市井の人々が、自らの暮らしのためにつくりだす様々なモノのリサーチを続ける、デザイナー・野本哲平。路上の発明品を、”現代の民具”と捉える彼の視点からは、人々の生活習慣や、町と人とのリアルな関係を垣間見ることができる。
本連載では、野本哲平が日々のリサーチで発見(キャッチ)した状況やモノなどを応用し、彼のデザインレーベル「民具木平」の新たなプロダクトとして制作。ただ採集するだけでなく、完成したプロダクトを路上に放流(リリース)し、還元するという、路上環境に配慮したサステイナブルな企画である。
第3回は、友人の結婚式に参列するために昨年訪れたという、福岡の町角からお届けします。
Text & Photo:Teppei Nomoto
Edit:Akira Kuroki
キャッチ編:福岡の歩道にて
東京からLCCでの空の旅を終え、午前中のうちに福岡空港に着いた。
結婚式は午後からなのでまだ時間がある。天神の宿に荷物を置き、友人から事前にすすめられていた稚加榮(ちかえ)のサービスランチへと足早に向かう。
提供される料理はもちろんのことだが、このダイナミックな空間は一見の価値があると思う。巨大なコの字型カウンターの中には、青白い光に照らされたいくつもの生簀があり、近海で獲れた魚介類が活きよく泳いでおり、何人もの仲居さんが忙しそうに動き回っている。奥には蛍光灯の白い光に包まれた厨房があり、威勢のいい板さんたちの動きが暖簾の隙間からちらりと窺える。
その後も福岡の町のいく先々で感じたことであるが、この土地で営業しているお店には、お客さんを楽しませようとか、驚かせてみようというようなサービス精神旺盛なお店が多いように感じた。
昼食を食べ終え、喫茶店「珈琲美美」でアイスコーヒーを頂き、その隣の「工藝風向」(ここでは期せずして、運命的に素晴らしいプロダクト「鈴木召平さんの新羅凧」に出会ったのであるが、その話はまた別の機会に…)に立ち寄る。すでに福岡を十分に満喫した直後遭遇したのが、今回のスツールなのである。
彫刻作品ともとることのできる、歩道に置かれたそれらの物体は、僕の勝手な判断でスツールと表現してしまったが、誰かに確認した訳ではないことをあらかじめお断りしておきます。
つまりあくまで僕の主観で、おそらくこれらはスツールとして作られたものなのではないかな?と思ったので、便宜上今回はスツールと呼ばせていただくことにします。
国体道路の歩道に整然と並ぶスツールたち。道路を挟んで向かいには福岡縣護國神社が鎮座している。
一斗缶の上に無垢の木の板が乗せられたシンプルなデザイン。一斗缶の表面からは錆が浮いてきており、長い年月を屋外で過ごしてきたことが想像できる。
スツールとの遭遇を終え、結婚式へと向かった。
メイク編その1:近所のホームセンターへ
さて、メイクタイムです。
ここで基本に立ち返ると、キャッチアンドリリースという企画および行為はそもそも、とりあげる対象自体、市井の人々(= Civil Engineers)が身の回りの材料や道具で作ったものであるのですが、メイクするときも気張らず自分の生活の範囲内で無理なくできる方法で行うことに多少なりとも意味があるのではないのかと改めて思います。
僕個人は本来、素材や道具、加工法などこだわりはじめたらきりがない性格なのですが、そこをぐっとこらえて、自分の生活圏のおよそ半径1km以内でメイクできる方法でチャレンジしてみます。
まずは主な構造体となる一斗缶探しだ。
本当は、たとえば一斗缶に入ったお煎餅を食べ終わったらリユースするといったような調達の仕方が自然ではあるのだが、そうも言ってられないので、家から最も近い中規模ホームセンターに。
缶は塗装道具が売ってるコーナーにありました。ホームセンターってすごいなあ。
中規模とはいえども、徒歩圏にホームセンターがある生活っていうのは、実はかなり豊かな環境であるなとしみじみ思う。
ここで注意が必要だが、一斗缶でも写真中央に見える天面に小さな丸い口がついたタイプと、右側のような平蓋がついたタイプの二種類があった場合、平蓋のタイプを選んだ方が今回のスツールには適している。蓋を外した状態で、つまり一斗缶の内部から外部方向への加工や固定などが容易だからである。
次に座面となる板である。
ホームセンターといえどもなかなか幅広の無垢板というのはなく、選択肢としてSPF(スプルース、パイン、ファーの3種が混在した、比較的加工しやすい針葉樹の総称)のツーバイ材一択となる。
合板や集成材という選択肢が絶対にないというわけではないのであるが、福岡でキャッチしたオリジナルのスツールが帯びている崇高さは、きっと無垢板からきているのではないか?という感じがしてるので、ここはある意味忠実にSPFといえども無垢板を選ぶ。
3尺ほどにカットされたものの中で、目の通った板を見つけたのでそちらを購入することに。
オリジナルとは異なるであろうが、今回メイクしたスツールは必ずしも屋外のラフな地面だけにリリースするとは限らない。
仮にもし室内にリリースすることになった場合、僕も家具屋の端くれとして、お客様のご自宅の床を傷つけることはお勧めできないので、床との接地面にはゴムクッションをつけることにした。色移りしにくいものを選んでおくと安心である。
先ほど、一斗缶を二つカゴに入れたのだが、その理由としては、せっかく作るなら、オリジナルに忠実な木の板の座面のスツールだけでなく、さらに自分なりに発展させたヴァージョンも作ってみようじゃないかという気持ちがあったからだ。
座面になりそうな素材を模索したところ、椅子のクッションなどの中身として使われる、ウレタンフォームが売られていたのでこちらで作ってみようと思う。
ウレタンフォームと、一斗缶の蓋との固定法を売り場で考える。
まず、その素材感が好きで何かとよく使っている綿の金剛打ちのロープでクッションも蓋も穴を開けて縛り付ける乾式案。見た目もかわいいし、固定方法としては、まず間違えないだろう。
ただ、肝心のスツールとしての座り心地を考えると、ロープの太さだけ、凸になり、快適とは言えないだろう。ロープ案は奥の手としよう。
それでは、接着剤で固定する湿式案で試してみよう。こういう場合の接着に威力を発揮するのが各方面のプロが愛用している、コニシのG17を代表とするゴム系の速乾タイプの接着材である。
僕がG17をG17と認識して、初めて自分のお金で買って使ったのは、学生時代の版画の授業だ。シルクスクリーンのための木枠に、テトロン紗をヒッパラーというなんともおかしな名前の道具でピンと張り上げて行くときに、G17を使う。
G17などの速乾のゴムのりは大雑把にいうとクロロプレンゴムなどを有機溶剤、つまりシンナーで溶かしてあるものなので、古内東子ならぬそのフルーティーな香りが好きな人は好きだと思うのであるが、吸いすぎには注意が必要である。
家具の工場などでも、普段無口な若い職人が、速乾の接着剤を塗布する作業の時だけは、口数が多くなり場が和む、そんなほっこりとした風景もよくある話だ。
そして、これもオリジナルにはない仕様になるのだが、取手である。
これは、私のスツールに対して期待する機能の持論として「片手で持てる」ということが、実は結構重要なのである。
観賞用の彫刻としてのスツールだったら、その要素はまあ、必要はないのかもしれないが、日常生活でガツガツ道具として使っていく、暮らしの相棒のような存在となるための、スツール同士の凌ぎ合いの中では「片手で持てる」ということがとても重要なのである。
どんなに軽い素材でも、どんなに美しい形でも、片手で持てないスツールは、人は(少なくとも私は)無意識に、使いづらさのストレスを感じ始め、気がついたら、厳しいスツールの生存競争から離脱しているということが多々あるのである。ちなみに「片手で持てる」というのはその字面が表す通り、どんな方法であれ気軽に片手で持てればいいのである。
例えばアルヴァ・アアルトのスツール60や、剣持勇による秋田木工のスタッキングスツールのように、脚部に甲板が取り付いているようなタイプのものであれば、甲板の端の一部でも空間があったり、脚部よりせり出していれば持つことができる。
マックス・ビルのウルムホッカーも正面から甲板を、または逆さにした場合は丸棒を持つことができる。コルビュジェのLC14のような箱状のものでも持ち手の穴が空いているのでそこを持てる。ついでに言うと、日本の箱馬も持てる。柳宗理のエレファントスツールのようなモノコックな構造のモノも、脚部のアーチ部に手を入れて持てばいい。
今回のスツールの構造タイプとしては、上にあげた事例の中だと、LC14の箱型に近いと言えるが、座面のおさまりや、DIYで気軽に作れることなどを考慮すると、とってを後付けするというのが、最適解の一つと言えるであろう。
ほぼほぼ必要なものを買い終え、足りない金物などはまた後で買うとして、加工に取り掛かる。
SPFをカット。今回は、ホームセンターのカットサービスを利用した。