煙草の害について #04|金川晋吾(赤羽)

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かつての景観を思い出す間もなく、日々変化し、移ろいゆく都市と町。2020年を契機に、めまぐるしい速度で新たな風景がつくられる一方、見慣れた建造物や町並みが姿を消していく。そんな失われつつある風景の中に、町角の煙草の煙がある。

一服のひとときは、ひとりの時間や、ささやかな会話を生み出し、路上の風景を確かにかたち作っていた。しかしそれももうじき失われることだろう。本連載は、複数の写真家によるリレー式写真連載。「町と煙草のあいだ」をキーワードに、消えゆく町場を記録し、町の現在を読み解いていく。

第4回の撮影地は、近年の様々な作品で話題となっている町・赤羽。かつてそんな赤羽で暮らしていた写真家・金川晋吾による、写真作品とテキストをお届けする。

Photo & Text:Shingo Kanagawa
Edit:Shun Takeda

かつて住んでいた街

住む部屋を探すとき、自分の住む場所を自分で選べるという当たり前のことにあらためておどろき、静かな感動をおぼえ、そして戸惑う。実際にはお金や通勤通学など具体的な事情によって選択肢はおのずと絞られていくが、原理的にはどこに住むことも許されている。自分にもっと合う部屋というのは探そうと思えばえんえんと探し続けることができる。が、具体的な事情がそれを許さない。ある段階でどれかひとつを選ぶことになる。これで本当によかったのだろうかという一抹の不安を残しながら、何はともあれ無事選ぶことができたことにほっと安堵する。

赤羽には2017年6月から2019年2月まで住んでいた。そのころは校正の仕事をしていて、現場が高崎にあったので大宮からの新幹線に乗りやすい埼京線沿線で探していた。板橋や十条あたりでいくつか物件を見たあと、赤羽の部屋に行った。赤羽駅からも徒歩5分でとても近く、内装はリフォームされて新しくてきれいだった。まっすぐにのびたT字路の突き当りの位置の4階だったので、部屋からそのまっすぐな道が見渡せるのもよかった。あたりには雑居ビルがあり、いろんな店があった。焼肉屋、中華屋、居酒屋、美容室、クリーニング店、病院、マッサージ店、スナック、キャバクラ、メイドカフェ、等々。

大家さんに「このあたりは夜もにぎやかです。一度夜に来て雰囲気をたしかめてもらったほうがいいと思います」と言われたので、その日の夜に一人でそのあたりをうろうろしてみた。たしかにいろんな方向から歌声や笑い声が聞こえてきたが、こういうにぎやかな街に住むことに実は前からあこがれていたこともあり、ここに決めた。これぐらいなら大丈夫な気がした。

だが、実際に住んでみると大丈夫ではなかった。カラオケの歌声や道行く酔っ払いたちの話し声に加えて、夜中に店から出てきた客の別れの挨拶や見送りの声がひどくうるさくて眠れないのだった。強い後悔が押しよせ、夜中にひとりベッドのなかで思わずうなりごえをあげた。自分は肝心なことを見落としていた。酔っ払いは店を出てからさらにもうひと盛り上がりするということをわかっていなかった。

自分を省みるとたしかに同じようなことをしている。今日は楽しかった。会えてよかった。飲めてよかった。また飲もう。また会おう。お前が好きだ。お前たちが好きだ。また来てね。もう帰るの。まだいけるでしょ。もう一軒行こう。朝までいこう。そんな馬鹿みたいなやりとりを、大きな声でしつこくくりかえしている。

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4階の自分の部屋から外を見下ろすと、T字路の突き当りのふくらんだ部分は三角形の舞台のように見え、そこで夜中にくり広げられる酔っ払いの喧嘩を何度も目撃した。「ぶっ殺してやる」と言って自転車をもちあげる若者や、奇声をあげてタックルをかますおっさんもいた。

キャバクラかスナックのホステスと、その客なのか恋人なのかわからない男との喧嘩の声もよく聞こえた。明け方、おそらくどこかの飲食店の店主と思われる男がネイティブではない感じの日本語の発音で「なんでこんなことする、なんでこんなことする」とずっと怒鳴りつけているが、怒鳴られているスーツ姿の男は正座をしてうつむきながらじっと黙っておそらく缶ビールと思われる飲み物をちびちび飲んでいるということもあった。

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実際にぼこぼこと殴り合っているのを見たことはなかった。多くの場合、キレて相手に襲いかかろうととする人がいても、まわりにいる人が止めるので殴り合いにまではいたらなかった。止められている人間はジタバタしたりはするが、でもどこかで止めてもらうのを素直に受けているようにも見えた。私は何かもっとおそろしいことが起こることを期待してしばらく眺めているのだが、それ以上のことはとくに何も起こらなかった。相手に襲いかかろうとしていた当人はどこかに連れていかれ、関係あるのかないのかよくわからない人たちが、路上で何やら話したりぼんやり立ち尽くしたりしている。決着がついたのかなんなのかよくわからないまま、こちらが先に根負けをして見るのをやめてしまう。

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