Street ReView #11 女子校の女友だち━━飯田有子『林檎貫通式』

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映画や書籍など様々な作品を通じて得た「町」や「まちづくり」に関する着想をレビューする本企画。第11回目は、武蔵野美術大学在学中で、書肆侃侃房から新鋭短歌シリーズ5期として第一歌集『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』を出版したばかりの手塚美楽さんによる、彼女が短歌をはじめるきっかけになったという歌集・飯田有子『林檎貫通式』(書肆侃侃房)のレビューコラム。

Text:Mira Tezuka
Edit:Haruya Nakajima

 

東京の女子高生

高校生の時、友だちはみんな女の子だった。

わたしが女子校に進学すると決めたのは中学3年生で、当時宗教に心酔するみたいに好きだったインターネットの男の子が埼玉県の男子校に通っていた。その子と接点が増えるんじゃないかというくだらない理由で進路を決めた。

高校は江戸川区の小岩にあった。露出狂がよく出る町だった。ネットで話題のホームレスと何度も同じ電車に乗り合わせたし、不審者に友だちのポニーテールが引っ張られる瞬間を真横で見ることができた。

長く続く商店街には畳や布団を売る店、和菓子屋さんが並んでいたけれど、どれもわたしの視界に入ることは無かった。気にしていたのは自分の前髪の出来上がりだけでもう少し町を見渡していれば何か面白いものがあったかもしれないと今では少し後悔している。

他校と比べて厳しいのかもよくわからない校則に囲まれたわたしたちは自分たちのことを囚人だとか言って、卒業する時にはやっとシャバに出れたねとふざけた。

わたしが仲の良かった女の子たちはみんな男の子のことが大好きで、授業中は最近連絡を取り始めた男の子と今後どうしようかというメモを回してはしゃぎ、授業なんて一切聞いていなかった。勉強よりずっと楽しいことがあったわたしの成績はびっくりするくらい堕ちて今ではすっかりアホの子だ。

学校が終わったあと秋葉原の女子トイレで必死に化粧をして髪を直し、渋谷や新宿へ行く。それが世界の始まりで、インターネットの男の子のことなんてすぐに忘れてしまった。

『林檎貫通式』と女友だち

卒業してから数年が経つ。わたしはもう今の女子高生の流行にはついて行けず、まだ2016年の音楽を聞いている。

飯田有子『林檎貫通式』を読むと女友だちのことを思いだす。

友だちと八丁堀のジョナサンで季節が変わるごとにパフェを食べる。

「ねぇー、うちら女に生まれてほんとよかったよね。」
「いつもはもっと喋る人なんだけど、今日はつまんなかった! ごめんね、また調子よかったら会わせるから!」

わたしはその日友だちの彼氏と会ったんだった。友だちはすごく可愛かったのに彼氏がビミョーだったのが悲しくて、面白い人なんだね、好きなんだねと適当に答えてその場をやり過ごした。

わたしの方がずっと前から友だちなのに、わたしの方がたぶん好きだと思っているのに、友だちの誕生日を祝うのはいつだって3ヶ月ごとに変わる彼氏の中の誕生月に偶然当たった男だ。悔しいとは思うもののわたしも誕生日は好きな男の子に祝ってほしいタイプの女だったことを思い出し、嫉妬心はたちまちどこかへ行く。

友だちが処女を捨てたのは、そのビミョーな男の子でだった。

東京衛生処女病院行きバスの中首の後ろで歌わないで(嫌)
飯田有子『林檎貫通式』P83より

駆けてゆけバージンロードを晴ればれと羽根付き生理用ナプキンつけて
同上 P39より

蜘蛛だって蜘蛛の巣のまん真ん中よあたしのことはあたしのものよ
同上 P105より

生理さえ愛すべき現象だった。ポケットから出す、人によってメーカーが違う生理用ナプキン。わたしたちは自ら選んで母になることができると思っていた。恋をするのもしないのも全部自由に決めて良い。全員で飛び掛かれば気に食わない古典の先生をめちゃくちゃにしてやることだってできる。

だけれど、受験はどうしてもしなければならなかった。高校3年生の冬、大学に落ちたらお金持ちの男と結婚しちゃえばいいとクラスメイトが言っていた。

あたしは でも 女の誰かがやるんだわ 缶に缶切り突っ立ってるし
同上 P107より

神様が女だったらこんなにも痛くしなかったはずだと怒る
同上 P128より

今でもたまに女友だちと出かける。新橋で飲んだ帰りに3人でタクシーに乗った。まだ帰りたくないとわたしが駄々をこねると2人に「いや、明日バイトだから」と言われて昔と自分の立ち位置が変わってないことを確認する。わたしの女友だちにはまた彼氏がいる。なんだか今度は同じ男と長期間付き合うのが流行っていて、誕生日も高そうなホテルのディナーを1年以上付き合い続けている年上の男と食べていた。

ディズニーランドの話はもう誰もしていない。あの、ペアのストラップ。あれは年間いくつ生産されて年間いくつ捨てられているのだろう。わたしの友だちはあれを今までいくつ買っていくつ捨ててきたのだろう。

考えていたらタクシーから降ろされる。「うちら電車乗るから、またねー」と友だちは終電で浦安に帰っていく。

短歌に密かな呪いを込めて

かくいうわたしにも、最近まで長い付き合いになる交際相手がいた。

鎌倉に住んでいる男だった。わたしの料理が上手いことをいいお嫁さんになれるねと評価してこない男だった。ひどい癇癪を起こしてもわたしのことを何度も許してくれる男だった。

もう前のようには戻れないと言われたとき、わたしは嬉しくて気持ちよくてたまらなかった。実際ケータイの画面を見ながら笑顔になっていたと思う。その男と付き合えていたことを心から誇りに思った。

思い返すと、様々なことを自分から辞めることができない。他人を傷つけたくないというよりは自分が悪者になることが気に入らない。世界で一番かわいそうなのはいつなんどきだってわたしがいい。早く飽きて欲しいと唱えながら何度も男の子に会いに行くし、バイトが嫌になっても自分からは言い出せなくて早くクビになればいいのにと考える。

願うだけでは物足りないとき、わたしは短歌を詠む。

どうしても言えないのだ、もう会いたくないだとかみんな死んでしまえとかを直接口に出すことは、世間的によくないことで何よりわたしが意地悪に見られてしまうことは避けたい。

でも短歌にしたらわたしの密かな呪いは気付かれない。たまにわかってくれる人がいて、ドラマに出てくるいじめっ子が目を見合わせて笑う仕草の意味が分かる。

別れたことを友だちに報告すると「おめでとう」と言われた。付き合うことになった日も同じことを同じ友だちに言われた気がする。

わたしは祝福のひかりに包まれる。彼氏に別れを告げられたかわいそうな女が完成して、神さまってちょっとはいるのかもしれないと思った。

口のなか火傷してるねきれいだねどっちもすきってほんとなんだね
同上 P118より

2月の初旬に歌集を刊行した。わたしは東京に住んでいなければ短歌を詠んでいなかったと思う。通学路に酔っぱらいが倒れていても、方眼用紙みたいなダサいスカートを履かされていても、わたしたちは紛れもなく東京の女子高生だった。

CMYKカラーのMが100に発光した真っピンクのわたしの本を何人もの女友だちが読んでくれているみたいだ。わたしの本よりも『林檎貫通式』を読んで欲しい。わたしの女友だちたちへ。

 

PROFILE

手塚美楽(てづか・みら)
2000年生まれ。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科在学中。美学校「現代アートの勝手口」修了予定。2月7日に書肆侃侃房より第一歌集『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』刊行。高校生の頃、「ダ・ヴィンチ」の「短歌ください」(穂村弘選)に投稿を始め、大学に進学しフリーペーパー「POV」に短歌を寄稿する。短歌ZINE「怠惰ふつつか排他的」「Blue Summer Nights」を自主制作、配布中。Twitter @TANEofKAKI
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