株式会社まちづクリエイティブの本拠地である、千葉県松戸市。その駅前半径500メートル内の仮想自治区「MAD City」には、賃貸を行っている数多くの物件がある。
古かったり、作りが特殊だったり──いわゆるワケあり物件にも思われるそれらの多くは、賃貸にも関わらず入居者によるDIYやリノベーションが認められており、独自のクリエイティブな発想のもと生活空間を彩りたいというクリエイターたちから人気を集めている。
本企画ではそんな個性あふれる入居者たちを訪ね、彼らの発想から立ち上げられた生活空間とその工夫を2記事に渡ってレポートする。
photo:Takashi Kuraya
texti,edit:Shun Takeda
8月8日、気温35℃近い灼熱のMAD Cityを歩く。松戸駅から常磐線に沿って南下していくとあっといまに喧騒を離れ、戸定が丘歴史公園の緑が目を癒してくれる。蝉しぐれに包まれながら歩くこと15分、「いろどりマンション」に到着した。
1974年に120戸を数える大型分譲マンションとして建てられたこの「いろどりマンション」。レトロな雰囲気ではあるが、共用部を含め心地よく管理されている印象だ。MAD City内でもDIYの猛者たちが集うというこの物件から、リサーチをはじめよう。
加藤敬さん(プロダクトデザイナー)
この部屋に住んで3年になるという、加藤さん。招かれるまま奥のリビングに足を踏み入れると、白く塗った壁に覆われていることもあり、自然光の明るさに驚いた。
白を基調とした広大なリビング
リビングの照明はこの一灯だけ。採光された光が部屋の中に広がっていくような心地よさだ。
それまで都内でジュエリーショップの内装デザイナーとして働いていた加藤さん。ウィンドウディスプレイや催事で必要な什器やブースの設計、制作、施工、そのスケジュール管理などを川上から川下まで一手に担当していたという。
「仕事で得た技術を、いつか自分の部屋に活かしたいなあとは思っていたんです。そんな時にMAD Cityの存在を友人づてに知って、この部屋に出会いました。魅力はやっぱり改装可能かつ原状回復が必要ないところ。1年間、どんな部屋にしようか考えていましたね」
もともと3DKだったというこの部屋の改装は、まず壁などの解体からスタート。扉や押入れなど不要なものをすべて解体していった。
「床も全部剥がして気に入った板を入れました。一度スケルトンにした後、壁は風合いを残しつつ白く塗ったんです。住みながら解体していったので、男性でもドン引きするような汚いところで生活していました(笑)。それこそ養生シートを貼ってその上で寝てましたね」
持てる技術を活かした改装の対象は、ハードだけに留まらない。
リビングの隅に設えられた飾り棚ももちろん自作のもの。
日々のアイディアを形にする作業スペース
もともと寝室としての利用が想定されていたであろう玄関にもっとも近い部屋は、日々の生活で生まれたアイディアを形にする作業スペースに。様々な機材が置かれていて、基本的な作業が行えるようになっている。
現在来年の国内外での活動のために準備をしているそうで、ここで様々な試作品が生まれていきそうだ。
ちなみに加藤さんの作品は下記のInstagramで閲覧できる他、BASEで購入することも可能。
Instagram:https://www.instagram.com/itsukanodesign/
BASE:https://itsukadesign.thebase.in/
自作カウンターキッチンと禅的空間としての和室
もともとはダイニングだった空間は、和室に。一度剥がした床にコンクリートを流し込み、一段高くあげた上に畳を敷いている。壁面には深い色の和紙を使ったことで、真っ白で光に満ちたリビングと対比的になった陰の空間が美しい。
ダイニングテーブルには仕掛けがほどこされていて……。
さらに小さく折りたたむことができる優れものだ。
「ちょっとこれ作りが甘いんですよね……」と少し手間取りながら、実演してくれた加藤さん。
とはいえ少し目を細めていてうれしそう。自作した家具ならではの愛着なのだろう。
ベンチにもなるキャビネット、部屋のこれから
最後にこれからの話をうかがおうと思って声をかけると、加藤さんはキャビネットに腰をおろした。
「これは一昨日つくったばかりなんです。収納なんですけど、中に芯を入れてベンチとして座ることもできるようにしました」
3年の生活の中で、徐々に形づくられていく部屋。その時々に欲しいなと思ったものは、すぐに買いに行くのではなく、時間をかけてプランし自ら制作する。その時間が楽しいのだという。
「ここ何か飾りたいなと思って、枝ひろってきたんですよ。いい形でしょう?」
そうやってにこにこと嬉しそうに語る加藤さんを見て、一軒目の取材にも関わらず、早くも自分の中にある住まい方における価値観が心地よく崩れていくような感覚に襲われた。
井上龍貴さん(プロデューサー)
続いて訪れたのは、おなじくいろどりマンションで家族3人で暮らす井上さんのお宅。こちらの部屋は壁がすべて取り払われ、巨大なワンルームのような状態になっていた。同じマンションにも関わらず、これだけの違いがあるのかと自分の目が驚いているのを感じる。
全体を見通すことのできる、広いリビング
取材陣の目にまず入ってきたのは、空間の広さを活かしたリビングルーム。LDK=部屋全体といった形になっているので、軽い運動も気楽にできそうな広さだ。
もともと株式会社まちづクリエイティブの社員だった井上さん。入社時に地元から松戸に家族でやってきて、この物件に出会ったそう。当時、前の住人だった建築家の方によってこの部屋はフルスケルトン状態にされていた。床には焼き付けたコンパネが貼られている、というかなりハードコアな改装が施されていたそうだ。
「よし、改装がんばるぞと思って家族3人でやってきたんですが、すぐに『あ、これなんとかならないわ』って気づいたんですよ(笑)。というのも、まず床板を張り替える必要があって。そこで最初の1ヶ月は妻と子どもに実家に戻ってもらい、その間にひとりで床を貼って、きれいなエリアと汚いエリアに分けてひとまず眠れるようにしたんです」
幸いだったのが前の住人が建築家だったこと。連絡をとって工具を借りたり、配線の状況を確認したこともあったという。
「素材にこだわっておしゃれに住まわれてたんですが、家族3人の暮らしにはフィットしなかったので色々手を加えましたね。びっくりしたのはテレビの配線。おかしな位置にあったので電話して聞いてみると『あの辺に埋まってるはず…』と言われて。言われた通りに壁に穴を空けてケータイをカメラモードにして突っ込んでみると、たしかにあったんです! 自分の部屋で『発掘』をすることになるとは思いませんでした(笑)」
家族で使えるキッチンと箱馬型のチェア
個性的な暮らしを送っていた前の住人は、キッチンも独特な使い方をしていたらしい。
「もともとあったのは炊き出しで使うような、一口で巨大なチャッカマンで着火するようなコンロだったんです。なのでまずそれを取り替えて。カウンターも家族で使いやすいように採寸して、ちょうどいい高さのものをつくりました」
そんな原状回復が必要のない改装可能物件ならではの悩み(?)を笑いながら聞いているのは、ダイニングルーム。これまた自作のダイニングテーブルとチェアのセットが設えてある。
あまった端材を使ってつくれないか、と思い立ちやってみたというこのチェア。シンプルな形ながら、しっかりとした下座り心地。中央部にはかばんなどの収納にも使えるスペースもあり、使い勝手もよさそうだ。
怒涛のDIYライフ
これまでも趣味としてさぞいろいろな家具をつくってきたのだろうと思いきや「全然そんなことないんですよ」と話す井上さん。
「もともと興味はあったんですけど、ここに来るまでは簡単な本棚をつくるくらいしかやったことなかったんです。なのでネットで調べたり、すぐ隣に住んでいる大工さんに聞いたりしながら進めました。道具も貸してくれるんですよ」
特に力を入れてつくったのが「寝室」。メインのLDKを大きく取りたかったため、寝室兼クローゼットをつくりたいと思っていた井上さんは、斬新な工法を思いつく。それが既製品の二段ベッドを基礎として、そこに壁面パネルをつくり取り付けるというもの。二段ベッドの2面をベースにL字型に壁を取り付けることで、仕切られた空間としての「寝室」をつくりだしたのだ。
写真は二段ベッドに取り付けた壁面に施された飾り棚。この「壁」が登場したことで、玄関からLDKに続く「廊下」が生まれることにもなった。レディメイドなものと組み合わせることで、工数も費用も縮減させることができたという。
改めて部屋を見回してみると、買ってきてそのまま使っているような家具が見当たらない。このローテーブルもホームセンターで購入できるガス管を組み合わせてつくったもの。
「部屋自体が改装可能だと、自分たちの暮らしに合わせて調整ができるので、結果必要な家具も自然とつくっていくような感じになりましたね」
そう語る井上さんがこれからつくりたいと考えているのは、来年小学校に進むという娘さんの勉強机と棚を一体化させた大型家具。
すでに置くスペースは確保されており、生活しながらどんな棚にしたいかを考えていくそうだ。
古平賢志さん(飲食店経営/コンサルティング)
前半パートの最後に訪ねたのは、住居ではなく飲食店。それもかなりの個性派だ。古平さんが手掛ける「Tiny kitchen and counter」は、わずか4坪という狭さの中で創作的なコース料理と自然派ワインと純米酒を提供するカウンター&スタンディングのお店。
店内に足を運ぶと、カウンターからはたくさんの見慣れない花と植物が吊り下げられている。つい先日まで南インドまでリサーチに出かけていたことの一環で、飾り付けたそうだ。
「ぼくは飲食店のコンセプトメイキングやコンサルティングを事業にしているんですが、自分の世界観を見せるためのショウケース的な場所を持ちたいなと思っていたんです。そこで出会ったのが、この縦長で狭小の物件。もともとは行政書士さんの事務所だったそうなんですが、見た瞬間に『ここはおもしろい!』とひらめいた。もっともそれはぼくだけで、まわりの人からは反対しかされませんでした(笑)」
たしかに、素人目にも飲食店には向かない物件だと思う。でも、いやだからこそ、その縦長の特徴を活かしてカウンターとスタンディングを選び、狭いにも関わらずとことん質の高い皿を出してみたい、という発想からお店作りはスタートしたという。
素材も調理方法もオープンになるカウンター
その間取りから一般的な飲食店とは、店作りの方法論も大きく異る「Tiny kitchen and counter」。
「普通飲食店って、厨房の広さを出来る限りにとどめて席数に充てるのが鉄則です。でもぼくは厨房にある程度面積を持たせたかった。料理人って不透明性が高いじゃないですか。だからここでは食材も調理している姿も、すべてオープンにしてダイナミックに見せたかったんです」
制約を活かしたアイディアの実装
狭さや予算などの制約の中で、様々なアイディアも生まれていったという。
「例えばこのカウンター上の素材。家電売り場の天井に使うあるワイヤーを通すためのもの。強度が高く価格も安い実用的な素材で、デザイナーの方からそういうアイディアをたくさん出してくれたんです」
その他にも工夫はたくさん。お店の顔にもなっているカウンターは、その素材は古い家具の突板をつくっている業者さんに当たったそう。化粧板を彩ってきた突板の多くは、現在プラスチック製品に変わってしまっており、かつて突板用に使われていた素材を破格で入手できたという。
ストリートに突如現れた茶室的空間
特に思い入れの強い部分は、トイレ。躙口のように高さを下げ屈み込まないと入れないようにし、扉にはかつて蔵で用いられていたものを使用した。
年代を感じさせる素材が、お店の奥に静謐な雰囲気を漂わせている。
「お店自体を茶室のようにしたかったんです。だから内装の色味を落とすことで、お皿を最も鮮やかな存在として見せたかった。照明もそのために調光しています。カウンター下の石は実は道路の縁石で使われている素材。内と外の境目を無くして、ストリートに突如現れた茶室的空間で、スタンディングでコース料理を出す。そういうことをしたかったんですね」
それぞれの世界観に必要なものを作り出すこと
住居と店舗。三者三様の個性あふれる空間を回ったが、共通していたのは
・当事者が空間に対する理想の世界観を持っていること
・それに基づいて、必要だったり欲しいものを作り出すこと
だった。ハードがカスタム可能ならば、そこに置かれるソフトとしての家具もぴったりとフィットしたものでありたい。そんな思いがかれらにものづくりを促しているのかもしれない。
そんな気持ちを抱きながら、取材後半としてMAD Cityのフラッグシップ的物件であるMADマンションに足を運んだ。
【#2に続く】