリエイティブによる松戸市での取り組みとして、2022年3月、「ネオ文化ホールプロジェクト」が開催された。

舞台となる松戸市文化ホールは、JR松戸駅から徒歩4分の好立地、広いスペースを擁しながらも、稼働率は今ひとつという公共施設だ。「ネオ文化ホールプロジェクト」は、そんな松戸市文化ホールのギャラリースペースを活用し、新たな文化ホール像を模索する試み。2021年3月、2022年2月と、過去2回にわたって実施された勉強会「MAD STUDIES」で、様々な講師から提案されたアイデアをもとに建て付けられた、一種の「実証実験」である。

本記事では、そんな公共施設で開かれたイベントの模様をレポートする。

Text: Haruya Nakajima
Photo: Yoshiaki Suzuki
Edit: Chika Goto

公共施設をより自由に活用する

「ネオ文化ホールプロジェクト」の会場となったのは、松戸駅西口を出てすぐ、松戸ビルヂング4階に立地する公共施設「松戸市文化ホール」だ。

松戸市文化ホールは、市民の芸術文化活動の発表の場として設置された展示施設。商業施設「KITEMITE MATSUDO」に隣接したスペースだが、この場所の存在を認知している人は、松戸市民でもそう多くはないかもしれない。

同階には展示空間だけではなく、託児所「ほっとるーむ松戸」など、需要の高い施設も備わっている。ただ、それ以外のスペースの稼働率は必ずしも高くない。駅前の物件なのに、正直に言ってもったいない。そこで、「この場所をどうやって活かせばいいのか?」という問題意識から、本企画はスタートしたという。

本プロジェクトを企画した、株式会社まちづクリエイティブ代表の寺井元一さん

ただし、もともと松戸市側も手を打っていた。2021年7月より「生涯学習サロン」が開設され、ある程度の効果を上げていたのだ。ホールの一角を飲料の持ち込み可とし、wifiと電源を提供して、目的に縛られない「居場所」としたことで、打ち合わせや自習、読書など、市民に多様に使われ始めていた。そうしたサロンを拡張するように、より自由な場の創出を目指し開かれたのが「ネオ文化ホールプロジェクト」だ。

松戸市文化ホールの一角はすでに「生涯学習サロン」として開放されている

多種多様なアイデアの「実証実験」

会場では、これまで開かれてきた勉強会「MAD STUDIES」にて講師陣から出された様々なアイデアが、ギャラリー空間に実装されていた。

まず、入ってすぐ、観葉植物と六角形に配置されたテーブルが目に入る。その後ろでは、松戸駅近くで子どもたちの居場所「さくら広場」を運営する二村たかえさんが、自家焙煎したコーヒーを提供する簡易的なカフェを何日か開いたそうだ。

「実証実験」の期間のうち何日かは、初の試みとして自家焙煎のコーヒーが提供された

まちづクリエイティブ代表の寺井元一さんによると、市民ギャラリーで飲料を提供したのは、当施設がオープンして以来初めてのことだという。これも、重要な「規制緩和」の一つだろう。また寺井さんは、「文化ホールを公園に見立てた」と語る。公園には利用目的がない。そこを訪れる人が好き好きに使えばいいわけだ。

そこで設置されたのが、建築家の中山英之さんと、サイトプランニングや環境デザインを専門とする渡和由さんによる、「備品倉庫スペース」。テーブルや椅子など、来場者が自由に使用できる什器類が、固まって置かれている一角だ。とりわけ多いのは、渡さんが持ち込んだ折りたたみ椅子。ニューヨークのブライアントパークという、誰もが自由に持ち出して使える椅子が大量に用意されている公園の仕組みを、この場所に援用した。

自由に使用できる備品置き場
渡和由さんが設置した折りたたみ椅子。会場内で自由に持ち運べる

さらに、そこには「ヒメゾウ」と「チバゾウ」という、自在に形を組み換えられる、端材を活用した木製什器も見られる。まちづクリエイティブが工務店の木村建造、建築家の長井建築設計室とともに開発した什器で、このイベントではアートエデュケーター、臼井隆志さんや子どもたちに実際に使ってもらった。現にカフェスペースの近くには、「ヒメゾウ」でつくられた囲いが、子どもたちの遊び場として機能していた。

端材からつくられた木製什器「ヒメゾウ」。建築用木材の縦横比の規格は関西と関東で異なり、「ヒメゾウ」を千葉産材を用いて関東の規格でつくったものが「チバゾウ」

別のスペースに移動すると現れるのは、株式会社Cygamesが松戸市と連携して運営する、小中高校生のためのプログラミングフリースペース「プログラミングカフェ」。普段は文化ホールの一室で週末に開催されているが、中心となっている星野健一さんのアイデアで、このイベント期間中はPCを使って誰でもプログラミングを楽しめるスペースとしてよりオープンに展開している。

子供たちで賑わうプログラミングカフェ

他にも、株式会社connelの代表・萩野正和さんがアイデアを出したサテライトオフィススペースや、松戸市議会議員でラッパーでもあるDELIさんがアイデアを出したグリーンバックを張った配信スタジオが設置されたスペースがある。どこも湾曲した壁面で仕切られていて、空間の全体像を見通せないから、部屋から部屋へと周遊する感覚がおもしろい。

動画配信用のスタジオを想定して設置されたグリーンバック

このように、多種多様な仕掛けが施された当イベントは、まさに実験室の様相を呈していた。とはいえ、これからのこの場所の使われ方については、寺井さんが言うように、「まだまだ工夫の余地がある」のだろう。

居心地を求め、「隙間」に侵入する

最後に、寺井さんが紹介してくれた、あるおじさんの興味深いエピソードがある。

実はこの空間は、窓が全て壁で潰されている。しかし、法的に採光基準を満たさなければならないので、窓と壁の間にはわずかな隙間がつくられている。

窓と壁の間の隙間は1メートルほど

それゆえ、今回のイベント以前、その隙間に入り込み、勝手に椅子を持ち込んで、読書を楽しんでいるおじさんがいた。しかし、施設側はそれに対処すべく、隙間に入ることができないよう、突っ張り棒のようなものを設置したらしいのだ。

寺井さんは、「そのおじさんが間違っているんじゃない。むしろ正しいかもしれない」と語る。

「だって、その人はわざわざ椅子まで持ち込んで、居心地のいい場所として利用していたわけです。それは、この場所のファンが一人増えたということなんですよ」。

実際に、私たちも突っ張り棒をまたいで、おじさんのいた隙間に入ってみると、隣の広場が見渡せて、なるほど気持ちいい。カフェのカウンター席のようだった。

「ネオ文化ホールプロジェクト」もまた、このおじさんのような遊び心を持って、いろいろな意味での「隙間」に侵入していったはずだ。前例のない試みをいくつも実現させた、今回の「実証実験」を足がかりに、どのようなスペースの活用がなされていくのか、今後の展開に注目したい。

 

「ネオ文化ホールプロジェクト」メンバーの一人、渡和由さんのインタビューを読む

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