再現不可能な食事と、経路の反芻としての部分的レシピ―第1回 食べ始めと食べ終わり りんご、焼肉、レモネード

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チェーン店もコンビニも、家庭の食事も、食事は食事。千差万別な食を客観的に事実とされているものから個人的な体験まで自由に往復させるための思考に取り組む。食事の方法なら、誰もが納得するおいしい料理のレシピを共有したいところだが、他にもっと料理が得意な人がいる中で今更自分が再現可能なレシピをつくっても仕方がない。どうせなら全く再現できないレシピを書いて、読んだ人がそれを実践しないまま、でも自分の食卓をつくれるような手がかりをつくりたい。東中野にあるカフェバー「なかなかの」を経営する店主・伊藤隼平が、飲食店を始めてから(あるいはそのもっと前から)食べることについて考えたことを、散歩の時に経路を選ぶようなやり方で過去を気ままに思い出し、書き込みを行った食事にまつわる断片シリーズ。

Edit+Text:Jumpei Itoh

◉再現不可能なレシピ

本稿で紹介するレシピは、極めて再現が難しいものになる。また、食材や調理器具、調理方法など通常のレシピに載っている情報以外の情報が多く組み込まれる。なおかつそれを必然的なものとする。ある場合は自分で料理をつくらないこともあるだろう。レシピを成立させるためには材料として、電車への乗車という「調理以外の行為」や、チェーン店の飲食物のように「誰かがつくったもの」が出てくることさえある。なぜか。それはこれから紹介されるレシピが、料理を手際よくつくる、あるいは味わいを正確に再現するための工程表ではないからだ。その全く逆で、時にあまりに効率が悪く、誰もがおいしいと思える確証もない。これは「料理のレシピ」ではなく「食事のレシピ」と言ったほうがいいかもしれない。食事のレシピとは、食する人と食されるモノの移動の軌跡であり、味わうことの方法論のことである。「食べる」という出来事が発生するまでの経路を注意深く見つめ、記録すること。これはグルメ旅の記録ではなく、「食べた」という過去の断片を拾い集め体系化することによって、食事をつくるためのレシピ(=味わうこと)を身体化していく作業だ。

記憶とは過去へのたえざる書き込みである
――ヴァルター・ベンヤミン *1

◉「りんごを食べる」

レシピ-01 テレビを見て、皮が剥かれるのをまちながら食べるりんご

月曜の20時を過ぎた頃。「世界まる見え!テレビ特捜部」が始まる頃には食事は台所に下げられ始める。代わりにテーブルへとやってくるのは銀色のボウルと包丁。母がテーブルのカゴに積まれたりんごを手に取ると、皮を剥き始める。子どもはそれをソファか、床か、あるいはそのテーブルに座っているときに、テレビを見つつも、同じ空間の出来事として経験する。狭いリビングでりんごの皮を剥く場合、その行為は空間に対して強く働きかける。りんごの皮が剥かれる音を、りんごの果実が空気に触れて香る、雨が降ったときの木みたいな爽やかな匂いを、それを眺めるともせずに、りんごを口に入れる前から私たちは経験する。りんごの皮が剥かれると、ボウルに同じ形をした白い塊が溜まっていく。芯や皮が出てくると、それを受けるためにティッシュをとる。目の前で解体されたばかりのりんごを食べる。食べながらテレビを見ている。

<手順と過程>

必要な物事
・りんご
・包丁
・ボウル
・テレビ(またはスマートフォンなど、気を散らすもの)

つくりかた
①誰かを呼ぶ
②まな板を用意してはならない
③テーブルの上でりんごの皮を剥く
④全部剥き終わる前に食べ始めてしまう

ひとこと
・テレビなど、視覚的にりんごが剥かれている状況にフォーカスしないようにするとよいでしょう。

レシピ-02 工場でカットされたりんご 白湯と一緒に

コロナ禍における東京、家の近所のコンビニ。会社の通達により一斉に在宅勤務が始まり、誰にも会わなくなった上に、外食も全くしなくなった。不健康な食生活が続くと、それまで見向きもしなかったカットりんごがなぜか魅力的に見えた。朝、コンビニへと出かけてカットりんごとコーヒーを買う。白湯を飲みながらカットりんごを食べ、仕事をしながら一緒に買ったコーヒーを飲むのがその時期の日課になった。

りんごは誰も剥いてくれない。自分も剥きたくない。手間賃の分だけ、量は少ないのに普通のりんごよりも高くなる。工場に大量に配送されたりんごは、そこで働く人の手によって機械へと流し込まれる。踊るように洗浄されたりんご。人の手の代わりに機械によって自動的に、どんどんと皮が剥かれていく。芯を固定する留め具が回り、固定されたピーラーからりんごの皮が飛ぶようにむけていく。カットされたりんごは消毒され、すぐに腐らないように加工され、小分けのパウチに詰められていく。辿る経路の違うりんご。どちらがおいしいのか、一概に判断するのは難しい。

<手順と過程>

必要な物事
・コンビニのカットりんご
・白湯
・コンビニのコーヒー(あれば)

つくりかた
①不健康な体に対して配慮の気持ちが生じるまで待つ
②仕事のことで頭がいっぱいになりながらコンビニへいってりんごを買う
③お湯を沸かす

ひとこと
「皮をむいて食べやすい大きさにカットしたりんごです。
外出先や忙しい朝など、手軽に果物が食べられます。」
参考:https://www.sej.co.jp/products/a/item/250840/

◉焼肉と移動経路

小さい頃、家族で焼肉を食べに行くことがとても楽しみだった。少年野球を10歳で始めてから尚更楽しみに感じるようになった。思えば最初にうつ気味な気分になったのは小学生の頃で、原因は野球だった。練習でボールが取れなければ、コーチに「タコスケ」と怒鳴られて嫌な気持ちになった。指導に愛を感じず、練習も試合も楽しくない日々。野球の練習の前日、金曜日と土曜日の夜は必ず、本気で空に向かって手を合わせ「雨を降らせてください」とお願いしていた。キリスト教系の幼稚園に通っていた名残で、ことあるごとに神に祈るという行為がまだぎりぎり身体化していた頃の出来事で、祈っている脳裏にはいつも架空の神の姿と、雨の水飛沫がグラウンドをびしょびしょに濡らす映像が流れていた。行きたくない日に雨を降らせてくれるような都合の良い神などいるはずもなく、練習は続く。しかし野球帰りの夜、帰ってくれば次の土日まで野球をしなくてもいいという解放感とともに、家族に連れられて食べる焼肉は、他では味わえないおいしさをもたらしていた。

よくあるまちの焼肉屋。まずはタン塩を頼み、あとはハラミを頼む。それ以外は必要に応じて、というのが家の暗黙の決まりだった。直火の低温で焼き上げ反応した肉の油とけむり。それと混じった醤油とニンニクによる風味と肉の旨みがもたらす衝撃を人生で初めてくらった。来店できる頻度からみても、他の食事と比べて明らかに食費が高いことが子どもながらにわかっていた。

焼肉を食べ終え、どんな経路を辿って帰るのか。何通りもあるその選択肢から導かれる決断は自分の外食体験にとってはとても重要な意味を持っていた。最初の決断は、食後に配られるガムを噛むか、噛まないかという問いに対して訪れる。あまりにおいしかった焼肉を忘れたくなくてガムを噛まないこともあった。かと思えば思春期になると自分の口臭が気になってそそくさとガムを噛んだりした。その後もどの街区をいつ曲がるかによって、経路が変わり、途中に現れる店も変わってくる。歩くことも同様に決断の連続だ。コンビニに寄るか、ショッピングモールに寄るか、まっすぐ帰るか。「焼肉を食べた」という経験を左右する瞬間の判断が常に歩行者を誘惑する。アイスクリームにするか、アイスクリームなら柑橘系がいいのかバニラがいいのか、あるいはお腹がいっぱいだからミルクティーを飲むか、冷たい緑茶で締めるか。りんごを食べ始める前からりんごを食べているのと同じで、私たちは食べ終わった時間も含め「食べている」ということを知ったのはあの道選びからだった。嫌で仕方なかった野球のことを束の間忘れて、幸せな日曜日のテレビを夜遅くまで見ることができる期待に心躍りながら一歩一歩の道を踏み締めるのであった。

おいしさを感じるというのはある意味、散歩をするときに土地の風景を味わうのに似ている。食べる経験の総体はある土地からある土地へ向かう経路の選択の結果と同じで、いろんな景色を通過する。味はおいしくてもつまらないこともあるし、味がおいしくなくても楽しいことがあって、それが最終的に醸成される味のイメージを曖昧にする。

レシピ-03  移動経路を入念に選ぶまでが焼肉の焼肉

<手順と過程>

必要な物事
・練習する事柄
・焼肉屋のタン塩、ハラミ
・コンビニやスーパーなど、家に帰ってからの過ごし方を豊かにする寄り道の場所
・テレビ

つくりかた
①嫌になる程何かの練習をする
②焼肉屋でタン塩、ハラミを食べる
③帰り道、なにをするのか、どのように振る舞うのか、どのような道を行くのかを用心深く選ぶ
④家に着いたらテレビをつける

ひとこと
大人になってお酒を飲む方なら、焼肉の時にお酒を頼んでしまいがちですが、たまには我慢してみましょう。帰り道を楽しむ余力を、飲酒から守ってみるのです。

今までで最高の焼肉と言われたら間違いなく一択。2014年9月15日に食べた牛角の食べ飲み放題コース。横浜で過ごした大学時代のハンドボール部で遠征が続いた時期のこと。どんなにおいしい焼肉を食べても、あの牛角には勝てない不思議さが、この文を書くきっかけの一つにもなっている。読者が再構成する場合には必ずしも条件の完全な一致は求めない。

レシピ4 メンバーの合意形成における焼肉 強制的で過酷な移動を添えて

<手順と過程>

必要な物事
・試合
・必要以上の電車遠征
・牛角の食べ放題

つくりかた
①2014年9月12日 
横浜駅14:37ー水戸駅17:43

②2014年9月13日 
水戸駅10:20ー茨城大学10:38
試合12:00- 対戦結果:敗北(34-39)
茨城大学18:36ー水戸駅18:54

③2014年9月14日 
水戸駅10:20ー茨城大学10:38
試合13:20- 対戦結果:敗北(28-35)
茨城大学15:08-水戸駅15:26
水戸駅16:31ー勝浦駅20:50

④2014年9月15日
勝浦駅11:03-国際武道大学11:08
試合(14:40-) 対戦結果:勝利(32-31)
国際武道大学17:56-勝浦駅18:01
勝浦駅18:19:-横浜駅21:19
横浜駅ー牛角 横浜ムービル店 21:00以降限定 食べ飲み放題コース

ひとこと
遠征は、車でしても構いませんが、味が変わることがあります。乗り物による移動の違いを楽しんでみてください。

◉打ち上げという儀式

なんでもかんでも、ことあるごとに打ち上げや飲み会をしたがる文化は近頃不人気になりつつある。生産性のない食事は余暇生活を圧迫するだけだからだろう。つまらない打ち上げは、居場所のない場所をつくるのと同様、誰かにとって暴力となる。だが、ケアする気持ちを共同で用意し合える打ち上げはむしろ盛んに開催したほうがいいとさえ思う。食べ飲みが会話にうまく介在する会では、集団のコミュニケーションを生身の人間同士が正面からぶつかり合う本質的なものから、非本質的なモノや事柄を主題とした共同作業(幹事、会計、乾杯、皿のとりわけ、黙っている、おしゃべりするなど)へとさりげなく変換されていく。

レシピ-05 ケアする気持ちを共同で用意し合える大皿料理と席の配置

<手順と過程>

必要な物事
・大皿(自分でつくる場合。店で食べる場合には一番大量なものを頼む)
・参加者がとにかく移動しやすいと思えるテーブルと椅子、またはその配置

つくりかた
①とりわけがいのある料理をいくつか用意しておく
②打ち上げの対象を細分化して労いあう
③幹事は参加者へのゆるやかな役割を積極的に配置し続ける
④定期的に参加者がいるその場を移動せざるを得ない仕組みを確保する

ひとこと
幹事はむしろ楽しめない、というのが一つの成功の形になると思います。犠牲というとネガティブな印象に聞こえますが、結婚式に参列する新郎新婦のように、幹事は何か別の時空の論理に突き動かされながらうわの空でいるのがいいかもしれません。

◉移動経路を可視化する

「なかなかの」を始めて2年くらい経った頃、今更と感じながらテラスに庭をつくろうと植物を植えた。植物は気に入っていても手入れがうまくできなければ枯れてしまう。メンテナンスすることは労苦だが、その分愛着が生じる。店をやっていると、店にあるものならなんでもこだわることができる、ということもズボラで無頓着なほうなので、なかなか気づくまで時間がかかった。庭の植物の様子をみるように、実は何事に対しても関わるための「愛着」を設えることが面白いのかもしれない。開業してからバタバタ準備をしているうちに特に考えずに揃えた店のあれこれ(椅子、食器、庭、料理、雑貨、配置、トイレの手紙など)は、たまに「なんでこれなんだっけ」と問い直したりしないと店は停滞する。商品ももちろんそうで、自家製レモネードへの愛着も愛媛の大三島に行って以降変化しつづけている。
レモネードは元々店の人気商品で、味もおいしい。庭をみるように店をみるようになってから、このレモネードも全く知らないレモンより愛着の湧くレモンでつくったほうが楽しいんじゃないかと思うようになった。思い立って知り合いのツテをたどり、レモン農家と知り合って実際にその土地を見に行くことにした。そもそも風景を鑑賞し、彷徨い歩くことが好きな人間にはうってつけな仕事の作り方だと、気がつくまでにだいぶ時間がかかった。

レモンは夏のイメージがあったが収穫時期は実は冬らしい、という基本的なことさえ知らずにいきなり訪れた島で出会った私にも、彼は優しくいろんなことを教えてくれた。私は人生のある時、売らなくてもいいと心から思っている商品を顔も知らない人に売るのを手伝う、という仕事をやっていたことがあるが、結局心が辛くてやめてしまった(その時食べていたカットりんごにはだいぶ救われた)。それでそのまま流れるようにカフェを始めたのだが、この土地で知り合ったレモン農家は私と同い年で、前述したのと少し似たような理由で前の勤め先を辞め、見知らぬ土地でレモン農家になったという。彼は島に家を借りて移住し、訳あって引き継ぐことのできた柑橘の木を育てて暮らしている。大三島のレモンは果実味がしっかりしていて、絞るとジュースのような果汁が出てくる。酸味の中には少し甘みもあって、それが皮の匂いと一緒に口に広がるので、シンプルにレモンサワーに入れるだけで、とてつもなくうまい。大三島の隣の生口島にはレモン鍋という名物があり、これまたとてつもなくうまい。収穫したレモンを店でレモン鍋にしたら、加熱したレモンの皮から苦味が出てしまったというのを彼に言ったら、「鍋で煮込みすぎるとそうなってしまうのだ」と教えてくれた。先に聞いておけばよかった。

スーパーや卸売にはなぜかいつでもあるレモンで一年中レモネードを作っていたが、季節と土地の限界性を考えれば「大三島のレモネード」は期間限定でしか作れない。でもひょっとするとそのほうがおもしろいのかもしれない。食事を構成するモノの流れには必ずそれぞれが巻き込み、巻き込まれている世界が付随している。それは目に見える場合もあれば、見えない場合もある。それぞれの世界が付随したモノは、それを味わう人すらも含めて「経路」を移動しながら、食卓ないし食事の経験へと変換されていく。そうしたプロセスを不可視のままにしておくことは今の時代においてはある意味で自然である。スーパーに並ぶ食肉と食肉になる前の鶏に物理的対応関係を見出そうとしないのと一緒で、あえて見ようとしないことの方が多いかもしれない。全ての食に意味を見出し、価値を交換しようとするとそれはそれで人生を賭けた修行のような様相を帯びてくる。中途半端な私は、カットりんごとりんごを同時に考えるように、生活することの現実と向き合いながら地道にうまく食べ歩き続けるしかないのである。
(第2回へ続く)

*1 『ベンヤミン 破壊・収集・記憶』、三島憲一、岩波現代文庫、2019年。
ベンヤミン自身が異様なこだわりを持ったと言われる本の収集癖に関する本人の記憶の話が、半分嘘であったという実際的な資料が出ていることに対し、三島がベンヤミンの「記憶」に関する理論であれば「許されるかもしれない」がと前置きする一節にある文(p319)からの引用。前段となる別の章では、これがマルセル・プルーストが行う、まるで過去に対して多様かつ多量に書き込みがおこなわれているかのような方法自体を、ベンヤミン自身が自らの仕事として自覚的に変奏したとされる「ベルリン年代記」というテクスト内において「思い出とは過ぎ去った者の中への果てしもない書き込みの能力である」と言及されているという引用がなされる(p36)。本文で三島のテキストから引用した一文は、三島が「ベルリン年代記」のこの引用に再び触れる際、簡易的に記したものであると考えられる。「ベルリン年代記」に関しては、原典のほか、日本語訳版では、浅井健二郎編訳、久保哲司、岡本和子、安徳万貴子訳による『ベンヤミン・コレクション6 断片の力』(ちくま学芸文庫)などで読むことができる。

PROFILE
伊藤隼平
1994年宮城県仙台市生まれ。カフェ・バーなかなかの店主。Studio Cove代表。ネットプリント「月刊おもいだしたらいうわ」。慶應義塾大学SFC研究所 上席所員。
https://www.instagram.com/flapei27/

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