地図の観察学#1 粘菌のスケールに接続(ジャックイン)する「都市GENEの抽出・反転・流通」

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天から地。北端から南端。地面から水面。山頂から地層、海底へ。果てしなく続くように思われる世界で、しかしその果てにたどり着くことなくこの世界を把握できてしまう道具、それが地図である。ポケットに収まる電子端末の画面をひらけば、まるで天空を旋回する鳥が獲物を狙うときのように、地面に点在する要所とその関係性を読み取ることができる。電子回路のように地上と地下を行き来する入り組んだ交通網の秩序を理解し、A地点からB地点へと向かう少し先の未来も自ら設定、把握することができる。地図といわれて誰もが思い描くGoogle Mapが、自らの身体を運ぶ移動に際し日々欠かせないツールとなって久しいが、しかし今日に至るまで、人類は環境を観察し、情報を整理し、さまざまな図を描き、記してきた。そこにはこの世界という得体の知れない存在を前に、それをどのように捉えたら良いのかという視座が見て取れるように思う。本連載では、現存する地図のアーカイブから、今まさにつくられようとしているアプリケーションやVR、紙の地図に至るまでメディアを横断し、地図を観察、その視座と手法を紐解きながら紹介していきたいと思う。そもそも地図とはいつ、誰がどのような手法で制作するものなのか。つくられてきた経緯や作図手法はさまざまであるはずだが、連載第1回目では筆者自らも制作に携わり、地図とはなにかという視点に立ち返るきっかけとなったプロジェクト作品《都市GENEの抽出・反転・流通》を紹介する。

Text+Edit:Moe Nishiyama
Photo:Tatsuhiko Nakagawa, Satoshi Aoyagi

◉生き物のように変容する都市の風景から

世界の様々な都市に GENE(遺伝子)があるとするならば、それはどのように抽出できるのか。そんなコンセプトを軸に制作された地図が、現在横浜トリエンナーレの関連企画BankART Life7 「UrbanNesting:再び都市に棲む」に出展されている。吉田山+西山萌+木雨家具製作所によるプロジェクト作品《都市GENEの抽出・反転・流通》。企画者であるアート・アンプリファイアの吉田山に地図制作の背景から話を聞いていく。

――「都市の遺伝子を抽出する」というコンセプトについて。そもそも地図をつくられることになった動機、きっかけについて教えてください。

吉田山:もともと僕自身が東京と熱海を行き来しながら生活しているのですが、近年、イスタンブールやニューヨーク、メキシコシティなどさまざまな都市を巡ってきました。熱海やイスタンブールは海と都市と地続きに山があるなど、水面から地面への起伏が連続している土地の構造に趣があります。今回フォーカスしている横浜も、元々山だったところを切り崩して埋立地が広げられたり、人工的に川の位置を移動していたり、横浜の由来でもある横長の浜があったりなど、他の都市に劣らずその変遷を調べていくとさまざまな地層が折り重なっていることがわかります。さまざまな都市でその土地ごとの風土や歴史があり、人や物が流通、伝搬、移動していくことでまるで生き物のように風景が流動的に変化していく。その様子がとても面白いと感じていました。とくに2023年にXRの都市型展覧会「AUGMENTED SITUATION D」を渋谷駅周辺で1週間ほど開催したのですが、たった1週間のうちに渋谷の街が変化していくのを目の当たりにしたんです。振り返るとその変化のスピードに生き物らしさをみたように思います。BankARTさんから展示のお話をいただいたとき、テーマが「UrbanNesting」だったこともあり、もしも都市にも自分たち生き物と同じように遺伝子構造があるなら、それはどのような形をしていて、どのように抽出できるのだろうかというSF的な空想を軸に地図を発想していきました。今回はその第1回目の試みとして横浜を起点にしていますが、今後世界のさまざまな都市でも同様にこのプロジェクトを行いたいと思っています。

◉機能性を排除した「眺める」ための地図

――一見すると絵画にも見えるような地図は、一枚一枚木版の手刷り印刷で制作されていると思うのですが、具体的にどのような視点から都市を捉え、地図として制作されているのでしょうか。

吉田山:《都市GENEの抽出・反転・流通》の地図がフォーカスしているのは、都市を探索/観察する非合理的な個人の遊歩移動や視点です。コンパクトで持ち運びやすく、現在地を正確に把握し、目的地にすぐにたどり着くことができる、という現代の地図においてあたり前とされる機能性を一切排除しています。なのでただ単に眺めるための地図ですね。いわゆる「地図」というと、どこか目的地に向かうために情報を明文化し、その道程やプロセスを示すものと認識されがちですが、元々江戸時代よりも前から絵巻物や浮世絵、手刷りで作られてきた地図をリサーチしてみると本当に多様な視点で土地や街、世界を捉え、記す方法があります。(たとえば山々の連なりに着目した地図もあれば水路・水脈のみにフォーカスした地図、魔法陣から描かれる地図、死の世界の地図など)

一方、Google Mapをはじめ、昨今の機能性を重視した上空からの視点は、土地の侵略や戦争での空爆、攻撃のために使われるドローンと同じ視点とも捉えられます。アプリの地図は無料で使えて便利なので、日々欠かせない道具になっていますが、個人の思想が反映される作品として新たな地図をつくる場合は、そうした合理的な機能をすべて取り外していこうと考えました。

◉地面と水面を記述する

――合理的な機能を排除した先で、実際に記述されている情報について教えてください。

吉田山:この地図では人によってつくられた具体的なランドマークや土地の名称、交通網などのインフラなどの点や線は記さず、地面と水面のみを記述しています。水面とは海や湖、河川、そして植生です。植物が生えているということは、その下に水脈があるということ。一見すると植物が生えているエリアも水面と捉え、植物をさまざまな切り口で探究・表現するコレクティブVERDEと植物を採集、蒸留するリサーチツアーも行っています。地面は都市の遺伝子を抽出するため、都市の構造上、アスファルトや建物に覆われて表層には見えなくなってしまった大地の地層に着目し、地質と地層年代を調べて記述しました。それぞれを図にしていくときに気をつけたのは「線」による地図にせず「面」のみで記すこと。境界線や道路など人が築き上げたものは往々にして線であることが多いですが、元々はそこには地続きの面しかなかったはずです。地層と地層とのぶつかりも、面のぶつかりで記しました。

◉1時間に1cm進む粘菌のスケールで

――地図が対象とされている範囲は拠点となる横浜・BankART STATIONから半径5km圏内の領域です。また地図自体はB0変形と駅貼りポスターと同様のかなり大きな判型を選んだ理由を教えてください。

吉田山:今後さまざまな都市で地図を制作していくと考えたとき、世界共通の判型で地図を出版したいと考えていたんです。紙のサイズには大きく分けてA4などと言われるA判とB5ノートで馴染みのあるB判という規定があるのですが、国際規格のB判と日本独自で使われているJIS規格は別物。また国際規格も全国共通というわけではなく、厳密にはアジア圏とヨーロッパ圏でも異なっていたりと、まちまちなんですね。そこで世界共通の規格サイズってないのかなと調べていたところ、「m(メートル)」*に辿り着きました。そこで1時間に1cmを進む粘菌を比喩に実際に100cm(1m)の版を作成しました。自分たちが1時間に1cmを進む粘菌のように対象とするエリアを定めるべく、1/10,000スケールにすることで、横浜の中でもBank ART Stationを中心とした半径5km圏内というごく狭いエリアをリサーチの対象と定めています。そこから手書きで版の元となる地図を書き起こし、版木を制作。あえてスローかつ非効率的な手刷りという手法を選び、ある意味版面の上で都市を歩き回るかの如く反転作業に徹する労働者として印刷を行いました。

*注:「m(メートル)」はギリシャ語で「測る」という意味。1791年、単位を統一するという議論のもとに地球の北極から赤道までの子午線の距離の1000万分の1を1mと定められた。そこから複数回に渡り定義が見直され、現在は「1秒の 299792458 分の1の時間に光が真空中を伝わる長さ」として定義されている。

◉地図の製版から印刷、乾燥まで。持ち運び可能な仮設ファクトリー

――ここからは地図を制作するための装置の話に移りますが、《都市GENEの抽出・反転・流通》は大判の地図でありながら、一枚一枚手刷りの木版印刷であることも特徴だと思います。版を反転(印刷)するための装置もすべて一からつくられていると思うのですが、こちらについても意図を教えてください。

吉田山:地図の反転(印刷)工程では、手描きで作図した図をレーザー加工で合理的に版木に転写しつつ、再び企画者である作家自らが労働者となり木版印刷で手刷りをするという、昨今のchatGPTGeminiのようなAIによって転倒するホワイトカラーとブルーカラーの関係性、作家が労働者であると同時に流通販売までを計算する資本家でもあるという構造を制作プロセスのなかに組み込んでいます。

そして地図と、地図を制作するための装置である印刷什器は、印刷拠点であり展示会場であるBankART Stationに設置されています。展覧会にどのような作品を設置するか?そもそも作品の定義は、この現代において、個々のフィロソフィーに委ねられています。僕は単純にインスタレーションするということ以上に別の機能を取り付けていきたいと思っています。なので、展示作品と印刷什器を両立するものを木雨家具製作所さんというオーダー家具の職人さんにお願いし制作しました。具体的には印刷に対応する和紙のロール紙をセットし、規定サイズにカットするための什器、製版した版木をセットし、木版印刷をするためのB0判以上の印刷什器、印刷後の和紙を乾かすための吊り什器。そして水脈のリサーチのために行われる植物の抽出液のボトルをアーカイブするための棚。これらを設置し、実際に会場でも印刷を行うことで都市の遺伝子を抽出・反転・流通するための仮設的なファクトリーとしての機能を持たせています。

什器自体の素材の話になりますが、今後も様々な都市に持ち運んで展開できるように最高級の木材で制作しているので、燃えない限りは僕より長くこの地球に居ることになると思います。印刷するための什器のデザインは、アンティークで現存する家具の現物やその構造をリサーチしながら、なるべく古今東西様々なニュアンスを入れ込み、アクリルの羽部分は横浜の地形をサンプリングしています。また各所に持ち運び、地図制作のための仮設的なファクトリーを立ち上げられるよう、ポータブルなサイズまで分解・梱包できるよう設計されています。

◉道具としての機能を失った地図を流通させる

――最後に。《都市GENEの抽出・反転・流通》は遺伝子を抽出、反転した後、流通することについて。地図が流通することにこだわられた理由を教えてください。

吉田山:《都市GENEの抽出・反転・流通》の地図にはISBN(International Standard Book Number)といって図書(書籍)および資料の識別用に設けられた国際規格コード(番号システム)の13桁の番号を印字しています。ISBNは一般的に書店などで流通している書籍などでJANコードというバーコードとセットで目にすることが多いと思うのですが、地図は紙1枚でISBNの付与が認められている数少ないメディアでもあります。なかなか知られていないことも多いですが、書店の片隅に大きな引き出しが置いてあり、一枚一枚個別で地図も売られているんですね。今回都市を探索や観察する個人の遊歩の視点にフォーカスし、機能性をほぼ排除したこの地図を、それでもこの流通システムに載せるということに意味があると考えていました。都市の遺伝子を抽出するため、手刷り印刷という労働を経て制作された限りなく個人的な視点の地図が、ふたたび資本主義経済に則った流通システムに運ばれた先でどうなるのか。

元々「UrbanNesting:都市に棲まう」というテーマを持つ展覧会ですが、僕自身普段から展覧会自体に別の文脈や活動や日常を持ち込む、外に連れていくことを意識しています。実際にこの展覧会の会場で製版、印刷、制作した地図は「地図」として販売し、国立国会図書館に納本し、文化のアーカイブとして登録され、書店やセレクトショップでも取り扱っていただいています。「作品」でもあり「地図書籍」でもあり、「ポスター」でもある。加えて道具としての地図ではなく、機能を失った「眺めるための地図」。実際にこんなわかりにくいもの、一見してこれが何、と言い切れないものを取り扱ってもらうこと自体、簡単なことではないと思います。しかしすでにある既存の販路(この地図にとっての水路?)を開拓するという意味でも、流通について考えるということの先に、GENEの発見があるように感じています。

ABOUT MAP

◎「都市GENEの抽出・反転・流通」の地図
価格:¥13,200(¥12,000+税抜)
版型:B0変形
納品形式:地図折
ISBN:978-4-9913306-0-5
出版:2024年3月14日 初版100部
発行者:FLOATING ALPS合同会社
https://floatingalps.stores.jp/items/6615640d77e8d20f0d609c08

ABOUT PROJECT

◎BankART Stationでの展示物概要

「都市GENEの抽出・反転・流通 」は、様々な都市を移動しアートプロジェクトや展覧会制作をおこなうアートアンプリファイヤの吉田山が企画構想を手がけるアート作品。2024年3月15日-6月9日、横浜トリエンナーレの関連展覧会であるBankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」に出展されている。また、展示期間中、地図をもとに横浜の街に繰り出し、植物を発見、採集、そして蒸留することで、横浜という都市を香りから観察する植物採集+蒸留ツアーを実施。街を歩き、植物を観察することで、都市の水脈や隙間をたどる。

◎「都市GENEの抽出・反転・流通 」製作者クレジット

地図制作

都市:横浜
粘菌役:吉田山
編集:西山萌
レーザー製版:木雨家具製作所+株式会社ロッカ
印刷:木版による手刷り/初版 100部発行
インク原料:横浜の堆肥、アラビックガム(防腐剤入)、印刷地半径5km圏内植物の蒸留液
発行者:FLOATING ALPS合同会社
印刷地:BankART Station 
〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい5-1 新高島駅 B1F
発行日:2024年3月14日 初版

参照資料:5万分の1地質図幅「横浜」(三梨昂、菊池孝男、1982、産総研地質調査総合センター)、5万分の1地質図幅「東京西南部」(岡重文、菊池孝男、桂島茂、1994、産総研地質調査総合センター)

「都市GENEの抽出・反転・流通 」
企画構想:吉田山
編集+地図構成:西山萌
什器デザイン+制作:木雨家具製作所
グラフィックデザイン/シンボル制作+地図記号設計:𠮷田勝信
植物採集+蒸留:VERDE

PROFILE

吉田山(よしだやま)
東京と熱海拠点のアート・アンプリファイア。近年の主なプロジェクトとしては、自身のアートワークとして『都市GENEの抽出・反転・流通』(BankART Station,横浜,2024)『MALOU A-F』(やんばるアートフェスティバル,沖縄,2024)、キュレーション制作として 『AUGMENTED SITUATION D』(CCBT 渋谷駅周辺,東京,2023)『風の目たち』(ジョージア&トルコ,2022-)、『のけもの』(アーツ千代田3331屋上,東京,2021)、『インストールメンツ』 (投函形式,住所不定,2020)等。
https://floatingalps.com/
https://linktr.ee/yoshidayamar/

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