映画や書籍など様々な作品を通じて得た「町」や「まちづくり」に関する着想をレビューする本企画。第5回目は、ファッションデザイナー・ヌケメによる、小説家・舞城王太郎のスポンジバスシリーズから『Kung Khamooi Was A Loaded Son Of A Bitch』について。
Text:Nukeme
Edit:Shun TAKEDA
気持ちを言葉にすること
呪いっていうのは偏りを与えることだ。
黒猫に横切られても別に何も起きないが、何か悪いことが起こるかも、という懸念はその日1日を暗いものにする。
こういうのも立派な呪いで、「黒猫に横切られると不幸が起こる」という言葉によって相手の心の在り様を歪めてしまっているのだから、呪詛と呼べるはずだ。呪詛をかけたりかけられたりした意識がなかったとしても。
僕が初めて読んだ舞城作品は『好き好き大好き超愛してる』*1で、当時、この作品はケータイ小説ブームに対する純文学からの返答、とか言われていて、そういう切り口いいな、と思って手にとったのがきっかけだった。
いくつもの短編が交互に進んでいく構成で、全体としては「恋人を亡くした小説家」と、「その小説家が書いた小説」が入り組むメタ構造になっている。小説家は死んだ恋人の弟に、姉の死を小説の中でもてあそんでいる、と責められるが、小説家は自分なりの祈りとして、小説を書き続けることを選択する。祈り。思えば舞城王太郎はずっとこういうテーマを扱ってきている。気持ちを言葉にすること。その言葉に神性が宿ること。言葉に宿る神性が、良いものだけではないこと。
『Kung Khamooi Was A Loaded Son Of A Bitch』*2では、呪いが地球に穴をあける。
今作は2010年に発表された『You Ain’t No Better Than Me.』*3から続くスポンジバスシリーズの第3作目にあたる。単行本化は未だされていない(早くされて欲しい)。
主人公であるマサツグ・スポンジバス・タナカは元アメリカ海軍兵の日系アメリカ人で、現在はサンディエゴ警察署の殺人課に所属する警察官だ。
イラク、ブラジル、ボストンなどシリーズ中には様々な地域が登場するが、今作『Kung Khamooi Was A Loaded Son Of A Bitch』では、タイとサンディエゴの2つの土地を巡って物語が展開する。
13,000キロの距離を越えて届く呪い、あるいは祈り
スポンジの3人目の相棒のエディは、白人としては珍しい元ムエタイチャンピオンで、タイで現役だった時代には若い選手をバッタバタと倒し、人気も高かった。しかし少々やりすぎてしまったらしく、タイ式黒魔術の呪いを受けてしまう。ある日、原因不明の激痛におそわれ病院に駆け込むと、体の中からいくつも、糸を通す穴のない針が見つかる。それらを差し込んだ時につくはずの傷は、もちろん見当たらない。
引退後にサンディエゴで警察官になったエディが、自宅でスポンジとビールを飲んでいると、そこに突然妹のジャネットが友人を連れてやってくる。皆で楽しく飲み続けていると突然、部屋の電気が全て同時に消える。懐中電灯で辺りを照らすと、キッチンには直径1メートル半ほどの穴があいている。エディの家は1階だが、そのずっと下に続くように、深い深い穴があいている……。
タイからサンディエゴに直通の穴をあけてしまうほどの強烈な呪い。町から町へ13,000キロの距離を越えて届く強烈な「思い」としての呪いの術式や、術師についてなどは特に描かれない。エディ達はただ想像する。人の不幸を願う気持ちが、人から人へ伝わって、文化や距離を越えて届いてしまうこと。
祈りも呪いも根っこは同じなのだ。
人の思いが空間に放たれること。その思いが自分の中に入り込んで根をはってしまうこと。
人の思いが現実を突き動かしていく様子を、物語ならこんな風に描くことができる。
物語全体をドライブさせていくオカルト的超常現象は、完全には解明されず、少し謎を残したまま展開していく。近年の海外連続ドラマのような、現実をベースにしたサスペンス的な雰囲気を基調としつつも、読後感としてはちょっとホラーだ。この感覚が僕としては新鮮だった。
要所要所では物理的な殴り合いや銃撃戦などが繰り広げられ、概念的でややこしい話に対するアクセントとして機能している。殴った殴られたの話はわかりやすくてやっぱり良い。初期舞城の「奈津川サーガ」*4などが好きな人にも馴染みのある雰囲気だし、主人公がアメリカ人ということで、全体的に英語訳で書かれたような文体で、舞城が翻訳のトム・ジョーンズ『コールド・スナップ』*5が好きだった人にもオススメ。
*1『好き好き大好き超愛してる』|(2004年8月 講談社 / 2006年8月 講談社ノベルス / 2008年6月 講談社文庫)
*2『Kung Khamooi Was A Loaded Son Of A Bitch』|(『小説新潮』2013年5月号)
最新作は第4作の『Would You Please Just Stop Making Sense?』|(『新潮』2016年9月号)だが、物語の時系列としては『Kung Kamooi~』のほうが後にあたる。第2作は『Shit, My Brain Is Dead.』(『新潮』2010年9月号)。
*3『You Ain’t No Better Than Me.』|(『小説新潮』2010年7月号)
*4『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices』|(2001年3月 講談社ノベルス / 2004年12月 講談社文庫)など。奈津川という苗字の兄弟が登場するシリーズが総じてそう呼ばれている。
*5『コールド・スナップ』|(トム・ジョーンズ著 2014年 河出書房新社)