Text+Graphic:SHUTOOTSUKI
Edit:Moe Nishiyama
◉空港化する街
国を移動する飛行機、離発着する空港は、行きも帰りも似た様な内装、照明、椅子に机で構成されていることに気がつく。多少の新旧の違い等はあれど、全く異なる様式の物は少ない。若干色を振りながらも、主に灰色で構成された構造物、機械類は、偏った思想を感じさせない。世界中の多様な文化的背景を持つ人種が行き交う場所で、利用者全員にとって自然で、直感的に理解できる色彩、質感の情報(インフォメーショングラフィック、サイン、プロダクトデザイン、スペースデザイン諸々)になるのは当然だ。
つまり、空港のイメージこそが、現在の世界中の文化の平均値であり、最もプレーンな情報が一堂に介している場所とも考えることができる。今後、人の往来と文化の交流が盛んになればなるほど、私たちの身の周りの情報は空港化*1していくかもしれない。それは誰が望んだことでもないはずだが、そうなってしまったとしても、多分誰も驚きはしない。
*1 銀座通り*2は、まるで空港のお土産売り場だ。人種は異なれど、買い物客という群れが通りを行き来し、まっすぐに伸びる中央通りは動く歩道を思い起こさせる。
*2 銀座通り https://www.tripsavvy.com/the-top-things-to-do-in-ginza-4588805
◉アンチローカルジェネレーション
お祭り*3はローカルの原液みたいだ。「ローカル」は個人単位のつながりが造る盤石な自治的組織。大きなご近所付き合い。それは、お互いの関係性を、ポジティブなものとして保たせることそのものを利益として認識し、行われる。自治体にとっては短期的な儲けよりも、地域間での交流が長い目で見たときの利益になる(もちろん屋台は儲けを出すのに必死だ)。
都会で見かける場所は大概巨大資本により利益追求のためだけに作られているから、なかなか人間臭さを感じることはできない。しかし一方でローカルな和菓子屋は、表層化はされていないものの都市開発という名目のもといつ立ち退きを強要され、100円ショップやらコンビニエンスストアに取って代わられるかもわからない、不安要素を常に持ち合わせている。その点空港にあるものは全て人間臭さがなく、人工的な出来立てのプラスチックのような匂いがする。それ自体が空港のリアル。
空港には最初から、いつ潰れるかもわからないというような不安定さを孕んだ江戸時代から続く老舗店などない。あるのは、老舗店のイメージを参考に作った木材調にカラーリングされたプラスチック製の看板、書家の書いた文字風にPCソフトで作られ、プリントされ、プラスチックケースに入れられたメニュー表だけ。ロビーには寒色系のグレーのタイルカーペットが延々と続く様に敷かれている。コーヒーをこぼしても、速攻で一枚ずつ張り替えられる。
◉全員でつくる社会のイメージ*4
社会のシステムは私たちを、一般市民として定義づける。その存在は絶対で、その中での個々人の振る舞いが社会全体を構成する。
狂気や鬱といった存在は、人を悩ませるが、常にそれに向き合っているわけにもいかないので、基本的な生活の上では見えないもの、隠すものとして扱われる。
資本主義経済で回る社会は、利益を追求するという基本理念の元で、無意識の内に戒律を作り、それこそが私たちを人たらしめる。それはゆっくりと、あらゆる思考を構成する基盤となり、一つの目標one directionとして人を導く。
その目標を明確にするためにはイメージが必要だ。映画やドラマ、漫画に広告やパッケージ、あらゆる媒体によって作られたイメージは欲望を喚起し、*4呼び起こされた欲望が誰かの努力につながる*5。誰かの努力は、また別の誰かの日々に幸福をもたらす。欲望を作り出すことで巨大な社会が確実に動き出す。イメージは徐々に形をおび、金銭が動き、文化が形成され、そこに生活が形作られる。
経済の仕組みによって予め用意された目的が、人を人として生かしてくれている。サービスを作り出し、またサービスを消費するだけの日々は、断じて卑下されるべきものではないのである。
*5 プラダを着た悪魔で、主人公は急に多忙になるが人生が輝き出す。それは、ファッション業界という社会が彼女に多忙な日々と理想と夢を与えてくれたおかげ。
PROFILE
おおつきしゅうと
1996年生まれ。東京生まれ。グラフィックデザイナー。主に、文化事業にまつわる宣伝広告やロゴマークなどを制作。クライアントワークと並行し、アイコニックと複製イメージと都会の関係性を探求し、ドローイングや書体、テキストを自主的に制作し、発行している。
https://www.instagram.com/otsukishuto/